四十八話 ミモザの反撃




 タンジーが紅茶を甘くして、ゆっくりと味わっていると、頭上から声がして思わず身を震わせた。


「ミス・タンジー」


 ミモザの声だ。感情がなくて、恐ろしく冷たい声をしている。


「……何でしょう」

「少し、お時間を取らせてください」


 断ろうとしたが、魔法で体が勝手に動く。

 タンジーの体がすくっと立ち上がると、ロイが慌てて手首をつかんだ。


「タンジー、どこへ行くんだ」

「ミス・タンジーはわたしがお守り致しますので」


 ロイの体がすとん、とイスに座らされる。タンジーは、ミモザに背中を押されて歩いた。


「どこへ行くの?」

「ミスター・グレイに何をしたのです」

「何もしていないわ」


 外へ連れ出される。体に冷たい風が吹きつける。タンジーは風に尋ねようとしたが、ミモザに遮られた。


「あっ」


 横面を叩かれて、タンジーは顔を押さえた。


「無駄なことはしない方がいいですよ。ミスター・グレイが婚約を解消しました。それはなぜですか?」

「知らない」

「言いなさい」


 ミモザの魔法が口を割ろうとする。タンジーは歯を食いしばった。自分に魔法をかける。わたしの口は貝となる。とたん、カチカチの貝となり、タンジーの口は開かなくなった。


「あなたを殺すわけにはいかない。あなたには、まだ用があるのだ」


 ミモザの殺気が伝わってくる。本当は、殺したくてたまらないのだ。

 タンジーは何があっても、ジョーンズと結婚するという話をしてはならないと思った。もし、タンジーがジョーンズと結婚すると知ったら、今すぐ殺されて、元に戻った本物のタンジーとジョーンズが結婚をしてしまう。


 タンジーは力を振り絞り、ミモザの魔法を解こうとした。両手を広げてミモザの体を遠ざけようとした。


「無駄ですよ」


 ミモザが笑っている。刺すような痛みが走った。


「あうっ」


 肩に何か刺さっている。触ろうとすると、指先が切れた。肩口にナイフが刺さっているのだ。精霊が刃物を使うなんて。


 自分にかけた魔法を解いて、タンジーは叫んだ。


「バーチよ、わたしの元に来てっ」


 森なのか林なのか、あたりは薬草や木々の匂いがしていた。この辺り一帯は、カバノキも生えているようだ。バーチには悪魔払い、浄化の力がある。


 タンジーの声に枝が飛んで来た。

 手に持つと額に力が集まる。何が起きているの? 

 タンジーはうろたえた。


 まさか、邪眼?


 タンジーは、もとは黒い魔女だ。彼女は邪眼を持っていたのだ。

 気付いた時には遅かった。額に力が集まり、邪眼がゆっくりと開こうとする。


「ダメ……」


 タンジーは手に持ったバーチで額を叩いた。邪眼が閉じていく。

 黒い魔女になるつもりはない。

 タンジーは見えない目で、バーチをミモザに向けて投げた。


「悪霊よ、ミモザを解放してっ」


 ミモザに当たったかどうか分からない。避けられたかもしれなかった。しかし、戦わないわけにはいかない。


「あきらめろっ」


 ミモザの冷たい声がした。同時に、もう片方の肩に何かが食い込む。


「ああっ」


 生温かい血が流れているのが分かる。タンジーはがくりと膝をついた。


「バーチ……」


 もう一度、カバノキの枝を呼び寄せる。必死にそれを抱きしめて、邪眼が開かないよう悪霊から自分を守った。


 ジョーンズ……。


 ミモザが、タンジーの胸倉をつかんだ。ぐいっと引っ張られて宙に浮く。

 苦しくて顔を歪めたが、ミモザは緩めてくれなかった。


「ジョーンズ、と言いましたね。やはり、そうか。あなたの仕業ですね」

「苦しい……」

「言うんだ、タンジー」


 息ができない。タンジーは意識を失いそうになる。ミモザが寸前で首元を緩めてくれた。どさりとタンジーの体が投げ出される。

 タンジーはお腹いっぱい空気を吸い込み、咳き込んだ。殺されるところだった。


「ミモザっ」


 タンジーは必死で叫んだ。


「なぜ、あなたはわたしを裏切ったの?」

「タンジー」


 再び体が宙に浮く。彼が差しこんだ肩口のナイフがのめり込んだ。


「ああっ」


 痛みのあまり、失神しそうになる。しかし、ミモザは、容赦なくナイフをぐっと押しこんでくる。


「あなた方が入れ替わった瞬間より、わたしはあなたのものではなくなったのですよ」

「やめて……っ」

「さあ、言いなさい。ジョーンズが結婚をやめた理由を」


 タンジーがびくりと震える。ミモザが目を細めた。


「そうか、ノアですね。ジョーンズは、あなたと結婚をするのですね」

「違うわ……」

「そうなれば話は早い。あなたを殺して、アニスには元の姿に戻ってもらいます。その前に鍵を返しなさい」


 ミモザがタンジーのお腹に手を押し当てる。タンジーは悲鳴を上げた。

 ミモザが異変を感じて、手を離した。


「なくなっている。くそっ、鍵をどこへやった」

「言わないわ……」


 息も絶え絶えにタンジーは答えた。ミモザを押しのけようとしたが、力が入らない。その時、ないはずの目の部分が熱く燃えているのを感じた。


「くそっ」


 ミモザの苦痛な声がした。ミモザが苦しんでいる。きっと、タンジーの瞳が戻ろうとしているんだ。

 目を取り戻さなくては。タンジーは、片膝をついて体を支えた。


「バーチ…」


 静かに魔法の言葉を呟いた。


「そうはさせないっ」


 ミモザの攻撃に、タンジーは跳ね飛ばされた。

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