プチ企画テーマ「無精髭のぶっきらぼうオッサン」/ソフビのにゃんこ/26いいね

 バイト先の居酒屋、小さな休憩室、更に小さな窓を開けて、オッサンがタバコを吸っている。

「ここでタバコ吸うなっつってんだろ」

「口がわりぃな」

 携帯灰皿にタバコを押し付けながら、オッサンが振り返る。

 伸びた無精髭、剃ればいいのに。

「スモークハラスメントだかんね」

「お前のそれはフキハラとかになんねぇのか」

「可愛い女子大生に怒られんの、ごほーびでしょ」

「チッ」

「はいフキハラ〜」

 オッサンはあたしを睨んで、へたれたパイプ椅子に腰掛けた。ギィギィ軋んでうるさい椅子、いい加減買い換えた方がいい。

 店の方から漏れ聞こえる有線が、流行りのポップスを奏でている。オッサンは肘をついて、退屈そうな顔してスマホを眺めていた。

 あたしはオッサンの向かいに腰を下ろす。ギィギィ。あれもこれも壊れかけだった。

 オッサンは、こう見えて居酒屋のオーナーだ。一回だけ、アイロンのしっかりかかったスーツを着て、髭も剃って髪もセットして、別人みたいな顔で真面目な話をしてるところを見たことがある。

 いつもそうしてれば大層モテるだろうに、もったいない。

「素材はいいのに」

「あ?」

「なんでもなーい。ガム噛む?」

 ポケットからチューインガムを取り出して差し出すと、ひょいと掠め取られる。てっきり「いらねぇ」って言われると思っていたから、変な顔をしてしまった。

 そんなあたしを鼻で笑って、オッサンは小さなガムを口に放り込む。タバコの代わりになるかなと思って買った、ミント強めのガムだった。

「から」

 ボソリと呟かれた声を、あたしの耳はしっかり拾う。

 なんだそれ、可愛くないか?

 無精髭で、がたいが良くて、人相悪くて、スーツ来たらヤクザなオッサンが、ガム噛んで「から」って。なんだそれ。

 もっと変な顔になりそうだったから、誤魔化すようにスマホを見た。立ち上がったホーム画面、アイコンの横の数字でメールが届いているのが分かって、せっかく良かった機嫌が急降下する。スマホ、見なきゃよかった。

 開かなくても分かる。母からの金の無心だ。あたしに届くメールはそれしかない。離婚した父から最後の情けとして大学の入学費用を出してもらったあたしが妬ましくてしょうがないクソッタレな母親。

 早く見捨てて逃げ出したいけど、果たしてあたしはできるだろうか。遠い地に就職、したとして。

「ん」

「へ?」

 向かいから唐突に伸びてきた手に、気の抜けた声を出してしまう。恥ずかしさを打ち消すために眉間に皺を寄せてオッサンを見れば、顎でクイと手を示した。

 オッサンの手のひらの上には、小さな猫がいた。

 猫の、ソフビでできたマスコット。

「なにこれ」

「ガムの礼」

「ぷっ、なにオッサンこんな可愛いの持ち歩いてんの?」

「タバコ切らしたやつに恵んだらくれた」

「もらいもんかよ」

「いらねーなら別に」

 引っ込みそうになるオッサンの手から猫をひったくり、両手で握る。

「や、いるいる、ありがとね」

 この猫がいれば、頑張れる気がした。

 別にオッサンがどうとか、そんなのは全然、何にもないんだけど。

 それでも。

 ふにふにとした小さな猫が、あたしのお守りになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る