#匿名年の差カップル企画/部長の愛は重すぎる?!/2位

一位票:4票、二位票:3票、三位票:1票、A票:3票

合計:22ポイント

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《あらすじ》

アラフォー独身子なしの私、坂部さかべ香菜かな


行きつけの居酒屋で仕事の愚痴を呟きながら呑んだくれていたら、まさかの上司と遭遇!

サシで呑んでいたら、何故か部長と付き合うことに?!

なし崩し的に同棲することになった私は、甲斐甲斐しく甘やかしてくる部長に蕩けまくり!


ワケありな二人の、大人のラブストーリー!



《本文》

「独身子なしの何が悪いんじゃ……っ!」


 ダンッとジョッキがテーブルに当たり、大きな音が立った。慌てて他のお客さんに頭を下げる。


香菜かなちゃん、大荒れねぇ」

「ちょっとね……」


 五人座ればいっぱいになるカウンター席と、二人がけの小さなテーブル席が三つしかないこじんまりとした居酒屋で、私、坂部さかべ香菜は浴びるようにビールを呑んでいた。


 思い出すのは、子どもの急な発熱で保育園からお迎え要請がきた同僚のフォローをしていた時のことだ。まともな引き継ぎもできずに請け負った仕事の勝手が分からず、ヒィヒィいいながら必死で頑張る私に、同じ部署のおっさん連中から野次が飛んだのだ。


『坂部ぇ、お前も早く結婚しないと貰い手がなくなるぞ?』

『子ども産むのも体力いるだろ』

『そんな眉間にシワ寄せて仕事してるとシワ取れなくなるぞ、もう肌のハリもなくなってきてるし』

『そんなんだから彼氏もできないんだよ、見合い相手見繕ってやろうか?』


「うるせぇんだよクソジジイどもがァァァ」


 実際には口にできなかった言葉をアルコールと共に吐き出す。おつまみのジャイアントコーンをがりがり噛み砕いていると、隣に人の気配がした。


「やっぱりアレ、そういう感じだった? もっと早く気付けてたらよかったんだけど」


 声のする方を向いた私は、ジョッキを持ったまま固まった。だってそこには、笹本ささもと部長がいたから。


「は、え、ぶちょ、なんでここに」

「僕も常連」

「あらやだ、同じ会社だったの?」


 部長は渡されたばかりの生ビールのジョッキを傾けて、乾杯を促してきた。もうだいぶ酔いは回っていたけれど、部長に請われて無視することなんてできるはずもなく。


「かんぱーい」

「か、かんぱーい?」


 そこからは部長とサシで呑むことになったのであった。嘘でしょ。

 部長と言えば、もう50代も半ばなのに引き締まってて、清潔感に溢れてて、女性が働きやすいように色々と便宜を図ってくれるのもあって女性社員から死ぬほど人気がある。

 イケオジという言葉で一括りにするのはどうかと思うが、そう形容したくなるのも頷ける男らしさと色気の持ち主だ。かくいう私も、同じ部署に配属されてからはしんどくなる度に部長の姿をチラ見して英気を養っているのだが。


 その、部長が。目の前で、アルコールに少し顔を赤らめて、はにかんでいる。


「今日は友原ともはらさんが早退しただろ? 坂部さんがフォローすることになるだろうと思ったから差し入れでもってコンビニ行ってる間にごめんな」

「いえ、部長は注意してくれましたし……新作スイーツ、美味しかったですし」

「クソジジイ、サヨナラできればいいんだけどねぇ……そうもいかなくて」


 ハァと溜息を吐く部長も、とんでもなく色っぽい。許されるなら動画撮って何度も見返したいレベル。

 相手が酔っ払い始めているのをいいことにジロジロ見ていたら、バッチリ視線がかち合って固まった。


「坂部さんはさ、バリバリ働きたいタイプなんだよね?」

「それはもう。子どもも、持ちたくないんです」

「結婚願望は?」


 普段なら部長の口から出ないだろう質問に少し面食らう。けれど、セクハラとかそういうことではなさそうな真剣な顔をしていたから、私も真剣に返事をした。


「興味はありますが、できなくてもいいと思ってます」

「ちなみに、家事って好き?」

「嫌いです。……あの、これ何の質問ですか?」


 風向きが分からなくなってきて、思わずハイと挙手して尋ねる。部長はフッと微笑むと、私に右手を差し出して言った。


「坂部さん、僕の彼女にならない?」

「は?」


 ちょっと言っている意味が分からない。部長はクスクスと笑いながら、目を見開いて固まる私のビールジョッキを倒さないようテーブルに載せてくれる。


「僕、バリバリ働く女性がタイプで子どもは欲しくない人なのよ。だからそういう相手とばかりお付き合いしてきたわけなんだけど、一人暮らし長いし家事も好きだから、家のことは何でもやるわけ。彼女の分までね。そうするとさ、子どもが欲しいとか言い出すようになるんだよね」

「はぁ、なるほど」

「結婚までは別にいいんだけど、子どもは無理でさ。毎回それで別れるからもうそういうのはいいかなーと思ってたんだけど」


 部長の骨ばった長い指が、テーブルに置かれた私の手にちょんと触れる。嫌なら、逃げればいい。私が拒絶したら、この人は絶対にそれ以上踏み込んでこないと分かった。


 だから。

 私は部長の指に自分の指をゆっくりと絡めた。


「私は、お眼鏡にかなったってことですか?」

「配属された頃から目はかけてたけどね。社内恋愛って面倒だからさ、そういう目では見ないようにしてた」

「じゃあ、なんで」


 絡んだ指が肌をなぞる。大きな手は熱くて、繋がった手から溶けていきそうな心持ちになった。

 私も、酔っている。


「子ども、いらないって言ったから」

「……付き合ったらくつがえされると思わないんですか?」

「いらない、じゃないんでしょう?」


 ぎゅ、と手を握られて、部長の眼差しが私を真っ直ぐに貫いた。どこで悟られたんだろう。

 傷付いて、傷付けられて、隠すことだけは上手くなったと思っていたのに。


「そう、です」


 あぁ、酔っている。

 私の両の目からはポタポタと涙がこぼれ落ちて、ジョッキの結露と一緒にテーブルを濡らした。部長の、空いている方の手が優しく私の頬に触れ、涙を拭う。


「ごめん、踏み込みすぎた」

「いえ、あの、大丈夫です。部長、本気なんですよね?」

「本気だよ。まぁ、好きだから付き合ってほしいっていうのとは少し違うけど。坂部さんが好みのタイプってのは本当」


 握られたままの手の甲を、部長の指が撫でている。普段遠目にしか見ない部長の整った顔が目の前にあって、私だけを、見つめている。


「私、部長の顔好きなんです」

「ん? うん、ありがとう?」

「上司としても、尊敬してます」


 だから、きっと。たぶん、大丈夫。


「……よろしく、お願いします」

「こちらこそ、よろしく」


 私たちは笑い合い、飲みかけのビールでもう一度乾杯をした。


 それからビールを日本酒に変え、しこたま呑んだ。


 女将さん閉店時間だと告げられて財布を出そうとすると、既に会計は済んでいた。あまりにスマートすぎる部長が、何だか輝いて見える。

 手を引かれて店を出れば、ひんやりとした秋の空気が気持ちよかった。


「お疲れ様でした〜」

「え、帰るの?」


 ぺこりと頭を下げるとそんな声が聞こえた。顔を上げると目の前にはビックリした顔の部長がいて、それが何だかすごく可愛くて思わず笑ってしまう。


「だってまだ終電ありますもん」

「明日休みだろ? 僕の家近いし、一緒にいようよ」

「……部長って、まだ現役なんですか?」

「現役だよ失礼な。っていうか、そういうのじゃないよ、一緒にいたいってだけ」


 手をにぎにぎされ、唇を尖らせながらそんなことを言われては陥落する他ない。私は促されるまま、駅とは逆方向に歩き出すのだった。


 コンビニで何でも揃うというのは、ありがたいやら逃げられないやら。メイク落としや化粧水のパックと、下着を買う。歯磨きセットは常に鞄に入っているから、取り急ぎ必要なものはこれくらいだろう。


 住宅街にある三階建ての一軒家。笹本と表札のかかった家を前に、私は立ち止まった。


「ここに、ひとりで?」

「うん。両親は割と早くに亡くなってね。思い出もあるし、そのまま住んでるよ」

「はぁ〜」


 こんな家で、家事を率先してやる男の恋人になれたなら子どもの一人や二人欲しくなるというものだろう。私は今までの彼女さんたちに心の中で合掌しつつ、家に入った。


「お風呂沸かしてくるからテレビでも見てて」


 冷蔵庫から冷えた麦茶をグラスに注いでテーブルに置くと、部長は風呂掃除に消えてしまった。

 私はソファに腰掛け、部屋の中をぐるりと見回す。

 リビングは綺麗に片付いていた。


 テレビを付けると最近人気の女優がイケメンと見つめあっている。特に見たいものはないから、チャンネルを変えないままぼんやり画面を眺めた。


(私、なにしてるんだ?)


 呑みながら仕事の愚痴を吐き出していたら、いつの間にか割と憧れてた上司の恋人になって家にきているが?


「いいのかなぁ、まぁ、いいかぁ……」


 付き合っていた彼氏と大揉めして別れたのはもう二年前。それからは色恋なんかいらんとばかりに仕事に打ち込んでいた。

 でも、適当に付けたテレビで恋愛ドラマが流れていれば見るし、SNSで恋愛ものの漫画が流れてくれば読むし、そういうことを何もかも諦めたかったわけではなかった。


「なにブツブツ言ってんの?」

「うわ」


 風呂掃除を終えたらしい部長が顔を覗き込んできた。そのまま顔がどんどん近付いて、キスされる、と思った。


「していい?」


 まさか聞かれるとは思わなくて、反射的に固く閉じていた目を開ける。まだアルコールの残る瞳は揺れていて、奥底にけぶる情欲の炎が感じられた。


「別に、聞かなくていいです」

「じゃあ、遠慮なく」


 少しカサついた、温かくて柔らかな唇が私のそれに触れる。ふに、ふに、と何度か確かめるように触れ合ったあと、生温かな舌が唇をノックした。

 薄く口を開けば、思ったよりも質量のある舌がぬるりと咥内を探ってくる。


「ぶちょ、」

「名前、知ってる?」

「しゅんや……さん」

「ありがと、香菜」


 部長のキスは、めちゃくちゃ上手かった。

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