#匿名狂愛短編企画/戦場の聖女/5位
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総合 12pt
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土煙、怒号、悲鳴、
そういったものに囲まれて、私は私の役目を果たす。
腕の
魔王軍との
世界各地で魔物たちとの
人間同士の戦争であれば休息がある。しかし魔王軍との戦いにおいて、そんな甘い話はひとつとしてなかった。昼夜問わず繰り広げられる戦いに、人々は
それでもなお戦い続けていられるのは、私がいるからだ。
“聖女“という柱があるからこそ、彼らの心は折れずにいる。
元々は聖堂に
彼と護衛に連れられて初めて魔王の
マリオスに支えられて
聖堂での祈りは女神の像を
上手く治癒できるのか不安だったが、彼の傷はすぐに治り、呼吸は穏やかなものに変わっていった。
長く続く戦いに疲弊した兵の瞳は、出口の見えない迷宮に迷い込んだようだった。光を失い、ただひたすらに目の前に現れる敵を倒す日々。
誰かを守るために始まったはずの戦いは、己の命を明日へ繋ぐことが精一杯になっていて。
傷付いた兵を直接癒すうち、彼らの瞳に光が灯るのを見た。
私の治癒の暖かさに涙を流し、人の温もりを思い出したと微笑んだ彼らは、前線へ送られた当初と同じ、いや、それ以上の力が出せるようになっていた。
伝説の勇者が本当にいたのなら、きっと勇者が彼らの精神的な支柱になっただろう。けれど伝説は伝説のまま、勇者が産まれた時に
欠損部分までも回復できる治癒能力を持つ聖女は、伝説ではなく実際に複数人存在した。歴代聖女の中でも私の治癒能力は特に秀でていて、だからこそマリウスは私をここへ連れ出したのだろう。
今までの聖女は欠損こそ治癒できるものの、そこにはかなりの痛みを共なったのだそうだ。私のように、治癒を暖かく、心地よいものだと感じることはなかったのだと。
私の治癒は乾き切った兵の心にゆっくりと沁み込んでいく。
聖女様がいれば大丈夫、と。
皆がそう思うようになるまで時間はかからなかった。
「アルメリア、少し休みなさい」
「マリオス様」
汗を流して患者を治療する私にハンカチを差し出しながら、マリオス様が柔らかく微笑む。
強固な結界を張れるマリオス様は、安全地帯を三交代制で維持し続ける結界師たちを手伝い、定期的にこうして私を
受け取ったハンカチで汗を
治癒師も交代制で、私がいなくとも大抵の怪我や病気には対応できる。腕や脚を完全に失って担ぎ込まれる患者の対応には呼び出されるが、切り落とされた部位を持ち帰ることができていれば、繋ぎ合わせて癒すことは高位の治癒師であれば可能なのだ。
救護のために建てられた小屋を出て、この地にありながら壊されずに残っていた教会へ向かう。教会に勤めていた司祭たちは腕が良かったのだろう。管理する人間が離れてもなお、しばらくの間結界を維持していた形跡があった。そのおかげで魔物たちの手から逃れ、今は私の家となっている。
「……?」
何かが、視界の隅でキラリと光った。
今何かが、とマリオス様の方を振り返ると、見たことがないくらいに焦った彼の顔が見えて、そして、次の瞬間には彼の腕にすっぽりと包まれていた。
「ぐっ……う……」
「マリオス様!」
呻き声にマリオス様を見れば、私を引き寄せた腕がほとんど取れかかるくらいになっていて、そこから
騒ぎを聞きつけた結界師が確認しにいくと、光の見えた方角に張られていた結界の一部に
「ありがとうアルメリア、もう大丈夫ですよ。君に怪我がなくて良かった。間に合わなかったらどうしようかと思って……」
安全地帯だからと油断していてはダメですねと笑ったマリオス様に胸が痛む。集まってきた人々にもう安全だと伝え、マリオス様の手が私を教会へと向かわせた。
私の青い顔を見てか、もう今日はそのまま休んだ方がいいと皆口々にそう言った。
木製の扉を開け、正面に置かれた女神像に礼をする。小さなステンドグラス越しに差し込む光に照らされた女神像を見ると、早まった鼓動が少し落ち着いた気がした。
奥にある居住スペース。自室にしている部屋へ入ると、後ろをついてきていたマリオス様へ両手を伸ばした。血で汚れた服を気にしてなかなかこちらへ来ないマリオス様に
「あなたを、失うかと思った……!」
「それはこちらの台詞です。あれはあなたの心臓を狙っていた」
「でも……たくさんの血が流れて……」
「大丈夫、あなたが全部治してくれたでしょう?」
「ええ……きちんと、治せた?」
マリオス様は困ったように笑い、身体を離すと司祭服を脱いだ。下に着ていたシャツも脱ぎ、聖職者にしては
怪我をしていた腕には傷ひとつなく、私はそれを確かめるように
肌を滑る私の手をマリオス様の手が絡めとる。そのまま引き寄せられ、唇が重なった。
マリオス様が私を戦場へ連れてきたのは罪滅ぼしのためもあるのだろうと思う。
女神へ向ける愛と信仰を失ったわけではない。それでも。
聖女と司祭が愛し合ってしまったなど、誰にも言えるはずがなかった。聖堂では触れ合うことさえ出来ず、甘く
こうして唇を合わせ、舌を絡ませ、欲深い行為に手を伸ばす私たちは、きっと
いつか戦場で、共に死にたい。
本当は今日も、二人で死んだとて良かったのだ。マリオス様だけが傷付いたことに動揺してしまったけれど、マリオス様の腕を落としたあの攻撃が私にまで届いていたなら治癒などせずにいただろう。
マリオス様の熱を全身で感じながら、私はいつかのために想いを新たにするのだった。
.*・゚ .゚・*.
アルメリアの柔らかな金の髪を撫で、私は静かに立ち上がった。結局あれから何度も交わり、すっかり夜も
静まり返った教会内部の空気は澄み切っている。女神像に触れると、なめらかな石の感触が手のひらに伝わった。
「アルメリア……今日も素晴らしかったよ……君はどんどん完璧な聖女になっていく」
女神は、ヴェールを
柔らかく暖かなアルメリアとは対象的な、硬く冷たい女神像が、私を
――まだ……まだ、足りない……――
洗濯場へ血で汚れた服を放り投げ、綺麗な服に着替えると、アルメリアが深く寝入っていることを再度確認してから教会を出た。
自分の周囲に張った結界を濃くして、見張りの兵に気付かれぬよう森に入る。少し離れたところから聞こえる戦闘音を無視し、森の奥、
結界を解けば、ようやく私を発見したらしい魔物がこちらへ向かってくる。それが先程アルメリアに向かって魔弾を放った魔物だと気付いた瞬間、私は手から結界を剣のように伸ばし、斬り捨てていた。
「聖女の命を
「うちの部下がすまないな」
暗がりから出てきたのは悪魔のようなツノと羽根を生やした男だった。スーツを着こなす彼は、この辺り一帯の魔物を取り仕切っている。
「知能の低い魔物を調教するのは大変だろうけれど、もう一度同じことがあれば私は別の取引相手を探すことにする」
「あぁ、聖女の顔をしっかり覚えさせておく。それで? 今日は文句を言うためだけにわざわざ来たのか」
「まさか。新しい配置を知らせに来たんだ」
「それはそれは」
彼は私の
「それでは、また」
結界もなしに歩く私を、襲ってくるような魔物はいない。別に襲われたとて返り討ちにするだけなのだが。
無駄な殺生はしたくない。少し前に斬り捨てた魔物の
聖女が聖女であるために必要なものは何か。
それは、傷付いた人間だ。アルメリアの暖かな治癒に触れ、彼女を聖女だと崇める人間がいるからこそ、彼女は輝く。女神になれる。
「アルメリア、私の女神」
私の傷を必死に治す彼女の顔は良かった。彼女の心臓ではなく、最初から私を狙ってくれていればあの魔物は今でも生きていられただろうに。
「ずっとずっと、皆を癒し、愛される聖女であっておくれ」
教会に戻り、アルメリアの寝室へ。ベッドで穏やかに眠る彼女は誰よりも美しい。
愛するアルメリアが、愛する女神に認められるように。聖女として輝き続けられるように。
これからもずっと、戦いの日々を。
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