ハルくんは逃げ出したい。~全寮制男子校の姫になったら、過保護なストーカー護衛に溺愛されました~
夜薙 実寿
第1話 学園の姫
今年の桜は遅咲きだった。温暖化の影響か、逆に冬は異様な寒波が続き、開花が四月にまでズレ込んだ。例年、卒業シーズンを彩っていたそれは、今年は入学シーズンを祝うように、今が盛りと咲き誇る。
黄色いスカートを揺らし、ウィッグの髪を
時刻は、朝。飛び交う挨拶の中、校門前にてオレはふりふりレースのロリータ服で晒し刑に処されていた。
「おはようございます、ハル姫!」
「ご機嫌麗しゅう!」
「姫就任、おめでとうございます!」
「あ、ありがとう……」
登校中の生徒達から口々に寄せられる、望まぬ祝福の言葉。引き攣りそうになる笑顔を何とか留め、オレは手を振り応えた。対岸に立つ眼鏡の生徒会役員達は皆涼しい顔で、誰も助けちゃくれない。
「あ、姫!
ふと気が付いた風に、生徒の一人が手を伸ばしてきた。その指先がオレに届くより先に、隣から白手袋の手が払い除けて制止する。
「失敬。どうか、
そう言って男子生徒に微笑んでみせたのは、黒い執事服の美青年――オレの護衛の
「あ、す、すみませんでした……」
「御影さん、何もそのくらい、オレは別に」
「いいえ、いけません! 一人を許していたら、際限なくなりますよ! それに、貴方に触れようとする者、全てが善良とは限りません。中には不埒な劣情を
「劣ッ!? 居る訳ないだろ、そんなの……オレは男だぞ」
――そうだ、オレは男だ。
なのに、何でこんな女の子の恰好でいなきゃならないのか。どうして、こんなことになってしまったのか。事の起こりは、そう……昨日の入学式の後。
◆◇◆
「あー、終わった、終わった。この後、校庭に移動だっけ? めんどくせー。何でわざわざ?」
「姫選抜会があるからだろ。今年は候補が多いから、講堂だとステージに乗りきらないとかって聞いたな」
入学式を終えて、緑の制服の新入生が講堂から捌ける。オレはその列に加わりながら、周囲の会話を聞くともなしに聞いていた。
「姫って、確か女装したりすんだろ? そんなのやりたい奴居んのかよ」
「お前、外部受験組? それが、特権が美味しいから結構ダメ元でチャレンジする奴も多いんだぜ。まぁ、選ばれんのは毎年一人だけだけど」
姫、か……。
私立、
それは、一学年に一人、中性的で見目麗しい生徒が選抜され、〝姫〟という役職を与えられるといった制度だ。
男子だけの潤いの無い学園生活に
……まぁ、オレには関係無いな。
ベージュの猫っ毛。茶色のどんぐり眼。百六十センチと比較的小柄で、童顔。崩れてはいないが別段美形という訳でもなく、言わば特筆すべき点のない、至って平凡な顔立ち。中性的と言えばそうだが、どこにでも居そうな、集団に埋没するモブ。――それが、オレの自認だった。
オレが高校からの外部受験でこの学園を選んだのも、ある程度進学校で、全寮制且つ奨学金が貰えるからというのが理由で、正直姫制度とやらには興味も関心も無かった。
適当に一生徒として候補者の誰かに投票すれば、それで終わりだと……この時までは思っていた。
「ちょっと、そこのアナタ!」
「……え?」
突如、横合いから野太い声が飛んできた。見ると、百八十センチはありそうな長身の男子生徒が立っている。なかなかに端正で男前な顔立ちだが、如何せん彫りが深く、クセが強い。何より、金と黒、真ん中で二色に分かれた大胆な長髪がやたらに目立っていた。
制服のズボンとネクタイが青チェックなのを見るに、三年の先輩のようだ。目が合ったが、こんな派手な先輩に話し掛けられる理由に心当たりが無い為、オレはキョロキョロと周囲に視線を巡らせた。
「違う違う、そこのアナタよ! ベージュのふわふわ髪の!」
どうやら、オレで合っているらしい。ていうか、オネエ言葉?
「えっと……何でしょうか」
若干怯みながら問い返すと、オネエ先輩はずいと距離を詰めて迫ってきた。
「アナタ、名前は!?」
「え!?
すると彼……彼女? は、手にした紙束をパラパラと捲り出し、「候補者名簿には載っていないわね」と、何やら呟き出した。
「書類選考で引っ掛からなかったということは、願書には写りの良くない証明写真を使ったでしょ?」
「……はぁ」
一体、何のことだ?
困惑するオレの腕を、直後がしりと掴み、オネエ先輩は興奮気味に言った。
「アナタ、良い! 凄く良いわ! おめかししたら、絶対化けるわよ! ちょっと、こっち来てちょうだい!」
「えっちょ……ちょっと!?」
そのまま、何が何やら訳の分からないまま、オレはオネエ先輩に連れ去られることとなった。
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