第46話 じいちゃん、『呪い除けの腕輪』を作る

 作業台では、じいちゃんが『呪い除けの腕輪』を作っている。

 今は親指の爪くらいの大きさの魔石を手に載せていて、それがほんのりと白く光っている。


「はぁ。何度見ても、俺には無理だわ」


 魔道具師のプロのローギーさんが、深いため息をつく。

 何をしているところなのか聞いてみると、魔石に呪い除けの魔法を付与しながら魔法陣も描きこんでいるとのこと。魔法陣は小さすぎて、ローギーさんのところからでは何を描いているかまではわからないらしい。


「小さな魔石に、あそこまで精緻な魔法陣が描けるのは、アランさんくらいなもんだな」


 じーっと見つめているローギーさん。目が離せないようだ。

 私には、ただ魔石が光っているだけにしか見えないけれど、ローギーさんには何をやっているのかがわかるらしい。

 じいちゃんの手の魔石の光りが消えた。すぐにまた別の魔石に手を伸ばしている。


「エマちゃんも、魔道具を作るのかい?」

「まだ作ったことないよ」


 ローギーさんに聞かれたけれど、作ったこともなければ、意識して使うことも夏休みのこの時期くらいしかないから、ピンとこないのが正直なところだ。


「確か称号がアランさんと同じ『大魔導師』だったよね」

「よく知ってるね」

「ああ。『大魔導師』のアランさんの孫の称号も『大魔道師』だった、ってのは街では有名な話だぞ」


 ローギーさんじゃないけど、うへぇ、だ。

 街中はほとんど歩いていないし、じいちゃんもそばにいたから、誰も声をかけてくることはなかったし、視線も感じなかった。今思えば、大柄なじいちゃんのほうに向けられてたのかもしれない。

 カンカンカン、キンキンキンと鳴る軽い金属音。

 キュルキュルキュルと削る音。

 シューッという蒸気のような音。

 じいちゃんの作業している音が部屋の中に響く。


「お、そろそろ終わるみたいだな」


 ローギーさんの言葉に、じいちゃんの手元を見る。

 銀色の金属でできた円形の腕輪には、周囲には色んな色の石が埋め込まれている。白く光っていた魔石が一番大きいようだ。

 幅はそれほど太くはないので、アクセサリーとしてつけてても違和感はなさそうだ。


 ――あれで呪い除けになってるのかぁ。


 興味津々で見ていると、私の頭の上ではローギーさんがむむむと唸っている。

 じいちゃんが作業を始めて30分くらい。その時間でローギーさんが唸るような物が出来てしまった。


「ふぅ、取り急ぎだから、こんなもんでいいだろう」

「こ、こんなもんって!?」


 ぼそりと呟いたじいちゃんの言葉に、驚きの声をあげたのはローギーさん。


「全然、『こんなもん』のレベルじゃないでしょうがっ」

「何を言っとる。こんなもんは、こんなもんだろう。一時しのぎにしかならん」


 じいちゃんは納得はいっていないようだけど、ローギーさんは十分、いや十分以上だと思っているようで、グダグダとじいちゃんに文句を言っている。


「屋敷に帰って、もう少ししっかりしたのを作ってやったほうがいいかもしれん」

「ねぇ、じいちゃん。そんなにヤバい呪いなの?」

「まぁな」


 じいちゃんは自分の顎を撫でながら考え込み、チラッと私の顔を見てニヤリと悪そうな顔を見せる。


「どうせだったら、相手に呪いを打ち返すようなのがいいだろう?」

「そりゃ、そうだけど」

「少し前のドラマでも言ってただろう。『倍返し』ってな」


 じいちゃんが口元を歪めて笑うと、元々、迫力ある顔だから、知らない人が見たらびっくりして腰を抜かすかもしれない。

 でもじいちゃんの『倍返し』は、『倍返し』で済まなそうな気がするのは、気のせいだろうか。


「ほぉ、『倍返し』か。面白そうだな」


 じいちゃんは作業を終えると、腕輪を自分のマジックバッグにしまって、ローギーさんに写真機の設計図を持ってくるように言った。

 私も横から見せてもらったけれど、全然わからない。細かい魔法陣は、綺麗な模様にしか見えない。これは難しそうだ。


「ああ、なるほど!」

「なるほどじゃない。よく見ればわかるだろうが」

「うへぇ」


 じいちゃんのスパルタな感じに、少し気の毒に思ってしまった。


「完成したら前辺境伯のところに持って行ってみろ。高くても買ってくれるだろうからな」

「本当か」

「ああ。長男も欲しがってたぞ」


 じいちゃんがはっぱをかけると、ローギーさんもやる気になったらしい。

 私たちは店のほうに戻ると、いくつか気に入った物をまとめて買って店を出た。ローギーさんが貰い過ぎだ、と慌てていたけれど、材料費と場所代だ、と言って、そのまま出てきてしまった。


「まったく、魔石は自前とはいえ、ミスリルの合金はあんなに安くはあるまいに」

「ミスリル?」


 どうも腕輪の素材の銀色の金属は、ミスリルが含まれている物だったらしい。

 じいちゃんがクスクス笑いながら歩いて行く。


「ねぇ、じいちゃん」

「なんだ?」

「私でも魔道具って作れる?」


 私の言葉に目を大きくするじいちゃん。


「そうだな。将来的には作れるとは思うぞ。しかし、まずは魔法がちゃんと使いこなせないことには、魔法の付与もできん。それに魔法陣を描く勉強もしないとなぁ」

「魔法陣かぁ」

「魔法陣はこちら異世界の文字で描かないと発動しないから、文字の勉強も必要だぞ?」


 文字はあちら日本でも勉強はできるけど、魔法の練習は、こちら異世界でしかできない。凄く短い期間だ。

 そうなったら、魔法の練習を優先するしかない。いつか魔道具も作れるように、この夏休みは魔法の勉強を頑張ろう。


「じいちゃん、色々教えてね」

「ああ、任せろ」


 自信満々なじいちゃんの言葉に嬉しくて、私はついスキップしてしまった。

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