第66話 空の喧騒(4)
終始にこやかな二人の会話だが、両の手元ではお互いぎりぎりと鳴く剣を握り続けている。少しでも気を抜けば、即座にその剣は弾き飛ばされそうだ。
「いいかい、分隊長さん。ハルピュイア・クインの【
「一旦?」
リュシェルの足がぐっと力を込めて地を踏みしめる。
「ああ、一旦だ。あとはかけたやつの能力がどれほどかで、どこまで使役させられるか決まる。聞いた話、力が強すぎるやつは縛りがなくとも使役できるそうだ。つまり、
ザイストはぞっとした。
「死者の軍団か」
「現代でそこまでやれるやつはいないだろうけど、ねっ」
リュシェルの剣がするっとザイストの刀身を滑る。半分を過ぎたあたりで彼女は腕の力を一瞬だけ緩め、そのままくるりと翻って斬り返した。
素早い斬り返しで優勢になったリュシェル。
変わらず真一文字に口を結ぶザイストは、切り結んだまま力任せに剣を振り抜こうとした。
だが彼もまた必死に自分に抗っている様子で、がくがくと体が不自然に動いていた。クインの支配から逃れようと四苦八苦して、態勢を崩したザイストの足元がぐらりと揺れる。
「ごめんよ!」
「うおっ」
それは数瞬の出来事。
剣がぶつかり合い派手な音をたててよろめいたザイストを、ひょいと避けながら、がら空きだった彼の背中へリュシェルは剣を振るった。白い隊服が思い切り地面と対面する。
「悪いね。不可抗力だよ」
言いながらリュシェルの身体も不自然に動いていた。倒れたザイストの背へ再度刃を振るおうとする仕草の腕を阻止しているのか、食いしばるリュシェルの額には水滴がいくつも滲む。
操り人形に休む暇は与えられない。これ以上は無駄だと分かったのか、ザイストを狙う手からふと力が緩み、本人の意思とは関係なくまた勝手に足が動いていく。
たたたっと軽快な音とともに分隊長を背にリュシェルが向かった先は。
「どうしたんだ、おまえ達! しっかりするんだ!」
傷をつけないように、慎重に戦うカーラント対一部の隊士。現在月花亭前は乱戦状態。術にかからなかった者を狙ってあちこちから複数で襲わせているようだ。
『さすがね、カーラント副隊長には効かなかったようよ。他の隊士は……んー、軒並みやられているみたい。あの分隊長ってのも。あ~、ちょっと街の人もいるわね』
ああいうのが一番面倒なのよね、とカティアが付け足す。ジェインは右に左にと剣を振るい、敵を流していく。すれ違いざまに関節をはずしたり、手刀を首のあたりに入れたりしては、それ以上戦えないようにしていた。
『二度目が来る前に仕留めた方が無難よ』
掛け直しされるとクインの支配が強くなる。痛みで動けないのに動かされるという酷い状態にされてしまう。
「ああ」
分かっていると短い相槌に込め、ジェインは目下襲い来る誰かのために、カティアを構え直した。
それはすぐに現れた。
狭い場所での乱闘に、土や埃やなにやが混じり合い、視界が良くなかった。
その白い視界に一本の線ができるのが見えた。瞬間その線に触れないようにジェインは後ろに飛び退いた。
線を描いたのは飾り剣。降りぬかれた剣は次に、大きく振りかぶって瞬時に下ろされた。それをそのまま事もなげに弾き、ジェインは当たり前に返ってきた刃と一合、二合と切り結んだ。三合目で少し力を込めると相手が跳びすさった。
「さすがに強い」
風が払った白い靄。その言葉は確認の意味か。現れたのは壁の飾り剣をしっかりと構えたリュシェルだった。
冷や汗が額をすっと通り越し顎に伝う。ジェインの腕を称賛してか、ふっと笑う元冒険者。ジェインは右に左に視線をやり、状況を確認した。
「どうしてあんたも一緒に?」
「すまないね。クインの【魅惑的な声】は知っていたが、対処が少し遅かった」
アシュリーたちの無事な姿を見るに、リュシェルのこの様は、三人を助けた代償のようだ。
向き合って間合いを取る二人。
ハルピュイア・クインの特技はその魅惑的な声で、【生き物を操ること】。しかし、すべてではない。操れるのは運動機能のみであり、またその範囲も能力による、という但し書きがつく。【クインの操り人形】とも呼ばれている。
『魅惑的な声? はー、ばっか馬鹿しい。アレが魅惑的ってどんな感性よ。プライドだけは
口だけで力量の伴わない者へは容赦のないカティアは、毎回この手の話題に機嫌が悪くなる。
「ふふ、魅惑的ね、私にはがなり声にしか聴こえないけど」
ジェインの感想に、にっと両方の口角をあげ、笑うリュシェル。
「それには同感だよ」
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