第64話 空の喧騒(2)
一瞬のうちに行われた動作と、翼を持たないはずの人間が、なぜか自分たちの領域にいるということに動揺するハルピュイア。
ジェインはオロオロしている間抜けな鳥もどきへそのまま手を伸ばすと、鳥にしては分厚くて大きい片翼の根元を素早く、がっしりと掴んだ。
『そろそろ落ちるんじゃない』
「ああ、一回戻る」
空の上で剣と会話しながら、掴んだ翼を間髪いれず
それを追うようにしてジェインも地上を目指した。
「ジェインさん!」
落下するジェインの衝撃の姿を見て、アシュリーが金切り声で叫んだ。
(いや、そもそもどうやってあそこまで上がったんだ)
リュシェルはアシュリーの肩を抱きながら、ふとそんなことを考えていた。
ジェインは
残った翼と両脚とで、魔物がバタバタともがき墜ちていくさまをじっと見つめながら。人間の女の顔で必死に何かを叫んでいるが、魔物の言葉など雑音に過ぎない。
ひとりと一羽で落下していたが、地上が近づいたほんの数メートル手前で、
「ギュエエエ!」
空中でハルピュイアをステップ代わりに踏みつけ、その衝撃を利用して大きく一度回る。そうしてスピードを殺すと、賞金稼ぎは何事もなく地面にひらりと降り立った。
片や踏みつけられ、最後にジェインに蹴られた不憫なハルピュイアは、加速させられたことが
「大丈夫だよ、アシュリー」
リュシェルに促され、顔をあげたアシュリーの目に、両足を屈伸して首や肩を回す、傷ひとつなさそうなジェインの姿が映った。
良かったと吐いたアシュリーの安堵のため息が、大きな声にかき消される。
「ああああああ、なんてことを!」
「なんだ?」
どこからか野太い女の嘆きが聞こえてきた。この場にいる人間たちがあちこち見回すと……。
「ああああああああ」
泣いていたのは、声に劣らず太めの女。いや、翼のある大きな女。だが、空に残るハルピュイアどもとは少し様相が違う。いつの間にいたのか、月花亭の屋根に
「なんてことをしておいでかい! この人間風情が!!」
キーンっと、周囲に響く声。
「うわっ」
魔物が話した!
この事実は久方ぶりに魔獣の襲撃を受けたこの街の住人に、更なる衝撃を与えた。
「え~、また喋るやつ……」
誰もがその声に圧倒され萎縮する中、ひとりだけ平然とした口調で、嘆く魔物に心底嫌そうな態度を見せる。やはり、賞金稼ぎは賞金稼ぎだ。
「喋る魔物って色々
魔物が聞いたら、どういう理屈だといいそうなひと言だ。もちろん、人語を解することが高度な魔物である証拠なのは十分に分かったうえでの話だ。
「よくもあたしの可愛い、可愛い子どもたちを!」
太った女は人と変わらない両の手で顔を覆い、その指は皮膚を搔きむしるかのようにひくひくと震えた。そうしながら振り絞って声を出した。旋回していた残りのハルピュイアがその女の傍に降り立ち、悲しげな声をだす。
『沸点って、明らかにあんたがやっちゃったハルピュイア、アレの子どもみたいじゃないの。って、いまそう言ってるし。そりゃ怒るでしょ……あ、そうよ、ジェイン。シェイプシフターに聞くはずのこと、会話できるんなら、アレにも
リュシェルが相対したというシェイプシフターに、ジェインは訊きたいことがあった。それが何にしても、話ができる魔物がまだいるのなら、そいつにも訊いておいて損はないだろう。
カティアの提案にジェインは「ああ確かに」と頷いた。
嘆く女とハルピュイアの外見は、似ているようで似ていなかった。
手入れの行き届いている髪、赤いノースリーブのドレスから見えるのはつるんとした肌、両足には赤いヒールを履き、どこからどう見ても太っただけの人間の中年女性にしか見えない。
背中に醜悪な翼さえなければだが。
「……クイン」
ジェインの口元が笑いを堪えるのが必死とばかりに震える。当然ながらジェインは知っている、この魔物の名は。
「なんてこった……ハルピュイア・クインじゃないか……」
ジェインがリュシェルをチラッと見た。
「さすが、元冒険者」
正体を知っている二人の表情は、対照的だった。
「……三人とも、今すぐ耳を塞いであの建物の陰に、」
リュシェルはアシュリーたちを逃がそうとしたが、次の動作はハルピュイア・クインの方が早かった。
「耳と目を閉じろ!!」
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