第57話 シラー隊 VS 青狼群

 遺体とともに先に街へ戻ったカーラントとザイストの隊も連れて、そろそろ戻ろうとしたシラーは部下に注意を促す。


「こ、こいつが青狼ブルーウルフ……」


 無理もない。

 多分初めて魔獣に出会ったのだろう。若い隊士がぶるりと震えるのが目に入る。


「なんだ、初めてか? ならいい土産みやげ話になるぞ」


 シラーはその隊士に微笑んでみせた。


「分隊長!」


 草を搔き分け、青狼が向かってきた。魔獣であるがゆえ犬より早い結構なスピードで、あっという間にシラー隊に近づく。

 

 全員抜刀して迎え撃とうと構えた。


「はっ!」

 

 シラーの前にいた隊士が飛び掛かってきた青狼を一閃、ぎゃんっという鳴き声と共に、青い狼は地面に落ちた。


「や、やった」

「まだだ!」


 地面に落ちて仕留めた、と思い込んだ若い隊士が気を許した途端に、青狼はゆらりと起き上がり襲いかかってきた。隊士の剣は青狼に衝撃を加えたが、決して致命傷を与えたわけではなかったのだ。


 シラーがすぐさまフォローを入れて、今度こそそれは動かなくなった。剣に付いた青狼の赤い血を、ざっと振るって飛ばす。


「す、すみません、シラー分隊長」

「初めてだったからな。次は気をつけろ」


 青狼が動かなくなったのを視認しながら、若い隊士に声をかける。


 最強三隊と呼ばれはするが、シラー隊は青田買いを好んでやる分隊長のおかげで、常に新人がいた。


 剣は握りしめたまま。多くの隊士が周囲を警戒している。シラーも隊士達も静かに耳を澄ます。


「ぶ、分隊長」


 情けない声がシラーを呼んだ。


「ああ、分かっている」


 この草を分ける音、走りくる数えきれない足音、風に乗って鼻をかすめる動物の臭い。


「来るぞ」


 シラーの声に、隊士達は剣を握り直した。

 木々の間から次々と躍り出たのは、先ほどと同じ種類の青い魔獣、青狼だった。


 やはり一頭だけではなかったのだ。


「気を引き締めろ。こいつらは魔獣だ」


 シラーの台詞セリフが終わらないうちに、青狼達はあっという間に視界に広がった。いや、埋め尽くした、という方が正しい。森の奥から泉の如く湧き出て、あとからあとから溢れてくる。


 三隊を引き連れてきて良かったと、この場にいないカーラントが副隊長の所以ゆえんを垣間見たシラーだった。


「はあああっ!」


「うおおおっ」


 各々の掛け声と共に剣が繰り出される。

 三隊すべての隊士があちこちで闘う。だが、奇妙だった。闘ってはいるものの、どうも、相手にされていない気がする。

 

 湧き出る速さがものすごく、押し出されてくるようにその多くが隊士とすれ違う。


「どういうことだ……?」


 シラーは剣を下ろした。


「分隊長!」


 部下が金切り声をあげたが、どんどんやってくる青狼の群れは、シラーに飛び掛かるよりも、避けて走り抜けていった。


「やはり!」


 この大群の青狼たちの目に、守護隊は入っていない───。


「避けろ!! 全員すぐに馬に乗れ!!」


 シラーは即座に言い放った。


「すぐさま街へ帰還する!!」


 青狼と並ぶ形でシラーは馬を走らせた。三隊がその後に続く。


(スタンピード、ではない?)


 毛足の長い、青い絨毯の中をコルテナ守護隊は走った。魔獣と並行して走るなど、前代未聞だ。馬と青狼の駆ける足音、隊士の掛け声、それらが空気を切り裂きながら移動していく。


 どこから沸いてくるのか、魔獣の方が馬より早く、どんどん追い抜かれていく。だが、青い絨毯からは一向に抜け出せない。


「分隊長!」


 横で走る部下が言いたいことが、すぐに分かった。

 馬が走りやすくなってきたのか、ぐんぐんとスピードが増していく。足元の道が舗装され始めていた。


「この先は……!」


 やはり、としか浮かばなかった。


 先に走る青狼の群れが、細く長く伸びていく。先頭は真っすぐにコルテナを目指していた。


「急げ!!」


 何が目的か、青い狼は脇目も振らずに街へ向かっている。


「信号弾をあげろ!」

「はい!」


 脇に走る隊士に指示を出す。彼は走りながら背負った矢筒から一本を引き抜くと、腰に下げた袋へ手を突っ込んで何かを取り出し、その矢の先に結び付けた。そのまま少しのスピードも落とすことなく弓を構える。彼はシラー隊の弓の名手だ。撃ち落すものは何もないが、目一杯に引き絞って放たれた矢は、しゅん、という音を置いて瞬く間に空へ吸い込まれた。


 と、バン!という破裂音と共に、空の一部が真っ赤に染まった。


 緊急事態を示す赤い信号弾が、空高く打ち上げられた瞬間だった。


「総員、全速力で帰還しろ!」


 ここからは時間との勝負だった。隊士の誰もが必死に馬を走らせた。峠から街までの所要時間を競っていたとしたら、続々と記録更新していったことだろう。人馬共に心拍を跳ね上げて街を目指した。

 

 信号弾を確認したらしく、緊急を告げる鐘の音がうっすらと聞こえてきた。


(よし、見張りは機能している)

 

 先に到着していく青狼たちが、コルテナを囲むように散っていくのが見える。


「シラー隊二十を残して、三方向に散れ!!」

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