第52話 手がかりは解剖台の上(2)
「ええ、そうです。脇道に入ったところで発見しました。遺留品は見つかっておらず、今はまだこの遺体と着ているものだけです」
「峠、峠か。なんで峠で……」
リュシェルの声が詰まった。
街から歩いていくには遠い場所。着ているものしか遺留品がないということは、どうやってそこまで来たのだろうか。馬車はあんな場所でひとり降ろさないだろうし、明らかに怪しいじゃないか。
「被害者の状態から察するにこれは、シェイプシフターの仕業である可能性が高い。二人とも知っているだろうが、シェイプシフターは発見後すぐに始末しなければならない最重要討伐対象だ」
真面目な顔で語るグレイ。
シェイプシフターは国を滅ぼす可能性がある。
「だがこれが皆に知られると、シェイプシフター自体にも知られてしまうことになる。そうなれば取り逃がす危険性が高い。だから慎重に進めなければならない」
『まあ、そういうねぇ。あいつらすぐ逃げるから。ぱっと消えちゃう。だから捕まえた時の賞金がデカい!』
いつからこんなに金の亡者になったのだろうと、ちょっと首を傾げたくなる衝動を頑張って抑えて、平然とした態度で話を聞くジェイン。
「ではリュシェル、その腕のこと、出会ったシェイプシフターのことを詳しく説明してくれるか」
眉を寄せてともすれば今にも泣きそうな表情で、リュシェルは黙って抱えていた腕を布のままそっと解剖台の開いたスペースに載せた。
「ああ、まず最初に言っておくよ。面目ないが、腕以外は取り逃がした」
薄々気付いていたことではあるが、実際に聞くと重大さに息も詰まる。
「……この腕は配達屋のグラインのだよ」
「グライン? 配達屋の?」
カーラントが確認するように復唱した。
「そうさ、あの気の良い気弱なグラインだよ」
「リュシェルが斬ったのか?」
グレイの問いに「ああ」と短く答えた。
リュシェルは切られた腕をじっと見ながら、話し出す。
「昨日、そこの姉さんが始末してくれた魔獣が、うちの店の入り口の舗道も壊していたんだよ。それで砕けた石とかさ、拾って、開いた穴どうするかなーって座り込んでいたら、いつもの時間にグラインが配達に来たんだ」
赤みが抜け、黄色っぽくなった腕。冷たい銀色の台の上に、もう一人の犠牲者と共に冷たく並ぶ。
「そうしたらあいつ、手伝うって言うんだよ。優しいだろ?」
「いつものアイツじゃないですか」
カーラントの合いの手にリュシェルが何ともいえない表情をした。
「それでどうやってシェイプシフターと分かったんだ? 君が襲われたのか?」
話の先を早く促そうとしたのか、リュシェルがカーラントへ答えるのを遮る形で質問した。急ぎの案件であるから、グレイが早く詳細を知りたいのは仕方がないことだろう。
「違うよ。私が先さ」
その台詞にグレイとカーラントの両目が驚きに見開かれた。シェイプシフターの犠牲者は見た目では分からない。何故なら被害者を完璧に真似てしまうから。
入れ替わり、記憶と知識を取り込み、その人の生を乗っ取って、大事な人や宝を奪っていくのだ。
「どうやってだ?!」
あまりの驚愕さにグレイの声も大きくなるというもの。思わず詰め寄りそう
になって、カーラントにそっと腕を握られた。
「隊長」
カーラントを見て、すっと我を取り戻す。
「すまない、驚かせた」
「いやいや。そう聞かれるのは分かっていたよ」
気にしないでとばかりに片手をあげて、リュシェルはちょっと笑って見せた。
この三人のやり取りの中、ひとりジェインは高揚する気持ちを抑えるのに必死だった。
何がそんなにジェインを喜ばせているのか。
この場にいる者は知っていることだが、この遺体とそのグラインという男が同じヤツの被害者とは言い切れない。だが、違うとも言い切れない。
シェイプシフターはほとんど群れず、単独で生きていく。そもそも雌雄の別がなく、生殖して増やす必要がない。それゆえに極めて数が少ない希少種なのだ。人間の中に入り込んで滅多に見つけられず、シェイプシフター同士でもその正体を見破るのは難しいという説もある。
そんな魔物が同時に二体も姿を現すとは考えにくい。考えにくいが、確実に一体はこの街(もしくは街周辺)にいるということだ。
もしかして二体もいたりするなら、暫くは贅沢三昧、馬車を借り切っての移動も広範囲にできて、高級宿で豪華なご飯も食べ放題。新しい服も靴もほしいとこで、とにかくやりたい放題できるのだ。
『これは二体いて欲しいとこだけど……ま、同じやつでしょうね』
ジェインに冷水を浴びせるのは、いつもこの銀色に
カティアの声に一気に気分が悪くなる。それはそうだと分かっていても、少しの間わくわくさせてもいいじゃないか。
むっとした顔も美しいと目のやり場に困ったのはカーラントだった。隊長を落ち着かせて、そうはいっても自分も驚いたのだが、顔を上げればジェインの姿が目に入り、うっと気が削がれる。大事な話の最中で、絶対に興味を持っていかれてはならない。副隊長として意地でも自分を律し続けていた。
「実は、私は以前一度だけシェイプシフターに遭遇したことがある」
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