第16話 少女と美食と後悔と(3)

「どうしたの。ご案内しないの」


 気を取られていたとはいえ、きちんと確認をしなかった自分が悪いのだ。長い間の連れである、こいつの性格は嫌というほど分かっていたはずなのに。


 少女は左手の親指の爪をがじがじと噛みしめて苛立った。目の前で店員が二人なにやら話していたが、全く耳に入らなかった。


 絞めてやる。あぁそうだ、今からでも絞めてやる。


 背中に背負う大剣をガラス越しにギロリと睨みつけた。


「どうぞこちらに」


「ん?」


 横を向いていた顔を前に戻すと、いつの間に代わったのか、そこにいたのは最初の店員ではなかった。すらりとしたまぁまぁのスタイルに、明るいレンガ色の髪を三つ編みにして胸の前に二つ垂らしてあるのがよく似合う。とろりとした蜜のような琥珀色の瞳で、にっこりと笑顔を向けられれば、誰もがつられて笑顔になりそうな少女。この娘が換金所の彼が話していた看板娘だろうか。


「さ、どうぞどうぞ。こっちこっち、こちらへどうぞ」


 交代したこの店員はテーブルの間を縫うように、滑らかな動きで前を進む。数歩ごとに後ろを振り向き、ついてきているかの確認をしているようだ。


 しかしこんな子供一人、よく通してくれている。自分で言うのもなんだが、胡散臭い、トラブルの元になりうる存在だと思うが。先の店員は不審がっていたと思うのに、この店員は違う。それとも考えすぎなだけで、この街は子供一人がこういう店で食事するのは実はたまにあることだろうか。


 拍子抜けするほどあっさりと案内を始めた看板娘の背中を見ながら、こんな見てくれにしてくれた背中に背負うヤツへの苛立ちも緩和する。奥へと進み、案内されたのは隅のテーブルだった。よく見ればどこからも程よく隠れ気味で、子供一人でいても誰も気にしなさそうな席だ。椅子を引いてもらってぴょんと飛び乗る。


 さておき、好意でも普段通りでもなんでも、食事にありつけるんならどうでもいいさ。


 店内を横切る短い時間で出した結論は、いつものように腹具合優先だった。


「さぁ、こちらがメニューです。どれもお勧めですよ」


 少女には少し大きなメニューを渡しながら、店員は言った。


「少し低いかな……。あとでクッションをもってきますね」


 テーブルをあとに厨房へと入っていく店員の後姿をじっと見ていた。途中で客に声をかけられると、必ず笑顔で返事をし、あちこちのテーブルに目をやりながら、他の店員に目配せをする。客が何か言う前に声をかけさせているようだ。なかなか気遣いのできる店員だった。


「ふーん……若いのになかなかやるな」


 どれどれと、鼻歌混じりでメニューを開く。ついさっきまでの少女の機嫌の悪さは見る影もなくなっていた。


 頼んだものはすぐに運ばれてきた。本能の赴くままに注文した品はあれよあれよとテーブルを埋め尽くす。視界に占められる料理の皿を前に、少女はにやにやしてフォークとナイフを握りしめた。お尻の下にはふかふかのクッションを敷いてもらってテーブルと自分との高さも調節済みだ。料理が来る前にあの店員がやってきて、足らない背をクッションで足してくれたのだ。こんなに心配りのできる店員に気分もあがるというもの。


 あの受付、いい子を好きになったもんだ、と少女は昨日の青年を思い出してふっと笑顔になった。


 さて誰かにまだ食べるのかと突っ込みを受けそうなくらい注文を繰り返し、全て食べきった後、次はデザートだとうきうきと待っていたご機嫌な大食漢な少女の元へ、頼んだ数種のデザートをトレイに乗せて、看板店員がやってきた。お待たせしました、と言いながらひとつずつ皿を置いていく。


 キラキラした色とりどりの星型の小さなゼリーが散りばめられたピンクと青のアイスクリーム、クリームと薄いスポンジが幾層にも重ねられたケーキ、そしてデザートのメインは大人の拳はあろうかという大きさのチョコレートでできた球体。温められたオレンジリキュールを上からかければ、刹那にほろりと崩れ中から果物とクリームが流れでた。


「~~~っ!!」


 ここ! 好き!!


 声なき声が全身から溢れる。満面の笑みでスプーンを握り、クリームと果物をひと掬い口に入れた。少女はまだスプーンが口の中にいるのに口角を上げまくり、頬をピンク色に染めた。とてもとても幸せな瞬間だった。


「そんなに気にいってくれたんですか。嬉しいです! 賞金稼ぎのお姉さま」


「ぐほっ」


 まだ砕ききっていなかったベリーのひと欠けがひょこっと喉を通り過ぎ、反射的にむせた。


「な、なに」


 気管に異物混入した(未遂)ので、ちょっぴり涙目で顔をあげた。目の前に立つ看板娘は胸のところでトレイを両手に抱えるようにして、少女にとびきりの笑顔を向けていた。


 いやいやおかしいおかしい。普通こんな小さな子供を賞金稼ぎなんて呼ばないだろ。


「昨日は本当に有難うございました」


 看板娘は小声ながらも深々とお辞儀をした。少女が賞金稼ぎだと断定したまま話が進む。少女はフォークを持った手をテーブルに、顔は下を向いて黙り込んだ。明らかに虚をつかれ、スルーするところを反応してしまった。また奴にバカにされる。


「……なんの話かわかんないんだけど」

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