修羅場?

「ふふっ」

「なんだよ」

「こうして歩いていると、子供を引率する大人な気分だなって思ったの」

「……今の俺は子供ですよ~だ」


 何を言いだすかと思えば……ま、否定出来ねえけどさ。

 てか二人っきりになれる場所とは言ってたけど、これからどこに行くんだろうか。


「どこに行くんだ?」

「研究所よ」

「……へぇ!」


 セレンのために用意していたっていう魔法研究所か!

 どんな場所なのかあまり想像は出来ないが、男子としては研究所という響きには少し惹かれるものがある。

 軽く聞いた話だと文字通り魔法の研究もそうだが、魔力のない人でも扱える魔法機器の開発なんかも進めているらしい。


「流石にまだ引っ越しの用意は済んでないけれど、私の部屋としては十分に機能するわ」

「なるほど」

「つまりこういうことよ。これからあんたと向かう二人っきりになれる場所ってのは、後々あたしが使うことになる部屋ってわけ」


 ほぅ……つまりセレンの自宅にお邪魔するってわけですか。

 リリスの家に行った時……まああれは誘拐という形だったけど、こうして実際に女性の家に誘われるのはちょっと……いいね。


「トワ? 顔が赤いわよ~?」

「そ、そりゃ赤くもなるだろ!」

「……ふふっ、そういう反応も懐かしいわね。昔のあんたは、あたしが体を押し付けるだけで顔を赤くしてたっけ?」

「……顔を赤くするだけに律していた俺を逆に褒めてくれ」


 体を引っ付けられても必死に耐えていたんだからな?

 魔王でいっぱいいっぱいだったのもあるけど、奇跡の力を除けば至って平凡な俺を好きになる女性なんて居ないと思ってたからなぁ……本当に人生何があるか分かったもんじゃない。


「あら、今度は気が抜けたような顔しちゃって」

「いや~……人生が何が起こるか分かったもんじゃないって思ったんだ。生まれ変わったりしたしな?」

「それはあんたくらいなもんでしょ……てかもう絶対に死なせないわ。あんたは何があってもあたしが守る――危険に晒す奴は、必ずこの手で殺してみせるわ」

「お、おう……」

「ほら、さっさと行くわよ」


 止めていた足を再び動かし、研究所へと向かう。

 しかしその道中、何とも嫌な予感を感じさせる馬車が傍を通った。


「……げっ」


 その馬車は、ヘイボン家の所有する馬車だった。

 ということはつまり……咄嗟にセレンの背に隠れようとしたが、それよりも早くセレンが俺を抱き寄せた。

 しかもクルッと向きを変えられたことで、俺は顔面をセレンの胸に吸い込まれてしまった。


「むがっ!?」

「少しこうしていなさい」


 顔全体を覆い尽くす柔らかさは凄まじく、鼻腔を埋め尽くすのはセレンから放たれる甘い香り……考えるだけならタダだし、誰の迷惑にもならないから敢えて言うわ。

 分かってたことだけどめっちゃ良い匂いする!

 ……なんて、思った矢先に背後で馬車が止まった。


「おぉ! これはこれはセレン様!」


 聞こえてきたのはナニモ……リリスとデートをしていた時にあったかつての家族である。

 本当によく出会うなぁと嫌な気持ちになるが、リリスと同様にセレンも俺の実家のことは嫌っているので、血を見るとは言わないが遠慮のない罵声が飛び出そうでヒヤヒヤする。

 いや、別に罵声をセレンが浴びせても良いのか。

 だって俺は実家のことは嫌いだし、セレンの立場の方がナニモたちより強いし、何なら実力という点においても恐れる要素ないし。

 さてさて、セレンのナニモに対する第一声は――。


「喋りかけないでもらえるかしら? 耳が腐るのよ」


 おうふ……初手から鋭利な一撃!

 視界はセレンの胸に遮られているが、ナニモが呆気に取られながらも歯を食いしばっている光景が容易に想像出来る。

 国の英雄に嫌われまくっているのが気の毒だが、俺からすればざまあみろとしか思わない。


「く……くくっ、相変わらず手厳しいお方だ。しかしセレン様? 私もアストラム王国の貴族故、時には手を取り合うこともあるかと――」

「そんな時は永劫来ないでしょうね。トワが打ち立てた栄光にしがみ付く害虫の分際で、あたしと対等かのように喋るのは止めてくれる?」


 セレン……めっちゃ言うじゃん。

 まあでもリリスもそうだがセレンにも、俺は実家のことを話すことはあったので、こういう反応も当然と言えば当然か。

 俺からの又聞きとはいえ、ずっと王都に居たリリスから話を聞けばヘイボン家がどんな家かも更に詳しくなってそうだし。


「害虫……ですと?」

「えぇ――リリスから聞いたわよ。あんた、トワは家に何も残さず死んだとか言ったそうじゃないの。家族から愛されていたのならまだしも、爪弾きにされた家に一体何を残したいと思うのかしら?」

「っ……貴族として、家のためになることをするのは義務でしょう。あの愚弟はそれを放棄した……家の名に泥を塗ったのはあの者ですよ」

「はっ! 家の名に泥を塗った? 既に泥が塗りたくられてるような家なのに何を言ってるの? そもそも、あんたたちは悔しいだけでしょ? 奇跡を起こせるトワを妬ましく思いながらも、トワがしたことに対するお零れに目を光らせるネズミ以下のクソ共よあんたたちは」


 いえ~い、ネズミ以下のクソがよ失せろやぁ!

 ……えっと、そんな泥の塗りたくられた家に生まれたのが俺ですはい。

 いやしかし刃物以上じゃないかセレンの切れ味は……まあでも本当に実家の方は腐ってるので、これくらい言ってくれると本当に清々する。


「し、失礼するっ!!」


 そしてついに、ナニモは退散した。

 馬車が遠ざかって行き、もう大丈夫と言ってセレンが俺を離した。


「ありがとなセレン」

「良いのよ。それにしてもスカッとしたわぁ……やっぱり嫌いな相手には思いっきり言うに限るわね」

「いやぁ、流石だったな」

「ふふっ、それにしても……トワ?」

「うん?」

「あんた、顔が赤いわよ?」

「っ!」


 あ、やっぱ気付かれるよなそりゃ。

 前世を合わせて母さんとずっと過ごし、リリスとのやり取りもあったがやはりこういうことにはまだまだ恥ずかしさがある。


「こんなことで照れてちゃダメよ? これから先、これ以上のことをする機会だってあるんだから」

「……うっす」

「ま、今のあんたが照れる姿は可愛くていくらでも見れるけれどね」


 頭を撫でられ、再び手を繋いで歩みを再開させた。

 程なくして辿り着いた魔法研究所だが、何人かの職員が俺たちのことを珍し気に見てきたものの、すぐに自分の仕事に集中していく。


「ここに居る連中は、あたしを含めて研究熱心な連中ばかりよ。だからあたしとトワが一緒でも、ほんの少し珍しいって思う程度だわ」

「……研究馬鹿ってことか」

「そういやあんた、あたしのことを魔法馬鹿とか言ってたっけ?」

「さ、さあ……何のことですかね?」

「白状しなさい。罰は一緒にお風呂で勘弁してあげるから」


 それは罰じゃなくてご褒美では……?

 涼しい表情で言ってのけたセレンではあったが、ハッとしたように周りに視線を巡らせた後、そっと耳元でこう言った。


「……ほら、あたしって素直じゃないでしょ? それでも事あるごとにあんたと一緒に居たい気持ちは本物よ。一緒のベットで一日中抱きしめて寝て居たいし、お風呂だって一緒に入りたいし……あんたの好きなこと、なんだってさせてあげたいのよあたしは」


 不安そうに、けれども嬉しそうなセレン。

 そんな彼女の様子に、俺の心に宿ったのは守らなければならないという感覚だった。

 今の俺にやれること……その一番は彼女たちを守ること。

 その心を守り続けることは俺にしか出来ないことであり、誰かに任せられるものではない。


「セレン」


 体はガキのものだけど、それでもありがとうの意味を込めたお返しを。

 小さな子供が背伸びするように見えるかもしれないが、セレンの真っ白な肌……頬へとキスをした。

 ……死ぬほど恥ずかしかったが、それでもやり切った。


「……………」


 ポカンとしていたセレンは、すぐに俺を抱きかかえた。

 そのまま向かった先はセレンの部屋……その寝室であり、優しくベッドに横に寝かされて……ってえええええええっ!?


「もう……したいならそう言えば良いのに」

「あの……セレンさん!?」


 俺を見下ろすセレンは、完全に捕食者の目をしていた。

 息を荒くしながら顔を近付けるセレン……しかし、そこでまさかの声が響き渡った。


「おい、よくもまあキス一つでとんだ誤解が出来るものだな?」

「……へっ?」

「な、なんであんたがここに!?」


 いつの間にそこに居たのか――母さんが深紅の瞳を輝かせ、セレンを睨むように立っていた。

 しかも禍々しくてちょーかっこいい鎌を携えて。

 これは……もしや修羅場というやつですか?




【あとがき】


勇者の名前をカイシンからアリオスに変更しました。

書籍版との兼ね合いも込めてです。

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