第二十四話 レイとの初でぇと?

「チャコラは、でぇと・・・、という言葉を知っていますか?」


 勉強の休憩がてら、ティータイムをしているわたくしたちを残して部屋を出て行ったレイを見計らい、わたくしはチャコラと密かに学んでいる男心・・についての本に載っていた話題を口にする。


「ブフッ!! ちょっ! ルキディア様!? 思わず、吹き出しちゃいましたよ……」

「も、申し訳ございません!? どうしましょう!」

「アタシが責任持って拭くので、ご安心ください!」


 チャコラが汚した場所はちょうどテーブルの上だったので、被害は最小限に抑えられた。


 取り乱したチャコラが片付けを済ませてから、ソファーに座るわたくしの隣に再び腰を下ろす。


「……いいですか? デートっていうのは、親しい男女が共に過ごすことです!」

「えっ? それでしたら、チャコラが来る前はレイと2人きりでしたが……」


 顔を近づけるチャコラの答えにわたくしは目を丸くした。

 反対にわたくしの言葉に対して、耳が垂れたチャコラは、ため息をもらしている。


「それは、護衛ー! デートは、約束を取り付けて、なんだろうなー。2人で場所を決めて会うんです! 護衛は仕事です。仕事抜きにして会って、2人で楽しむことです!」

「そうなのですね! それは、したことがありませんね……そもそも、レイと場所を決めたとしても、一緒に城を出ますし……男心を知るために必要なのでしょうか?」

「そこは、ご安心ください! アタシがルキディア様を城下街に連れていきます。レイには、城から出入りする少し先にある時計台で待ってもらいましょう! あそこは、デートの待ち合わせ場所と言われてます」


 なぜか意気揚々としているチャコラの言葉で、わたくしは男心を知るために、人生で初のデートという体験を学ぶことになった。


 その日、チャコラはわたくしの強い願望だからとレイに話をしたようで、次の日デートが決行されることに決まる。



 次の日。わたくしは早朝から、チャコラに加えて複数のメイドたちによって人形のように着替えさせられていた。


「チャコラ、いつもの装いで良いのではないでしょうか?」

「駄目です! ルキディア様、女性はデートで普段と違う雰囲気を見せて男心をグサッ! と一突きするものなんです」

「そうですよ! 王女様。人生初のデートなんて……メイド一同全神経を注ぎ込み、普段の何十倍も素敵にしてみせます!」


 メイドたちも目を血走らせクローゼットにあるドレスを引っ張り出して、小物と合わせてくれる。


 皆様子がおかしいけれど、大丈夫かしら……。


 わたくしも立ったり座ったり、回ったりを繰り返して2時間が経過したところで、全員が納得した形が出来たらしい。


 普段よりフリルは少ない代わりに、布が透き通ってみえる素材でわたくしの寝室に描かれた星空のような青色が、下に流れるように薄くなっていき、白いフレアスカートのように広がっているドレスに身を包む。


 小物はドレスに合わせるように落ち着いた白い手袋に青系の装飾に耳飾り。

 また、髪型はハーフアップにして三つ編みなどで巻かれていた。さらに、巻き毛をアレンジして小さな花の装飾品で飾られる。


 ――レイみたいなサラサラした髪を求めているのに……。


「ハァハァ……王女様、完成です!」

「みんな! 良く頑張ってくれたわね。これならレイも瞬殺よ!」

「あの……チャコラ? 瞬殺って、わたくしはレイをほうむるのでしょうか?」


 首をかしげるわたくしに全員がシーンと静まり返ってから、最後に青い花の髪飾りを添えられる。


「まさかー。男心の話ですよ! 時間まで30分を切りました。レイは、すでに待っているでしょうから行きましょう!」

「なるほど……男心でしたか。わたくしもまだまだ勉強不足ですね」


 メイドたちに見送られてわたくしは普段から持っているハンドバッグを手に、チャコラと共に城を出て城下街に向かった。



 待ち合わせ場所についたのは10分前で、チャコラの言うとおり既にレイが待っている。

 しかも、普段着ている護衛の装いでもなく、変装のときに着ている冒険者のようでもない。


 貴族のような硬い装いで、まさかの白と青を基調としたわたくしとお揃いみたいな風貌をしている。


「それでは、ルキディア様……手筈通りに。アタシは、影から2人を見守っているので!」

「は、はい! 色々と有難うございました」


 チャコラが去っていく姿を見送ると、代わりにレイが歩み寄ってきた。


 普段と変わらないプラチナの滑らかな髪に、宝石のような紫色の透き通った切れ長の瞳。

 朝が早いため、店を開ける者しかいない空間に2人だけしかいない錯覚に首を振る。


「ルキディア様……今日は、いつも以上に素敵です。金の糸に映える青が、偶然にも私と一緒ですね」

「ご、ごきげんよう……レイ。今日の貴方も、とても素敵です。その……堅苦しいのはわたくしたちには似合わないと思うのですが……」


 貴族風のお辞儀をされてから、わたくしの許可を得て、手の甲に軽く口付けるレイに心臓が激しく高鳴るのを感じた。

 居ても立ってもいられなくなったわたくしは提案する。


 少しの沈黙のあと、顎に手を当てるレイの顔が普段のように意地の悪い表情に変わった。


「――ルキディア様、先に音を上げましたね? 俺の勝ちでした」

「なっ……! それは、どういうことですか」

「チャコラと賭けをしてました。もちろん、遊びなだけで何も賭けていません。最近、妙なことを2人でしているようでしたので」


 ぐぬぬ……。


 すべて見透かされていた上に、味方だったチャコラが敵に回っていたなんて。


 わたくしは身を隠しているチャコラを睨見つける。

 チャコラは両手を合わせ口をパクパクさせていた。


「ですが、今日の衣装と髪型は普段とは違っていて、どちらもお似合いです。さてと、俺はルキディア様と、お嬢……どちらでお呼びしましょうか?」

「あ、有難うございます。そうですね……それでは、普段通りでお願い致します」

「分かりました。それでは、お嬢で。そろそろ店も開きますけど、どこに行きますかー?」


 頭が追いつかずボーっとしているわたくしの顔を覗き込むレイにハッとして一歩下がる。

 深呼吸をして気持ちを整えたわたくしは、プラン内容が書かれた小さなメモを取り出して眺めた。


 レイも察しているようで何も言わずに待っている。


「そ、それでは! 先ずは、朝食です。以前から行ってみたい場所があったので、そこに参りましょう」

「了解しましたー。それでは、せっかくのデート・・・ですし、お手をどうぞ」

「そ、そうですね……それでは、失礼致します」


 左腕を曲げるレイにそっと手を添え、半歩後ろで指示を出して歩きだす。

 すぐに可愛らしい家が見えてきて立ち止まった。


「此処ですか? 俺も、来たことはないですね」

「はい。普通の家みたいに見えるのが特徴らしいです。朝食用に、甘くないスコーンを出してくださるとか」

「へぇ……とても楽しみです。開店しているようなので入りましょうか」


 扉を開いて鈴の音を鳴らして中を覗き込むが、店員以外は誰もおらず窓際に通される。


 すぐにおすすめの朝食を頼むと、先に出される紅茶に口をつけた。


「さっき店員が驚いた顔をしていましたが、この街でお嬢を知らない人間はいませんからね」

「そうですね……倒れかけそうでしたが、大丈夫でしたでしょうか」


 夫婦で営んでいるらしく、視察でも来たことがないチャコラおすすめのお店。

 姿勢を低くした店員が運んでくる朝食に目を細め、普通にしてと頼むが頭をペコペコ下げて去っていく。


「仕方ないですが、冷めないうちに頂きましょう」

「ですねー。それでは、頂きます」


 先ずは大きめのスコーンを手にとって口に運ぶ。

 木の実が使われたシンプルなもので、素材の味に少しだけ塩っぽさを感じた。


「んっ……とても美味しいです。甘味ではない塩気が良いですね。玉子焼きにも良く合います」

「ですね……しかもサクサクしていて、粉っぽくないですし。食べやすいです。ベーコンもカリカリで美味しいですしー」


 朝食に満足したわたくしたちは場所を移して、噴水広場に向かう。

 この時間帯には、出店や大道芸人などがパフォーマンスをしているらしく、賑わっているのだとか。


 昼を過ぎると、皆仕事で忙しくなるから、デートは朝方から昼にかけてが定番だと教えられる。


「出店も、城下街だけあって質が良さそうですねー。大道芸も面白そうです」

「そうですね。わたくし、しっかりと出店も大道芸人さんも見たことがなかったので、楽しみでした」

「それは何よりです。本来なら、男の俺がエスコートするものなんですけどねー」


 レイはわたくしがチャコラと立てたプランに沿って移動してくれていた。


 1つの出店でキラッと光る石を見つけて立ち止まる。

 城下街では売られていない宝石であしらわれた装飾品だ。


「レイ、綺麗ですね! あれは、どこから来た宝石でしょうか」

「あれは――隣国の……宝石のようですねー。モスフルは、寒色かんしょく系の宝石が取れますが、あちらは暖色系の石が取れますから」


 言われてみると、出店を出している人間は隣国から来たと分かるような装飾品を身に着けている。

 わたくしを見ても、顔色変えずに装飾品を勧めてくる理由が分かった。


「どれか、気に入ったものはありますか?」

「そうですね……赤やピンクはわたくしも所持していますが、オレンジに惹かれますね」

「こちらでしたら、お嬢の服装にも合わせられるかと」


 レイが勧めてきたのは、太陽と月を表現したような耳飾り。

 太陽の部分に大きめなオレンジ色をした宝石に、黄色い小さな宝石があしらわれていた。


 値段を見て、この中では高価なものだと知る。


「いえ……今日は見るだけにしましょう!」

「お嬢さん、残念ながらウチの店は明日戻るんだよ。でも、また建国祭には出店するからそのときにでも」

「そうなのですね……それでは、そのときにまた出会えたら」


 気の優しい店主は無理に勧めることはせず、わたくしたちは大道芸を眺めて楽しんだ。


 建国祭が近いこともあって、隣国や他国から視察に来た者も多いようで今から胸を躍らせる。


 遅めの昼食には戻る手筈になっていたため、少し早いけれどわたくしたちは時計台まで戻ってきていた。

 結局、普段着とは言えないけれど、いつもと違ったレイと過ごしたのに男心は分からず、デートは終わりを迎える。


 レイが数分だけ待っていてほしいということで、隣にはチャコラがいた。


「どうでしたかぁ? 男心は」

「半日とはいえませんが、数時間過ごしたけれど分かりませんでした……」

「まぁ、初デートにしては合格点ですよ! 無事に建国祭が終わったらまた考えましょう」


 ブンブンと愛らしい尻尾を振りご機嫌なチャコラにわたくしも頷く。

 数分してレイが戻ってきたため、先に城へ戻っているといって別れるチャコラに手を振った。


「お嬢、お待たせしましたー。今日の素敵な装いには合いませんが……これを」

「なんでしょうか? えっ……レイ、これは――」

「俺も、お嬢に似合うと思っていましたので……受け取ってもらえますか?」


 両手で包むように渡された白い箱には先ほどの耳飾りが入っている。

 目を見開くわたくしに、眉を下げる姿に首を横へ振った。


「有難うございます……高かったでしょうに。とても嬉しいです、レイ」

「その笑顔が見られたのなら、安いものですよ。それじゃあ、帰りましょうか」

「はい。帰ったらチャコラや、メイドたちに自慢しますね」


 それはやめて欲しいと照れるレイと他愛もない話をしながら、城の道を2人で歩いていく。

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