第96話 当日の悪意

 そして舞踏会本番当日。


 オレは学園の雇っている使用人に手伝ってもらって正装に着替えていた。


 この国の正装は、男でもわりとゴテゴテしているから一人で着るのが大変なのだ。男でも腰布とかリボンとか、バッヂとか、とにかく服を飾り立てる。持っている奴は、この上からさらに勲章やメダルだとか付けるから、まるでスケイルアーマーでも着てるのかってくらいピカピカになっているのだ。


 まぁ、オレはムノー家を出された時にそれまで持っていたメダルとかを失っているからあんまり装飾過剰という感じではないけどね。それでも、儀礼用の短剣とか装備しているから、十分ごちゃごちゃしている。


「おつかれさまでございます。ご準備、終わりました」

「ああ」


 オレは手伝ってくれた使用人に一つ頷くことで返す。かなり偉そうな態度だが、まぁ、貴族の使用人に対する態度としてはこんな感じが一般的だ。


 礼なんて言おうものなら、逆に使用人たちを混乱させてしまうからね。郷に入っては郷に従えではないけど、お互いに礼儀はわきまえないと。


「さて、アリスを迎えに行くか」


 オレは着替えのために用意された個室を出ると、アリスに用意された部屋へと向かう。ドアをノックすると、少しだけドアが開き、見知らぬメイドが顔を出した。


 たぶん、学園の用意してくれたアリス担当のメイドだろう。


「オレはアリスの婚約者だ。アリスの様子を見にきた」

「ジルベール様ですね? 申し訳ありませんが、ただいま少し立て込んでおりまして……」

「ジル様ですか? お通ししててください!」


 メイドのやんわりとお断りの言葉を遮って、アリスの声が聞こえる。礼儀作法としてはバッドマナーだが、まぁ許容される範囲だろう。


 それにしても、アリスの声が少し焦っているようだけど、なにかあったのかな?


「どうぞ」

「ああ」


 疑問に思いながらメイドの開けたドアをくぐると、ドレス姿のアリスが駆けよってきた。


「ぉぉ……」


 思わず間抜けな声が漏れてしまうほど、アリスは輝いて見えた。


 ドレスはまるで満天の星空を切り取ったような不思議な輝く布でできており、アリスが動くたびにキラキラしていた。いつもはストレートに下ろしている髪は複雑に編み込まれ、アリスのほっそりとした肩が大胆に出ている。


 それだけでもうオレの心臓はドキドキである。顔が一気に熱くなって、思わずアリスから視線を逸らしてしまった。


「その、アリス。綺麗だね……!」

「ジル様、それどころではありません!」

「え?」


 しかし、オレの勇気を振り絞った言葉は、直後にアリスによって遮られてしまった。


 勇気出したのに……。


「コレットが、コレットのドレスが……」


 途端に俯いて泣き出してしまうアリス。コレット? コレットのドレスがどうかしたのか?


 オレはその時初めて部屋を見渡すと、アリスの着替えのために用意された部屋の中には、コレットとメイドの姿があった。


 もうすぐ舞踏会が始まるというのに、コレットは学生服のまま黄昏たように窓から外を見ている。コレットの傍には、乱暴に床に叩きつけられた白い箱が転がっていた。たぶんコレットのドレスが入っていただろう箱。その中からは切り刻まれた赤い布切れが飛び出ているだけだった。


 オレは、その光景を見ただけでなにが起こったのかわかってしまった。


 おそらく、コレットのドレスが切り刻まれてしまったのだ。それは、コレットには舞踏会に出る資格すらないという誰かのメッセージのような気がした。


「どうしましょう、ジル様! こんな、こんなのって……」


 俯いて、両手で顔を覆うアリスの嗚咽が部屋の中に悲しく響いていた。

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