第16話 勝ち取ったもの
「一回勝ったぐらいで調子に乗るなよ、ジルベール……!」
その時、オレを憎々しげに見ていたアンベールの顔が急にフラットになる。
気持ちを切り替えた? いや、怒りの感情が限界を突破したのだ。アンベールの目には、明確な殺意が冷たい光をたたえていた。十歳の子どもがする目じゃないな。
瞬間、アンベールの姿が消える。
いや、アンベールがいた。まるで地を這うように姿勢を低くして、こちらに向かって疾走してくる。あまりの落差に一瞬アンベールの姿を見失ってしまった。
これが、【剣聖】のギフトによって強化されたアンベールの本気か。
あのままアンベールの姿を見失っていたら、オレは為す術も無く負けていただろう。
だが、オレはアンベールを捕捉した。
その時、アンベールの剣が閃く。
「ファストブレイド!」
アンベールが斬撃をスキルを使って強化したのがわかった。アンベールの剣速がぐんと上がる。
だが、すべては意味がない。
「収納……」
オレはアンベールの斬撃を防御するように収納空間を展開する。
「今さらそんなもので! 死ね!」
アンベールの斬撃は、明確にオレの首を狙っていた。アンベールの殺意は本物だ。
アンベールは、オレの収納空間ごとオレを斬るつもりだったのだろう。噂ではアンベールは魔法すら斬ったらしいからな。自分に斬れないものなど無いとでも思っているのかもしれない。
まぁ、斬れないんだけどね。
「ッ!?」
どこまでも続く奈落のような収納空間は、アンベールの剣も腕をも収納する。
「カット……」
「うぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
収納空間が閉じると、両腕を肘から失くしたアンベールが悲鳴をあげた。
「う、腕が、私の腕がああああああああああああああああああああああああ!?」
アンベールは膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。
オレは収納空間からアンベールの剣と両腕を取り出すと、アンベールの前に投げる。
「早く治療してもらったらどうだ?」
オレの言葉を聞いて気が付いたのか、アンベールの従者たちが集まり出した。
「アンベール様! 早く腕をくっ付けろ!」
「むごい……」
「特級ポーションを早くしろ!」
オレはアンベールたちを無視してフレデリクの元へと歩き出した。
「まさか……。信じられん……」
フレデリクは治療を受けているアンベールをただただ茫然と見ていた。
「父上、私の勝ちですね」
「ジルベール、お前は……。クッ、そうだお前の勝ちだ」
フレデリクは憎々しげにオレを見た後、絞り出すような声でオレの勝ちを認めた。
「だが、あと一本残っている……。ふむ」
フレデリクはオレから視線を外した。
「儂は急用を思い出した! よって、今回の試合はこれまでとする!」
それだけ言うと、フレデリクは歩き出す。
こいつ、オレに勝利させないためにここまでするのか!?
「父上! アリスの件は――――」
「わかっている! そのアリスとやらは家で引き取る! お前の好きにするがいい! 以上だ! お前もそれでいいだろ?」
要件は飲んでやるのだから、これ以上騒ぐな。
フレデリクの顔にはそう書いてあった。
「わかりました。よろしくおねがいします」
オレとしてもアリスを家で引き取れるなら問題ない。これ以上アンベールと戦う理由も無くなった。
早くアリスの所に戻ろう。
◇
「失礼します」
応接間に戻ると、ちょうどアリスがケーキを口に運んでいるところだった。
そうだね。ちゃんとノックした後は中の人の返事があるまで待たないとね。
嬉しすぎてつい忘れてしまったよ。
「し、失礼しました。おかえりなさいませ!」
アリスがケーキをお皿に戻すと、すぐに立ち上がってオレに深々と頭を下げた。アリスが虐待されていると知った今では、その姿さえ痛々しく見えた。
「ごめんよ、アリス。嬉しい知らせがあったから、礼儀を省いてしまった。座って楽にしてくれ。ケーキは口に合ったかな?」
「はい……。とても、おいしいです……」
「それはよかった」
オレがソファーに座ると、アリスもゆっくりとソファーに座る。
さて、どうやって切り出そうかな……。
「アリス、急な話で驚くとは思うんだけど……。今からアリスはムノー侯爵家で預かることになった」
「……え?」
予想外の言葉だったのだろう。アリスは目をぱちくりさせてオレを見ていた。
「今後はムノー侯爵家で暮らしてもらうことになる。親御さんが心配するかもしれないけど、父上から説明があるはずだ。心配しなくてもいい」
「はい……」
もっと反対されるかと思ったけど、意外にもアリスは聞き分けがよかった。それが何に起因するのかはわからないが、まずはアリスとエロー男爵家を切り離せたことを喜ぼう。
「アリスはもう自由だよ。なにも怖がらなくてもいい。嫌なことは嫌と言っていいんだ。オレもこれ以上アリスの嫌がることはしないと改めて誓おう。だからアリス、もう笑顔を隠さないでもいいんだ」
「あ、あの……。はい……」
「言いたいことがあればなんでも言ってくれ。遠慮はいらないよ」
促すと、アリスは迷いながらも口を開いた。
「ありがとう、ございます……」
何に対するお礼だろう?
「いやいや。さあ、もっとケーキを食べて。もっとお話をしよう。オレはアリスとなんでも言い合えるような関係になりたいんだ」
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