不死者には才能がない

ビーデシオン

第1話 困るといつもそれ


 俺は両手で握った長剣を大上段に構え、巨大蜂に向けて振り下ろす。

 当たれば必殺の威力を持つが動きを読まれやすく、当たりにくい。

 だが、相手がただの虫であるならば!



「こんのバカ!」

「なっ!?」



 聞き馴染みのある罵声に気を取られて、剣の軌道が逸れた。

 いや、違う。長剣を振り始めてから、一拍置いて避けられた。

 巨大蜂が横方向にスライドして、最低限の動作で避けられた。



「しまっ!?」



 俺はすぐさま振り向き剣を構えようとする。

 今から剣を向ければ、反撃に合わせられるかもしれない。

 そんな希望は、いとも簡単に打ち砕かれる。



「剣がっ!?」



 抜けない。大上段から振り下した剣は、踏み固められた地面に刺さってしまっていたようだ。

 あと一秒あれば抜けるような浅い刺さり。



「ぐあっ!」



 それでも巨大蜂が俺に飛びつくには十分な隙だった。

 足が俺の衣服を破り、尾が毒針を突き刺す。

 激痛で思考が加速して、巨大蜂の性質がフラッシュバックする。


 ヤツの名はキリングボーネット。

 尾に強力な昏睡毒を持つ、凶暴な人喰い蜂。

 その威力は相当なもので、まともに食らえば大型の草食動物だって、ただでは済まない。一度目は意識を失うだけで済むはずだが。



「ガッ……!」



 思考の海から戻ってくると、呼吸ができなくなっていた。

 肩や膝がガクガク震えて、自分の意志で四肢を動かせなくなってくる。

 ただの昏睡毒なら、考える暇もなく気絶する。


 俺は、その感覚を知っているから、間違いない。

 今回もそれで済むかと思っていたが、そうもいかないらしい。



『どさっ』



 おそらく、これはショック反応というやつだ。

 俺の中に半端にできた耐性が、苦しみを長引かせているんだ。

 今更になって抜けた長剣が俺に添うように倒れていく。


 獲物が動かなくなったのを見届け、一度飛びのいていたキリングボーネットがヴァリウスに忍び寄ってきた。

 行動の予測を立てるまでもない。ヤツが取ろうとしている行動くらいわかる。

 呼吸のできなくなった俺を、じっくりと捕食するつもりなんだろう。


 だが……!



『ビギュッ!?』



 呼吸ができなくなるだけなら、何とかなる。

 四肢の痺れを無理やり抑え込み、俺は窒息感に耐えながら、手元の長剣を握り直し、素早く切り上げる。

 キリングボーネットは素早く飛びのこうとするが、切り上げによって羽を断たれ、むしろ地面に叩きつけられていく。

 ここまでやれば、今度こそ!



「とどめだ!!」



 俺は再び、震える両手を高く掲げる。

 無理やり握った長剣を、息を詰まらせながら振り上げて……



『ビィッ!』



 思いっ切り振り下ろし、キリングボーネットをの頭部を真っ二つに叩き切った。



『ギュビ……ッ!……』



 キリングボーネットの残骸が痙攣し、息絶える。


 一秒。



「ハァ……ハァ……どうだクリスタ! キリングボーネット三体討伐完了だ!」



 俺は息を整えて振り返り、後方の森に向かって話しかける。



「……ヴァリウス」



 すると大きな木の枝の隙間から小さな少女が姿を表した。

 彼女は妖精。小さな体に背中に透き通る羽が生えた、魔力体と生物の間のような存在。

 ふわふわと優雅に空を舞う。魔法の扱いに優れた種族だ。

 彼は枝から離れ、俺の目の前に飛んできて……



「二点です」

「えっ」



 冷めた目でそう言った。



「十点中二点。大体大上段は使うなって言ったのに三体全部に使って刺されてるじゃないですかこのバカ」

「うっ、それは...当たると思ったから...」

「そう言って毒が切れるまで3時間も食われ続けたの忘れたんですか?」

「.........」



 黙り込むしかない。

 俺はキリングボーネットと戦うのは初めてではないにもかかわらず、今回どころか前回も前々回も毒針を喰らってしまっているのだから。

 しかも全て、大上段への反撃で。


 普通の傭兵なら、何度死んでいてもおかしくない状況。

 加えて、今更になってキリングボーネットの毒の特性を思い出した。

 そういえば、アレのショック反応は、本来普通の人間なら、一瞬で命を奪うのだったか。

 我ながら学習しないな。まあでも……



「しょうがないだろ、不死者には才能が無いんだから」



 俺の特性は、変えようと思って変えられるものではないのだ。


「全く、困るといつもそれですよねぇ」

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