第10話 溜め

 

「うぅ……?」


 私は激しい光を感じ、目を覚まします。

 目を開けようとするものの、前方から放たれる光のせいで上手く開けられません。


「うん……?」


 私は光から顔を背け、目を開けながらこれまでのことを思い出します。

 覚えているのは指名依頼を受け、遺跡に向かったこと。

 途中、川での水くみ中にヴァリウスが転んで後頭部を強打したこと。

 遺跡の中に入り、メモを取りながら調査していたこと。

 ヴァリウスがスライムに押し倒されたこと。

 唐突に遺跡が揺れ、帰り道が塞がれたこと。

 ヴァリウスが生き埋めになったこと。

 なんとか脱出し、先へ進んだこと。

 炎の嵐が放たれ、熱風で吹き飛ばされたこと……?


「ハッ!?」


 そうです、まだここは遺跡の中。熱風で吹き飛ばされてからの記憶がありません。

 今の私の状況は……?


「目が覚めたか」


 その時、誰かが私に語り掛けます。

 明らかにヴァリウスではない、女性の声。

 候補は一人しかいません。

 ねずみ色のフード付きローブ

 間違いない私たちにファイアストームを放ったあの女性です。


「貴方……っ?」


 女性から飛びのこうとしてあることに気づきます。

 動けない。

 魔力残量が少ないとは言え、飛べるくらいの魔力は残していたはずです。

 第一、羽どころか手足すら動かす事も出来ないとは……


「悪いけど、君の体は拘束させてもらった」


 答えは女性の言う通り。

 私の体は水色に淡く輝く網のような物で拘束されていました。


「スプライトウェブですか」

「その通り」


 スプライトウェブ。

 魔力を液状に変質させ、網のような形にして放つ魔法。

 液状化した魔力は魔力を持つ物に接着し取り込まれようとしますが、魔力の密度を高めることでそれを阻止し、粘着質の拘束具と化す魔法。

 特に魔法生物に強い効果を発揮するため、半分がそうであり、小さく非力な妖精なら、悔しいですが身動き一つ取らせず拘束する事が可能です。

 遺跡の壁も魔力を帯びているのか、私の体は壁に貼り付けられてしまっています。


「何が目的ですか?」


 まずは問いましょう。

 拘束する時間があったなら私をどうすることもできたはず。

 なのに未だ意識があると言う事は、何か目的があるのでしょう。


「簡単だ、君たちの本当の目的を教えろ」

「本当の目的……?」


 私たちの目的は以前ヴァリウスが説明したはずです。

 まさか忘れたという事も無いでしょうが……


「本当の目的も何も私たちは傭兵ギルドの依頼で……」

「噓を付くな!」


 女性は突然声を荒げ、私は思わずひるみます。


「お前たちもあいつらの仲間なんだろう!」


 あいつらというのが何を指すのかは分かりません。

 ですが彼女が『あいつら』に何かしらの強い恨みをもっている事。

 そして私達の話を信じていないことはその言動から分かりました。

 ですが私達が噓を付いて居ないのは事実。

 このまま貫き通すしかありません。


「私たちは本当に傭兵ギルドの依頼で遺跡の調査に来ただけなんです」

「ならどうして付けて来た」


 叫んで少し落ち着いたのか、女性の声は元に戻ります。

 ですが私に強い敵意を抱いているのは変わらないようです。

 返答を間違えれば、殺されるかもしれません。

 それでも私は事実を述べるのみ。


「……私たちは遺跡の探索中、強い揺れに襲われました。急いで帰り道に向かいましたが、あと一歩というところで崩落が起こり、何とか生き延びたものの通路はここに向かう物を覗いて全て塞がり、出口を探して仕方なくこの部屋に辿り着いたというわけです」

「…………」


 女性が黙ります。

 ヴァリウスが生き埋めになった事や私がアルトブラストを放ち、他の通路を崩落させた事までは話してしていませんが、述べたのは全て事実。

 彼女も崩落の原因が自分にあることは理解しているでしょう。

 少しでも罪悪感を感じ、落ち着いてくれればいいのですが……


「……分かった」


 女性の表情はフードで見えませんが、先程までのような明らかな敵意は感じられません。


「……落ち着いたなら、この拘束を解いてくれませんか?」

「……ああ」


 そう言うと女性は杖をこちらに向けます。

 確かスプライトウェブは術者本人なら魔法液を吸収し、体内に戻す事ができたはずです。

 これでとりあえずは大丈夫……後は


「それと……一つ頼みたいことがあるんです」

「なんだ」


「見たところ、この部屋に私たちがきた道以外出口はありません。さっきも言った通り、帰り道が瓦礫で塞がっているんです。手を貸して貰えませんか?」

「……魔法でどうとでもなるだろう」


 女性の返事は素っ気ない物ですが、ここで食い下がる訳には行きません。


「それが……魔力をほとんど使ってしまって、私一人ではどうにも……瓦礫の量も多いですが、貴方ならどかせるんじゃないですか?」

「…………」


 彼女もさっきのやり取りで多少の罪悪感を感じているはずです。

 彼女が瓦礫をどかしてくれれば私たちは二人で脱出し……あれ?

 そう言えば、ヴァリウスは……?


「いいや、それよりももっと簡単な方法がある」

『ギラッ』

「っ!?」


 その時、女性の杖が怪しく光り、私は思考を中断させられます。

 杖が光るのは魔力を込めている証拠。スプライトウェブを吸収するのに『溜め』など必要ないはずでした。


「何のつもりですか?」


 私は問います。

 女性は少しの間無言でしたが、口を開き。


「何って、君を殺すのさ、それが一番早いだろう?」


 女性はさも当然のように答えました。

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