第一部 4章(魔王編) -金色の使者-
第59話 あの日から
「十五番隊?」
「ええ、そうです。最も新しいものになりますね」
「……ええっと、具体的には何をするチームになるんでしょォかね」
「
「…………
「いえ、何でもです。何でもしていただきます」
――副局長アドラスが、レンドウに与えた罰則。
それは……この度新設されることとなった十五番隊に所属し……日々様々な任務を命じられ、各地を飛び回ることだった。
一般的に、雑用と言われる類の役職ではあるのだが。
レンドウ少年なりに、それはこう結論付けられた。
「……奴隷生活、はっじまっるよ?」
◆レンドウ◆
「だからって、この組み分けはあまりにも……ねェ?」
悪意が感じられる。そう思わざるを得ない。
「……なにか言ったか」
思わず漏れた心の声に、即座に剣呑な空気を醸し出しやがる大男。
横目で俺を睨みつけてくるのは、コードネームを≪アシュリー≫とする男。どうやら本名をそのままコードネームにするタイプらしい。いいなァ、後ろめたいと思うような……隠したい過去が無いみたいでよ。
帝国人らしさを隠すつもりも一切ないみたいで、その白い肌も金の髪も……そして何より魔人を憎む思想まで含めて「ザ・帝国人」といったテンプレ男だ。≪ヴァリアー≫に所属する隊員は副局長を始めとした上層部のチェックを事前に受けているらしいので(俺もそうだったな)、外見的に帝国人の特徴が強いからといって、必ずしも帝国の組織から送り込まれてきたスパイというワケではないらしい。これはレイスの受け売りだ。
何やらパンチ力を強化してくれそうな薄手のグローブを装着しており……その拳で俺の右頬を殴り飛ばしてくれやがったこともある。
その日から一ヶ月を経た今でも、いまだに俺とアシュリーの間にまともな会話は無い。お互いの名前は勿論記憶してるし、戦い方だって知っているが……会話が必要になることがなかった。無いように計らっていたのだ。たぶん、お互いに。
十五番隊とかいう若い班にC隊員として飛ばされた俺は、そこに集った面子の意味を考えた。そりゃあもうめちゃくちゃ考えたさ。
恐らく副局長は、俺の覚悟を試したいのだろう。俺の覚悟が
だからまあ、今回の超重大任務とやらで十五番隊全員が出撃することを命じられたのは、来るべき時が来たってことなのかもな……。今までは、「隊から二人派遣してほしい」と言われれば、俺がいればアシュリーがいない、アシュリーがいれば俺がいない構成にして誤魔化していたんだが……。
向き合うべき時が来たのだ。この男と。
そう、俺はアシュリーへと向き直った。
「なあ、アシュリー」
話しかけると、大男は少し見下すように俺を見て、
「……なんだ」
ぶっきらぼうに返してきた。
それに俺はと言えば、
「……別行動にしねえ? 効率いいし」
――また逃げてしまうのであった。
「……そうしよう」
それに同意するアシュリーもアシュリーだ。
まあ、五十歩百歩ってとこだろう?
* * *
アシュリーと別れ、一人でエイリアを歩く。
冒険者ギルドの救援、浮浪児の世話、図書館の掃除……などと、どう考えても魔物対策班の仕事じゃないものを押し付けられることには既に慣れっこになった今日この頃ではあるが、今回の仕事は人探しだそうだ。
正直、今までにも似たような仕事を回されたことはあったし、そのフレーズから気が抜けそうではあるのだが。「超重要任務です」という前置きがある以上、超重要な人物を探しているのだろう、俺は。
……本当にさっさと見つけてほしいなら、せめて素性くらい明かせよ。プラチナブロンドの長い髪、見ればすぐに解るような華美な服装、とのことだが……。今回合同で任務にあたることになった四番隊のダクトは「お姫サマ? お姫サマか?」とか言ってたけど、本当にそうかもな。無統治王国のお姫様ってなんだよって気もするが。一応王都の玉座には座っているという、ドールというらしい王の娘……とか?
つーか、四番隊ってなんでもするな。十五番隊ができる前は四番隊が何でも屋だったんじゃねェの。その雑用力を買われて十五番隊のヘルプ要員となっているダクト、マジでかわいそう。
というのは冗談だ。実際のところ、四番隊は半分崩壊しているのだ。元々ヴァレンティーナ・ラーツォヴァー……つまりはヒガサが幹部入りしたことで抜けて。それに続いて魔王軍による襲撃の折には灰色の人――ガンザだっけか――が戦死しちまって。
副局長の謎采配の結果、いろいろと微妙な平等院はウチに、つまり十五番隊に所属することになった。ちっ。それでダクトはと言えば、たった一人で名前だけの四番隊に残っているのだ。
ダクトほどの実力者が四番隊のA隊員って、じゃあ一番隊のA隊員は剣の一振りで建物でも倒壊させられるクラスなのかよ? どうしてそういうやつが魔王軍の襲撃時に大活躍してくれなかったんだ? ……などと思わなくもないが。
実際のところ、一番隊から四番隊の
そもそも、≪ヴァリアー≫の分隊の番号は組織内での役割によって決まっているらしい。だからアドラスには拘りがあって、ダクトを四番隊から動かさずにいるんだろう。四という数字に何の意味があるのかは知らないけど。
気になるのが、ダクトクラスの実力者が何人も本部を空けちまってることだよな。それで≪ヴァリアー≫の守りが手薄になってて、一ヶ月前には何人も死人が出ちまったっていうなら……さっさと呼び戻すべきだろ、と考えちまうのは素人考えか?
一体どんだけ重要な任務のために遠出してるんだか。というか、そいつら本当に戻ってくるんだろうな? 案外、こんな弱肉強食の国よりも住みやすいとこを見つけたら、そっちでの永住を選んじまうんじゃねェのか。本名すら明かさない奴が大半なんだし、いつでも≪ヴァリアー≫の隊員なんて身分は捨てられそうだよな、その気になれば。
曇り空でこそあるが、あまり肌をいたぶる紫外線の量に変化は見られない。
腰のベルトにぶら下げた専用の鞘から、漆黒の傘を取り出す。
あの日、平等院に言われたことが思い返される。
「――お前ら、詰めが甘すぎんだよ」
お前ら、とは俺とダクトのことだ。平等院のせせこましい性格が幸いしたか、結局ヒガサとミンクスに追いつけたらしい平等院は、俺たちが聞き漏らしていた情報をいくつも手に入れてきた。それはミンクスを陥れた謎の人物の情報であったり、彼女たちからの伝言であったり、忘れ物であったりした。
「私の部屋にあるものは好きにしていいから。劣情さえ催さなければ」ヒガサはそう、ウインク付きで仰ったそうな。いや、それ最後の部分までしっかり伝達しなくてもよくね? 平等院君……。とは思ったが、実際にこうして彼女の作品を使わせていただいている以上、多少なりとも感謝はしてやるか。
他には、灰色の人……ガンザの墓に手向けてほしい物品の指定。それに、俺の監視役として持っていた(クルクルしていた)鍵の返却。「これを渡せるほど信頼できる人が見つかるといいね」とのことだが、残念ながらその機会は失われてしまった。
――俺はついに、≪ヴァリアー≫の監視対象ではなくなったのだ。
レイスが「僕が重荷を一緒に背負うよ~監視役だから~友達だからぁ~」とかなんとかラヴソングみたいなこと言ってた矢先にあいつの手を離れることになり、驚いたものだ。あん時のアイツのマヌケ面、マージでウケたわ。
……そういうワケで、晴れて監視されずとも往来を歩けるようになった俺と、元から監視対象ではなかったカーリーは十五番隊へ。レイスは……まぁ、よく考えれば仕方ないことなのだ。あいつにしかできない仕事がある。≪ヴァリアー≫には、新しく抱えることになってしまった超ド級魔人がいるのだから……。
リバイアも、あいつがレイスから離れることをよしとするハズがないしな。それを許し続けるあたり、副局長アドラスって結構少女に甘い? はは、まさかね。……まさかな?
ポツ、と雨粒が傘を叩いた。あん? 降ってきやがったのか。
なーんか、こうやって雨が降り始めた時に戦闘が開始されるパターンが多すぎて、若干雨に苦手意識を持ち始めている俺サマなんだけども。
そんなことを思いながら空を見上げると、目に雨粒が直撃した。ぐええ。
確か、雨水ってかなり汚い水なんだよな。最悪だ。とか考える暇は無かった。嘘、考えた。だが、それ以上に意識すべきものがある。あれだ。
図書館の上に、つまり屋上の手すりに頬杖をついている人物がいる。その髪は、地上からでは殆ど見えないくらい光り輝いている。あれがプラチナブロンドってことなんじゃねェか?
なんだ、俺が探し人を見つけちまったのか、もしかして?
結局家出少女なのかなんなのか知らないが、馬と鹿は高いところが好き……だっけ? それなのかよ。考えてみれば、≪ヴァリアー≫という建物が凄すぎるせいで感覚がマヒしているが、この一帯は掘っ立て小屋の集まりなわけだし、高いところで黄昏れたいなんて考えた日にゃ、図書館を初めとした古代の建築様式で造られた建物くらいしか候補はない。その最たるものがヴァリアー本館なワケだが、あいにくあっちに出入りできる人間は限られてる。あとは、時計塔もそうか。俺も入ったことないし。
「そう、俺はこうなることを見越して、図書館方面に歩いていたのさ……」
「何ブツブツ言っているんだ……レンドウ」
したり顔で図書館に足を踏み入れると、ガードマンさながらに入口に立つ巨漢……老け顔のエリクに
そう、こいつ別にガードマンじゃないんだよなァ……。このなりで非暴力主義、特技はでかい体を生かして高いところにある本を取ってあげること、建物をきれいに保つために隅々まで清掃することだってんだから、もう……。
「いや、別に」
「お前、雨降ってたんなら傘の水を切ってから入ってくれよ」
「今降ってきたばっかだし、俺は日傘として使ってるだけだから大して濡れてねーっての」
言いつつも、一応傘を外に向けて水を飛ばす。
ほらよ、これで満足か?
「この曇り空で日傘って、お前……女子じゃないんだから」
「オイそりゃ差別だろ。今は男女平等の時代だろォが男にだってスキンケアさせやがれ」
「相変わらず髪を痛めやがって。根元が黒くないってことは、お前また赤く染め直したろう? そういえば、お前の髪が黒いのって……」
「あァ~っとところでエリクッ!」
言い返す限り際限なく言い合いが続きそうなのと、こいつの妙な鋭さで俺の種族まで話が及びそうになることを危惧して……とりあえず話を切り替えようと大声を上げる。
エリクは驚き、「なんだ?」と軽く仰け反りながら言った。
ちょっと頭のおかしい奴を見る目をしている気がする。ええっと、とりあえず声を上げてみたけど、何を言おうかしら……。何を言えばいいんでしょうオホホ。ちっ、クソが。
「きょ~……今日、プラチナブロンドで派手な服着た女、ここに来てないか?」
先ほど目にした人物、そして恐らく俺の目的でもある人物。それが頭に浮かんで、突発的に口をついて出てしまう。何かを言わなきゃいけないって頭が思い込むと、こういうことになるからイヤなんだよ。
どうせエリクに訊こうが訊くまいが、屋上を目指すことに変わりはないのにさ。
「ああ、来てるな。もうかれこれ二時間も、帰るところは見ていないな」
「……そして、なんでお前はスラスラとそれに答えられるねん……」
思わず口調が変になったわ。
つーかお前絶え間なく入口監視してんの?
トイレとかいけよ。
「答えられたのに不満なのか?」
「いや、そんなことはない。サンキューベイベーまた今度」
じゃ、と手を上げてエリクの前を素通りすると、「お、おお……」と若干寂しそうに俺を見送る声。なんだよオッサン(二十代)。仕方ねェな、今度ゆっくり話に付き合ってやるよ。
――たぶん、ずっと立ち仕事じゃヒマなんだろうな。
エリクに同情しながら、俺は階段の上……その先へと意識を向けた。
待ってやがれ、プラチナブロンドのお姫サマ。
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