八十二話 内通と真実と


 自然都市マムラカに訪れた二日目の朝。


 都市一番の大樹ブラジュの中の一室、シトラスとミュールに与えられた部屋。

 シトラスはメアリーへレスタとエヴァの結婚式の招待状をしたためていた。

 ミュールは、沈勇の勇者から呼び出しを受けて席を外していた。


「よし、できた」


 書き終えた手紙を丁寧に折りたたんで、封をして封蝋で留める。

 

 蝋の赤色が固まる頃、ミュールが部屋と帰ってきた。

 

「おかえりー」

「おう、ただいまだ」


 ミュールはシトラスの手元の手紙を見ると、俺もオーロラへ書くよ、と言って椅子に座った。

 机の上にあった便箋と、ペンを手に取るとつらつらと文字を躍らせる。


「何の話だったの?」 

「作戦の確認だな。あとはシトがやり過ぎないようにってさ。沈勇の勇者はシトが智勇と剛勇の勇者を倒したことは知っているみたいだったぜ」


 南の地で智勇の勇者を。西の地で剛勇の勇者を。

 二人の勇者をシトラスはその手にかけていた。


「どうだった? 最初から魔力抵抗すれば沈勇の勇者のギフトに耐えられた?」

「あぁうまくいったよ。だが、つくづくギフトって言うのは厄介だな」


 筆を走らせながらミュールは続けて、

「俺もギフトが欲しいものだぜ」


 シトラスは笑いながら、

「案外、持っているかもよ? ただそれに気がついていないだけで」


 ミュールは嬉しそうに口元を歪めると、

「おっ、良いこと言うじゃんシト。じゃあ、俺のギフトは何だと思う?」

「うーん、人の話を茶化すこと?」

「うれしくねー」

 その口元の歪みはひっくり返った。


 ミュールの筆を走らせていた手が止まる。

 

「――よし、俺もオーロラへの招待状ができた」

「書き終わった? それなら招待状を出しに今から魔法協会へ行こう」


 二人は封にしまった招待状を胸元に仕舞い込むと、大樹ブラジュを出た。

 でこぼこした大通りを歩きたどり着いたのは魔法協会が構える樹。 


 魔法協会の内部は、その備品や調度品が自然由来なことを除けば、他の魔法協会支部と代わりはなかった。

 依頼書が提示されている大きな掲示板があり、その前には北部の冒険者たちが集まっていた。


 手紙を出し終えた二人が施設を後にしようとしたとき、室内に見知った顔を見つけた。


「アドニス先生?」


 シトラスの声に反応してアドニスは振り返った。

 いささか薄くなった赤茶色に重たい黄色の瞳。

 皺の刻まれた顔に浮かぶのは、変わらずくたびれた表情。


「はぁ、シトラス。それにミュール。お久しぶりです。南でお会いして以来ですね。その後の勇者生活はどうですか?」

「大変だよ。勇者を貫くことは。でもこの道を進むことはぼくが決めことだ。後悔はないよ」

「右に同じく。まぁ、俺は勇者じゃないけどな」


 今度はシトラスがアドニスへと尋ねる番であった。


「先生はどうしてここに?」


 アドニスは気だるそうに、

「はぁ、またも野望用ですよ。……この都市で魔勇の勇者にお会いしましたか?」

「え? 魔勇の勇者? ううん。まだ会ってないけど」


「はぁ、そうですか……。シトラス――魔勇の勇者に気を付けてください」

「え?」


 アドニスは何か考えるように瞳を閉じて、再び開いた。


「はぁ、彼女は一筋縄ではいきません。ここだけの話、私は王家の命で彼女について探っているのです」

「……彼女が何かしたの?」


 アドニスはキョロキョロと周囲を伺う。

 ミュールも釣られて周囲に気を配った。


 アドニスは声のトーンを落とすと、

「はぁ、彼女は裏で誰かと繋がっている可能性があります。そのための隠密調査です」

「そんな……」

 シトラスは目を見開く。


「なんでそう思うんですか?」

「はぁ、ジキル先生。この名前に聞き覚えは?」


 突然出された名前――ジキル。

 シトラスはその名前に聞き覚えがなかった。

 隣を見ると、ミュールも首を傾げていた。


「いえ」

「俺もない」


 尋ねたアドニスも二人がその名前を知っているとは思っていない。

 改めて二人にその名の持ち主を紹介する。


「はぁ、ジキル先生はかつて一世紀近い年月に渡りカーヴェア学園の魔法史で教鞭をとっていた人物です。かく言う私もかつて、お世話になった生徒の一人でした。残念ながら彼は五年前にお亡くなりになりました」


 一世紀。つまり、百年だ。

 長寿の魔法使いたちの中でも決して軽くはない時間。

 それだけの時間を、カーヴェア学園の教鞭に費やした教師。

 その時間はその人物がどれだけ傑物であるかということも意味していた。


「はぁ、その彼の死に魔勇の勇者が関係している可能性があります」


 ミュールが眉を顰める。


「なんでそこで魔勇の勇者様が?」

「はぁ、今から四年前。つまり、貴方達が三年生の時。魔闘会の最中に校舎で他でもない私がジキル先生をこの目で見ました。そして、その隣にはシトラスの父君もいたんですよ」


 当時はジキル先生が既に亡くなっているとは知らず、後になってジキル先生の享年を知ったときは化かされた気分でしたよ、と言葉を続けた。


 シトラスは目を見開いた。


「はぁ、魔勇の勇者は変装の達人です。魔法薬を用いた彼女の変装を見破るのは同じ勇者であっても困難です」


「つまり、魔勇の勇者がジキル先生に化けていたかもしれない、と」

 シトラスがそう言うと、アドニスは首をゆっくりと縦に動かした。


「仮にそうだとしても魔勇の勇者様がそれを認めるか? わざわざ勇者が変装してたってことは理由があるだろ?」


 何か目的があって動いていたことに間違いはない。

 問題は今生陛下がその理由を把握していないことにある。


「はぁ、ミュールが仰る通りです。加えて当時は先王の治世でした」

「直接聞けないのか? 勇者は王様の剣なんだろ?」

「はぁ、ミュールは痛いところを突きますね。勇者は王様の剣です。ですが剣なのですよ。盾じゃない――総じて優れた剣とは持ち手を選ぶものです」

 返す言葉はひどく不穏な空気を纏っていた。


 ミュールが狼狽えながら、

「ま、待ってくれ……! 王様は先王が選定した勇者を疑っているのか?」


 アドニスはその問いには直接的な答えを返すことはなかった。


 ただたっぷりと沈黙を保った後に、

「……はぁ、今生陛下はシトラス。貴方にいたく期待をかけられておいでです」

 そう言葉を紡いだ。


 二人とも馬鹿ではない。

 アドニスの言葉の含意をすぐに汲み取った。

 ――王家と勇者の間で水面下で生じている軋轢も同時に。


 シトラスは自問する。

「父上はいったい何をしていたんだ……? 何を知ってしまったんだ?」


 シトラスが学園の四年生の時に領地と共に死んだ父親――キノット・ロックアイス。


 その翌年、チーブスに滞在していたときに、故郷の襲撃に参加していたウィップから伝え聞いた裏切者の存在。

『ポトムに内通者がいたんだ。しかもかなり上層部に――シトの故郷はな……。売られたんだよ』


 そして今。勇者が領地が襲撃される一年前に、勇者が故人に偽装してキノットに接触していたという事実。


 すべてが無関係だとは思えなかった。

 点と点がやおら薄っすらと繋がり始めたようだ。


 アドニスは魔勇の勇者の調査のために、

「はぁ、私とここで会ったことは内密にお願いします」

 顔の前で食指を立てた。


 シトラスとミュールはその言葉に深く頷いた。


 ◇


 シトラスがマムラカへ訪れて一ヶ月。


 よく晴れた昼下がり。

 予定通りミュールとエヴァの結婚式が執り行われた。

 大勢の人に祝われた二人の門出。


 ジュネヴァシュタイン公爵の配慮により、一日中貸切られた結婚式会場。

 二人の結婚式は百六十七階の最上階の屋上で行われた。


 エヴァの兄が公爵の側近衆の一人であったことから、公爵自ら挨拶を行うなどのサプライズもあり式は大盛り上がりで終わった。


 会場は式を通して笑顔と歓声で満ち溢れていた。

 式の演目が終わると、後は気の済むまで飲んで食えやのお祭り騒ぎである。


 公爵の覚えもめでたい未来の四門の北の幹部である。

 式の後の個人的な挨拶に訪れる人で長蛇の列ができていた。


 木々に差し込む光が暗くなってきた頃、ようやく主だった人が捌けた。

 息をついている二人の下へ、シトラスは学生時代の友達と向かう。


 シトラスが先頭を切って、

「結婚おめでとう!」

 と言うと、

「おめでとう!」

 他の面々も口々に祝いの言葉を述べた。


 レスタはくたびれた表情を隠せないでいたが、それまでの来賓客に見せた笑みとはまた違う笑みをみせた。


「次はミュールの番かな?」

「そうよ。オーロラ。ミュールと結婚する時は私たちを呼んでね。そうじゃないときは……私だけこっそり呼んでね」


 オーロラがそれを聞いて口元に手をあててクスクスと笑う。

 ミュールの笑みは引きつっていた。


「シトはどうなんだ? 誰かいい人はいるのか?」 

 レスタの問い掛けに、あー、と言葉を探すように意味のない言葉を述べたあと、

「うん。いい人というか……婚約者ができた」


 事前に知っていたミュール以外の友人たちは一斉に驚いた。

 それはメアリーでさえも例外ではなかった。


 ここが私の定位置とばかりにシトラスの左に寄り添っていたメアリー。

 彼女の目が見開く。


 その反応に気がついたエヴァとオーロラは、相手がメアリーではないことを悟る。


 エヴァが恐る恐る尋ねる。

「――誰か聞いてもいい?」


 友人たちの視線を一身に集めたシトラスは、

「うん。それは――」


 ◆

 

 昼時の騒ぎが嘘のように静まり返った夜の結婚式の会場。

 木々の間から差し込む月の光と魔法灯が屋上を照らしていた。


 シトラスは一人で再び屋上に足を運んでいだ。


 結婚式の打ち上げの際にレスタから言われた言葉。

 ――シト。後で話がある。夜にもう一度屋上に一人で来てくれ。


 再び足を踏み入れた屋上は、まだ結婚式の片づけがされておらず、それが見る者に寂寥感を感じさせた。

 あんなにも騒がしく楽しかったのがまるで嘘のようである。


 壇上へと足を進めるシトラスは、

「レスタ?」

 そこにいる人物にすぐに気がついた。


 レスタは新郎の席に座っていた。

 服装は陽のあるうちに見た時のままである。


「どうしたの? こんな時間に呼び出して?」

「おう、シト。悪いな、こんな時間に。シトにどうしても伝えておきたいことがってさ」


 レスタは一度大きく深呼吸をする。

 今から話すことに覚悟を決めるように。


「――魔勇の勇者様が王国へ反乱を企んでいる」


 にわかには信じがたい話であった。

 シトラスも友人からの情報だからと言って素直に鵜呑みにはできない。


「……ねぇ、レスタ。聞きたいことがあるんだけど、なんでレスタがそれを知っているの?」


 レスタは言った。

 魔勇の勇者が、反乱分子に化けるところを見たと。

 それを知ってから尾行を重ね、遂には証拠を手に入れたということを。


 レスタは続けて、

「……俺、今めっちゃ幸せなんだ」


 突然始まったのろけに目を丸くするシトラスに、レスタは言葉を続ける。

「エヴァと結婚できて、俺が好きな家族や友達にまで祝ってもらって。それで次はさ、シトの番だと思ったんだ。シトに婚約者ができた、って聞いた時に」


 レスタははにかんだ。

 

「正直言って人に恋して、愛することがこんなにも幸せだと思わなかった。勇者だって幸せになってもいいはずだ」


 友人からの真摯な思いやりは、シトラスの胸をこそばゆい気持ちにさせた。

「……ありがとう」

 しかし、それを不快だとは思わなかった。


 二人の間が優しさで満たされた。


 レスタの表情が険しいものへと変わる。

 それがこれから話す内容の重大さを物語る。


「――魔勇の勇者様は、シト。お前を使って今生陛下を害そうとしている」


 王家の剣である勇者が国王を害する。


「うまく行こうが行かまいが全てが終わったら、シト、お前は殺される。だから――」

「――こうして機密情報をペラペラ喋っているって訳かい?」


 いつの間にかシトラスが使った昇降機の隣の昇降機が屋上まで上がっていた。


 そこから現れたのは話しの渦中の人である魔勇の勇者。

 肩の辺りで外に跳ねている銀髪を持つ妙齢美女は変わらずニコニコと笑みを浮かべていた。

 その碧眼は笑ってはおらず、二人を品定めするかのように不気味に光っていた。


「二人は友達だったね! レスタもおしゃべりが過ぎるよ!」


 散歩でもするかのような気軽さで二人に歩み寄る。 


 魔勇の勇者はニコニコと笑いながら、

「じゃあ、ワタシも少し意趣返ししようかな! ワタシだけが悪者なんて不公平だからね! 勇者足る者公平でないと! 知っているかいキーくん? レスタはね! ――東の粛清に際に力を貸してくれたんだよ!」

 

 唐突にもたらされた情報に動揺がその表情に浮かぶ。


「東の……粛、清……?」

 声が震えるのを抑えきれない。


 生唾を一つ呑み込んだ。

 

 狼狽えるシトラスは、

「な、なにを言っているんだ?」

 はじめ魔勇の勇者が言っていることが分からなかった。


「なぜロックアイスが滅んだか? なぜ君の両親が死んだのか? なぜ君の友人が死んだか? その理由ワケを知りたいかい?」

「やめてくれッ!」


 顔色を変えたレスタの叫び声が闇夜に響いた。

 シトラスの脳の理解が追いついてくる。


「それは全て――君たち父子おやこが悪いんだよキーくん」

「やめろッ! やめてくれッ! やめて、ください……!」

 レスタは懇願するような声を出した。


 東の粛清。友達。国益。故郷の滅亡。両親の死亡。友人の死亡。

 その理由が――シトラスとキノットの親子にあると魔勇の勇者は囁く。


「ロックアイス家に纏わる書簡。ある日を境にそれは全てワタシの目に届いていたんだよ」


 魔勇の勇者は懐から指輪を取り出すと、

「これ? なんだと思う?」

 シトラスへと投げて渡した。


 それを受け取ったシトラスは、警戒しながらも指輪に視線を落とす。

 月の光に照らされた指輪のデザインにはひどく身に覚えがあった。


「ロックアイスの封蝋印? でも、なんで?」

「不用心だよね。封蝋印の指輪を人に貸すなんて」

「ぼくは封蠟印を他人に貸して何て――」


 頭を過るのは初めてレイラに手紙を出した時、

『封蠟もこっちでやっておくよ。封蠟は印璽派? 指輪派?』

 そう言ってレスタに手紙と封蝋に必要な指輪を渡した記憶。


「ッ……!」

「気がついた? 鈍いよキーくん。あの日からロックアイスの書簡は全てワタシたちに筒抜けなんだよ」


 封蝋の印は家門の印。

 それは手紙の差出人と安全を担保する証。

 魔法技術による加工のされた封蝋の印の偽装は極めて困難である。

 ただし、原本オリジナルさえあれば複製は難しくない。

 

「パーティー、仲間、工作員、協力者……言い方は色々あるよね。レスタはね――昔からワタシの協力者なんだ」

 

 そう言って魔勇の勇者はレスタの瞳をまっすぐに見つめた。


 その視線の先の表情は闇に消えてしまいそうなほどに蒼白に染まっていた。

 

 智勇の勇者はソロ。剛勇の勇者は血に飢えた戦士たち。

 歴代の勇者たちもそれぞれ自身のスタイルに合わせて徒党を組んでいた。


「ま、待ってくれッ! 俺は沈勇の勇者様には協力したけどそれは貴女じゃッ!」

「ん? あぁ、そこにはまだ気づいてなかったんだ!」

「え?」


 魔勇の勇者は懐から今度は鈍く光る鉛色のスキットを取り出すと、一息に煽った。

 すると、彼女の体が見る見ると変わる。

 その夜空に輝く銀髪が、干した青草のような少し暗い青緑色――蒼色の髪へと。

 碧眼も蒼色へと。身長も頭二つ分大きくなり、体の丸みもなくなり、男性らしいものへと変わった。


 懐から片眼鏡モノクルを取り出して付けると、

「そう言うわけだから、裏切ったとは言わないであげて。君たちと友達になる前から彼はワタシの協力者だったのだから」

 沈勇の勇者の声でそう言った。


 レスタは震える声で、

「い、いつから……?」

「ワタシから言えるのは――本物の沈勇の勇者を君はまだ知らない」


 シトラスはアドニスの言葉を思い出した。

『はぁ、魔勇の勇者は変装の達人で、魔法薬を用いた彼女の変装を見破るのは同じ勇者であっても困難です』


 それと同時に、初日以外に沈勇の勇者と会うのは、いつもミュールだけであったことも思い出した。

 シトラスが沈勇の勇者と初日以外に直接顔合わせをしていなかったことにも気がついた。

 ――ぼくが魔力視の魔眼を持っているから。


 外見をいくら取り繕っても魔力までは変えられない。

 それが沈勇の勇者が、いや魔勇の勇者がシトラスを避け続けていた理由。


 言葉を失ったレスタに興味をなくした様子で、シトラスに視線を切り替えると、

「手紙の中でね、君の父君は王都のとある識者と王国の禁則事項を研究していた疑惑が持ち上がったんだ。その識者というのが、先代、先々代、千先々代の勇者の時代から目を付けていたけど、中々尻尾を掴ませない狸でね。それがキーくん、君のおかげで大義名分を得たんだよ」


 彼の名はジキルと言うんだけどね、と付け足した。


 シトラスの脳裏で欠片がはまった。

 ――ジキル先生は亡くなったのではなく、殺されたのだ。目の前の勇者によって。


「その後は、ワタシがジキルに成りすましてキーくんの父親と会ってみたら、ビンゴッ! 君の父親も禁則事項を犯していたんだ」


 ポトム王国では歴史の探求は禁則事項である。

 魔法史に記載してある以上の歴史の詮索は認められていない。


「キーくんが父君に警告したでしょ? 国境を守っていた友人から情報を貰って。名前を何て言ったかな、彼女。猫人の戦士。そうそう――ライラ」


 シトラスの故郷ロックアイスを守るために、侵略してきたチーブス軍に寡兵で時間を稼いだシトラスの友人。

 彼女はその時間を稼ぐ代償として、その命を東の地に散らしていた。


「どうやって知ったか知らないけど、情報漏洩は重罪だからね。あれは傑作だったよ。ワタシがジキルに化けているとも知らず。国防諜を束ねるワタシに犯罪者自らが、国防諜に気をつけるようにって。犯罪者が死刑執行人に犯罪について語るんだ。可笑しくて仕方なかったよ」


 沈勇の勇者の顔で魔勇の勇者らしく笑う。

 シトラスが初めて見る沈勇の勇者の笑み。


「キーくんのお友達にはロックアイスと一緒に死んでもらうことにしたんだ。きっと彼女も本望だったでしょ。だって――」


 ライラの手紙の一文が脳裏をよぎる。

『――そうなったらシトの故郷はあたしが守ってやるよ』

 

「――約束を果たす機会を得ることができて。残念ながら力は及ばなかったみたいだけどね。王国への裏切者の死にざまを見れなかったのは残念だけど、できるだけ惨たらしく死んでくれていたらいいな! 戦士としても、女性としても尊厳を踏みにじられるような!」


 心底おかしそうに、楽しそうに、気持ち良さそうに恍惚とした表情で笑った。

 沈勇の勇者の顔をした魔勇の勇者が嗤った。


「君の父親は命乞いしている中で殺されたらしいよ。それを聞いて胸がスッとしたのを今でも覚えているよ」


 シトラスは頭に上った血でその視界が狭くなる。

 息が浅くなる。瞳孔が開く。


 ――この背筋を走る感情は何だ。 

 

「お前が、お前がッ!! ぼくの故郷の仇なのかッ!?」

「半分はそうなるのかな?」


 元の姿である魔勇の勇者の時とは異なる冷ややかな声音だった。


 シトラスは、

「殺してやるッ!」

 大股で魔勇の勇者へと歩み寄る。


「殺す? キーくんがぼくを? ふふッ! やってみなよ! 智勇と剛勇を殺した力をワタシに見せてごらんよッ!」


 沈勇の勇者の顔が、体が溶けていく。

 その中から顔を覗かせた魔勇の勇者がわらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る