34.女神と魔王
エイジのベッドには、見知らぬ少女‥いや、幼女が寝息を立てていた。
そこへ、執事とメイドもやってくる。
「ゃや!? 主殿! これはいったい‥ぃゃ‥なるほど‥『女神』‥ですな」一瞬戸惑った執事だが、瞬時に状況を把握した。
「ああ、この子が『女神』で間違いないと思う...」エイジは確信する。
神のごとき力を行使し、神の屋敷に侵入し、神のベッドで眠る‥‥。
「なんて図々しい女神だ‥。おい! 起きろ!」ベッドを揺らして無理矢理目覚めさせる。
「んぁ‥ふぁ~ぁ‥むにゅむにゅ‥‥ぁあ! パパ様ー!!」幼女は目覚めるなり、エイジに向かってとびっきりの笑顔で叫んだ。
何か声がすると、リリスとフェイドが様子を覗きにきた。
「今、パパって声が‥」「なんだ? 他にも誰かいたのか?」
エイジの首にしがみつく幼女。それを目撃するリリス‥とフェイド。
色々な意味で修羅場だったが、この窮地を救ったのはナイトウだった。
騒ぎを聞きつけやってきたナイトウ。「ぁあ! 女神様じゃないですか!!」
・・・ひとまず、その場を収めて、みんなには居間で待機してもらった。
「さて‥聞かせてもらおうか。キミが何者なのか」
「アタシはパパ様から生れたの。だから女神様なの。パパ様、異世界の冒険がしたいから、強い魂を呼んだり、怖いモンスターを出したりしたの。パパ様、楽しいそうだったから、褒めて~♪」女神は無垢な笑顔を見せる。
エイジは全てを悟った。
二百年前‥二度寝に入った頃だろう。もっと刺激のある冒険がしたい。異世界転生者のようなスキルや技が使えたら‥そういった願望が、浅い眠りの中で『女神』として実体化してしまったのだ。
そして、女神(願望)は、エイジが望んだ冒険の場を用意した‥。
思えば、普通の冒険者が手に負えないレベルのアビスは、エイジの行く手にしか現れなかった。
この女神は、純粋にエイジを楽しませようとして‥‥。
黙り込むエイジを心配して、執事が声をかける。「主殿‥?」
「ぁぁ、どうやらこの子は、本当にボクが生み出してしまったようだ」
「なんと‥‥
「うんー‥(誕生させちゃったのだから仕方ない‥ちゃんと教育していけば、いいか)まずは名前を付けなきゃだな。ローリでどうだ?」
「また安直な‥‥」執事は女神の容姿を見ながら、かつて自分たちが命名された時のことを思いだす。
『執事だから、ジーでいいよね。メイドはメイでいいや。』
「わぁ♪ アタシ、ローリ♪ パパ様、大好き!」女神は嬉しそうだ。
「『パパ様』はよしてくれ‥。そうだなぁ‥‥見た目的には、兄妹ってことにしよう。『お兄ちゃん』って呼んでくれるかい? ローリ」
「はいなのです!ぇーと‥お兄ちゃん♪‥んー‥
エイジはローリに、自分にも課している『縛り』ルールを教え込んだ。
神としての力は極力使わないこと、自分が神に属していることは知られないように努めること、そして何より、旅を楽しむこと。「わかるかい?」
「はいなのです! でも兄様‥、もう一人、輪廻転生してもらった人がいるのです...」ローリは怒られるかもしれないといった面持ちで告白する。
「ナイトウみたいのが、もう一人いるのかい?どこに‥」
「んー‥あっちの方に‥」と、ローリは西を指さした。今は瘴気が溢れる荒野の奥地だ。
「あのね、おっかない魔王なの‥」
・
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西暦2020年某月───。
とあるマンションの一室に、流行り病で床に臥す男がいた。
彼は容姿に恵まれ、勉強もスポーツもそこそこだったが、野心だけは人一倍強かった。
一流企業に就職してから彼は、同僚や上司を陥れエリートコースを駆け上がっていった。
そんなある日の接待飲み会で、流行り病を貰ってしまった。
「くっそぉ‥ぜってーあのハゲ部長だ‥変な咳してやがったし‥なんでこの俺がこんな目に‥‥」
数日後、彼は人知れず息を引き取った───。
───はずだった。
気付くと、光の中にいた。
光の中に、さらに眩しく光る人の形があった。
『あなたは転生して生まれ変わるのです』
光はそう言った。
「あー‥よくある異世界転生か何かか? あのまま死んじまうよりマシだ。当然、すげ~チートを授かれるんだろーな?」と男は凄んでみせた。
光は『ぇっと‥どんな力を望む‥ますか?』と、たじろぐ。
「どんな世界に転生するのか知らないが、全てを支配できるような絶大な力を寄越せ!!!」
『ヒッ‥あの‥はいぃぃいい!』
光は輝きを増し、次の瞬間、彼は見知らぬ石畳の床に倒れていた。
壁も天井も石で出来た部屋。
窓から外を見ると、荒れ果てた大地。
「なんなんだよ‥どこなんだよ!! ここはよぉぉおおお!!!!」
激しい怒りが彼を支配した。
怒り、憎しみ、悲しみ、あらゆる負の感情が湧きあがる。
いや、彼の中に流れ込む。
世界中の負のエネルギーが濁流となって彼に流れ込んでいく。
そして魔王が誕生した。
魔王の負のエネルギーは城全体を包み込み、瘴気を生み出した。
瘴気は次第に広がり、荒野を腐った大地へと変え、広がっていった。
魔王は城から出ることが出来ず、その何もない居城で百年以上の孤独を味わうこととなる‥。
・
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・
居間では、五人が談笑していた。
「四人の加護持ちが一同に集うなんてねー」
「リリスさん、僕も光の加護を持っているので、五人の加護持ちですよ! これはもうアレですね、なんとか戦隊イケますね! なんちゃらレンジャー的なヤツ!」
「ちょっと何言ってるのかわからないわ‥」
「フロスよぉー‥お前ってヤツはよぉー‥」
「いつまでメソメソしてんだい‥あきれるねぇー‥」
そこにエイジたちがローリを連れて戻ってくる。
「紹介が遅れたけど、この子はローリ。ボクの妹なんだ。ほら、ローリ」
「はじめましてなの! ローリは、ローリなのです」ペコリとお辞儀するローリ。
「え? 女神様じゃ‥」言いかけたナイトウにエイジがクギを刺す。「黙れ? ナイトウ」目が笑っていない笑顔を向ける。
一通り自己紹介を終えて、今後のことを話し合う。
ローリはすっかりリリスに懐いて、膝の上を占有する。
リリスも、まるで自分の妹か娘のようにローリを可愛がっている。
エイジはその様子を見て、密かに胸をなでおろした。
さて、荒野の瘴気をどうにかしないと旅どころではない。
瘴気をどうにかするには、魔王をどうにかしなければいけないらしい‥。
話の分かる相手なら良いが‥。
大氷壁を維持するためにフローズンはここに残るとして、あとのメンバーで西を目指すことにした。
問題は瘴気だ。
フローズンに、館から西側に抜けるトンネルを作ってもらった。
館の防護フィールドがあるので、瘴気が東側に漏れだすことはない。
「こっから先は、瘴気が満ちているな‥‥」エイジの目の前、防護フィールドの境界より向うは赤い霧に覆われていて、数メートル先で視界が悪くなっている。
「ナイトウ、ちょっと様子を見てきてよ」そう言って、エイジはナイトウの背中をポンと叩く。
「(お前なら何とか対処できる‥だろ?)」と耳打ちする。悔しいが女神のチート持ちだ。それなりに信頼はしている。
「‥ヤバかったら全力で自分を護りますからね‥」ナイトウは恐る恐る霧の中へと進んでいった。
二歩、三歩、、突然ナイトウはガクっと膝をついて苦しそうにもがき出した。
はいずるように戻ってきたナイトウの目は真っ赤に充血して、鼻水を垂らしながら、クシャミが止まらない。
「‥花粉症の症状ですな‥これは」執事が冷静に診断して、メイドが回復魔法をかける。
「ぁーー‥これはダメっす。僕じゃなかったら即死レベルっすよ」ナイトウは目を擦りながらそう訴えた。
「うーーん‥これは止む無しか。ローリ、みんなを護るようにフィールドを展開できるかい?」
エイジに頼まれたのがよほど嬉しいのだろう、ローリは大喜びでフィールドを展開する。
「これで赤いのは入ってこなれないのです!」
問題は食料と水だったが、ナイトウのインベントリを頼ることにした。
エイジは最後まで抵抗したが、背に腹は代えられない。
最終的には『さっさとこのクエスト(魔王討伐)を終わらせて、自由気ままに旅をするためだ』ということで納得した。
瘴気の中を、防護フィールドに護られた一行は徒歩で西を目指す。
「しかしこりゃー酷ぇ世界だなぁ‥虫の一匹も生きられないんじゃ‥‥」
「そうでもないみたいよ? あそこに‥」リリスが指さす先には、瘴気に順応したのであろう気味の悪い蟲が這いずっている。
「あ・あたしは、あーいうの苦手だから、近づいてきたら‥任せるわよ」リリスは肩を震わせてそっぽを向く。
瘴気の中を奥へ行くほど、不気味な生物を目にするようになる。
猪のような怪物や、キリンのような巨大な化け物まで‥‥。
幸いなことに防護フィールドはそういった敵も防いでくれるので、戦闘を行うことは無かった。
瘴気の中を歩くこと数日───。
ようやく目的の魔王の居城へと辿り着いた。
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