第3話 救世主は魔法使い

 神妙な顔をしている安暮さん。いや、そもそも整い過ぎている事もあり表情は読みにくい。


「かしこまってどうしたの?」


 言いづらい事なのか、口をもごもごさせている彼女。気のせいか少し顔が赤くなっている様な気もするのだが……まさか告白とかじゃないよね?


「急な事なので、信じてもらえないかも知れないのですけど……」


 この流れ、辞めたいと言い出すか告白するかの二択じゃないか? とはいえ前者も困るし、後者でも嬉しい葛藤が始まってしまう。いやいや、俺にはチカちゃんという可愛い子とデートする予定があるのだ。


「もしかして、合わなかった?」

「……はい。気づいてたんですか?」

「薄々はね……外国人だっていうし、機械が壊れたのも責任感じているのかなって」

「そうなんです。壊すつもりは無かったのですが、この世界の魔素はコントロールが難しくて」

「ん? 会社が合わないって話だよね?」

「えっ……魔素が合わなくてこれからも迷惑をかけそうという話なのですけど」

「いやいや、その前に魔素って何?」

「えーっ!? 魔族なのを気づかれていたんじゃないのですか???」


 その瞬間、俺の脳はフリーズした。

 魔族……ってあの魔族か? いやいや、そんな物はファンタジーの世界にしか居ない。いるとしたら厨二病を患っているのだろうけど、パソコンやコピー機がいきなり壊れてしまったのは事実だ。


「待て、ここは会社だ。設定を披露する場所じゃないぞ」

「設定……ですか」

「備品を壊してしまって動揺しているのかも知れないが、運が悪かっただけだ。納得いかないかも知れないけど、『すみません』で済む話なんだよ」


 俺だってたまたま触った備品が壊れたりしたら、公で謝っていたとしても、言い訳だってしたくはなる。だが、訳の分からない厨二病設定で誤魔化すのは悪手なのだ。


(そっか……気づいたわけじゃないんだ)


 彼女はそう呟くと左手で何かを掴む様な仕草をする。するとその手からはゆっくりと炎が生まれ、徐々に大きくなっていくのがわかった。


「……嘘だろ?」

「これで、少しは信じてもらえましたか?」



 ジリリリリリリ……!!


 安暮がそういった瞬間、大きな警報が鳴りスプリンクラーが作動した。そりゃそうだ、基本的にはタバコの煙やライターでも反応すると札がある。炎なんてだしたら、世の中の消防法が放ってはおかないのだ。


「信じてもらえましたかじゃねぇよ! こんな所で炎だすとか何考えてんだよっ!!」

「えっ、えっ……」

「とりあえずトイレにでも逃げるぞ!!」


 俺は安暮の手をとり、急いで走る。本来なら素直に謝罪するのが最善策なのだろう。だが、まさか炎を出せる奴が居るとは思わないだろうし、とりあえずトイレにでも隠れてほとぼりが覚めるのを待つしか無い。


「ちょっと田中さん!」


 何か言いたげな彼女を無視して、一つ離れたトイレに駆け込むなり鍵をかけた。すると外では少し遅れて騒ぎになっているのが分かる。今のところバレてはいないみたいだが、スプリンクラーの水を被った事でズブ濡れになっている事に気づく。


「……田中さん?」

「失敗したかな……」


 咄嗟の判断で動けたのは良かったものの、この状態ではどう考えても怪しまれてしまう。とはいえ、安暮が炎を出したというのがバレるわけにはいかないし、いきなりの水で濡れてしまったと言って誤魔化すしか無いか。


「この状態じゃ待っている訳にはいかない。スプリンクラーが作動しているうちに出て濡れた事にするしかないよな」

「あの……」

「だから何だよ?」

「ここ、男子トイレなのですけど……」

「いきなりだったんだから、仕方ないだろ?」


 そう言って安暮を見ると、水でブラウスが透けている。整ったバランスのいい胸元と可愛らしい下着がハッキリと見えるのか分かった。


「うっ……」

「ちょっと見ないで下さい」

「元はと言えば、お前があと先考えずにあんな事したからだからな?」


 ここは変ないちゃもんをつけられる前に、もう逆ギレするしかない。勢いで乗り越えなければ、彼女の姿に意識が持っていかれてしまう。


「濡れた以上、長くは居れない。とりあえずでて誤魔化すから合わせてくれよ?」


 そう言って、俺がトイレから出ようとするとジャケットの裾を引っ張られるのが分かる。振り向くと彼女は訴えかける様な目で見つめている。


「なんだよ。急がないと言い訳出来なくなるぞ?」


 きっと服が透けているのが恥ずかしいのだろう。しかし今はそんな事を言っている場合じゃ無い。


「服が乾けばいいのですか?」

「そうだな、ドライヤーでもあれば別の誤魔化し方はできるかも知れないな」

「でも、田中さんは失敗した時はとりあえず『すみません』で済むって……」

「あのなぁ、炎出しましたを説明出来ないから隠れているんだろ?」

「わかりました」

「そう言う事だから早く出るぞ?」

「乾かす魔法を使います、風系統の物なら警報もならないと思いますので……」


 あっさりと言い放った安暮に、俺は唖然とした。炎や電気が使えるなら風などが使えてもおかしくはない。


「それならまぁ……いや、助かるよ」

「そしたら脱いで下さい」

「……はい?」

「ですから、乾かしますので脱いで下さい」

「流石にこの狭い空間で全裸になるのはちょっと……」

「何を言ってるんですか? 上だけでいいですよ? 重なった服は乾かしにくいので」


 そう言う事かよ。確かに洗濯物を干す時はある程度離しておかないと、乾かなかった経験はある。俺がジャケットを脱ぐと彼女もジャケットを脱ぎ、スカートまで脱ぎ出した。


 ちょっとこれ、指摘した方がいいのか?


 だが、手をかざした部分からみるみるうちに水気が引いていくのがわかる。まるでアイロンでもかけている様に乾いていくと、自分のブラウスやパンツにも手を当てていた。


「分ってはいたけどすげぇな……」

「次、田中さんの番です」


 手を当てられた場所には、もっと風や熱があると思っていたが、意外と何も感じなかった。


「ズボンは脱がないのですか?」

「パンツまでは濡れてないからいいよ……」

「それなら構わないのですけど」


 乾かし終わるとスカートを直ぐに履いた。至近距離での下着姿に平常心を装うのに必死になる。


「あの……田中さんって私の事好きですよね?」

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