俺は会社員で、君は救世主で

竹野きの

第1話 親友は救世主

「クソ、世界なんか滅べばいいのに!」


 居酒屋の片隅に、俺の虚しい声が響くと親友の裕二は周りを気にしながら囁いた。


「流石に叫ぶのはヤバいって」

「うるせぇ、これが飲まずにやってられるかよ」

「まぁ、気持ちはわかるけど……」

「そうだろ? こういう日は、パァッと忘れるまで飲むのがいいんだよ!」

「普通はそうなんだけどさ……お前、酒飲めねぇし。ついでに言うとそれコーラだし、居酒屋のお姉さんもびっくりしてるじゃねぇか!」


 そう言われた俺が、ふとお姉さんを見ると直ぐに目を逸らされてしまう。彼女も仕事だからなのか再び俺の方を見ると必死に作り笑いをして言った。


「もしかして、お酒入ってました?」

「いえ、普通のコーラです」

「お姉さんに気を遣わせてんじゃねぇよ。ああ、こいつ好きな人に振られただけなんで」

「そうなんですか……お兄さんモテそうなんですけどね」

「社交辞令は大丈夫です!」


 その瞬間、何かを察したかの様に仕事に戻る。勢いはついていたもののシラフの俺は可愛らしい居酒屋のお姉さんについ緊張してしまっていた。


「和夫、そう言う所だぜ? 弁当屋の子も普通に話していればチャンスあったんじゃねえのか?」

「俺はちゃんと話してたよ……」

「あえて聞くが、どんな事話してたんだよ?」

「……唐揚げ弁当一つ」

「やっぱり話せてねえじゃねぇか!」

「ちゃんと相槌ももらってたし」

「そりゃ弁当屋なんだから注文うけたら返事位はするだろ! いや、待て。それでどうやって振られたんだよ?」


 裕二が言った『振られた』と言う言葉に、俺はふとその時の事を思い出してしまい、涙が溢れてきた。


「帰り道に、たまたま会ったんだよ」

「マジで? それで勢いで告白してしまったとかか?」

「いや……男の人と待ち合わせしてた」

「それじゃ彼氏かわからねぇだろ? いや、まぁつい突っ込んでしまったけど、その可能性の方が高いか……」


 裕二も不服そうな顔はしてはいるが、理解した様子で少しぬるくなったビールに口を付け少し黙る。意識していなかったが居酒屋は意外とうるさくて、さっきのお姉さんと目が合った。


「まぁでも、仲良くなって無かったのが幸いじゃね?」

「なんでだよ?」

「一緒に遊ぶ様な仲だったら、この程度じゃすまなかっただろう?」

「確かに、それはそうだな……」

「なんなら、居酒屋のお姉さんの方が仲良いと言っても過言では無い!」

「なんでそうなるんだよ!」

「そう? 結構お前の好みのタイプだと思ったけど?」


 そう言われて再びお姉さんを見る。少し背が高く可愛らしい顔つき、好みと言われたらそうなのだ。見ていたからか再び目が合い、その瞬間彼女はニッコリと笑った。


「俺、運命の人見つけたかも知れない……」

「は? 嘘だろ?」

「だって今、俺の方見て……」

「すみませーん!!」

「ちょっと、裕二! 何する気だよっ!」

「なんだよ、普通にジョッキが空になっているだろ?」

「そうか……」


 納得はしたものの、それだけじゃないのは分かっている。彼はお姉さんと話す機会も作ってくれたのだと思った。


「生一つ……とコーラ。もちろんチューハイじゃない方で」

「はーい!」

「後は……」


 そこまで言うと、俺に視線を向ける。何かを頼めば彼女と話す事が出来る……やっぱり持つべきものは親友なのだ。


「え、枝豆で……」

「枝豆ですね!」


 その笑顔はまるで救世主で、正直俺はこれで満足だった。会社からも近いこの居酒屋は足繁く通う事も出来るし、少しずつ距離が近づけはいい。


 だが一つ、大切な事を忘れていた。

 俺はコミュ症だが、親友は陽キャなのだ。


「他にチカちゃんのオススメってあります?」

「私のですか?」


 待て待て、なんで名前……って、名札!?

 確かにその為の物かも知れないけど、いきなり名前呼びはないだろ!!


「うーん、彼お酒飲めないんですよねぇ?」

「まぁでも、ツマミとかは好きなんで何でも大丈夫っすよ」

「でしたら……唐揚げとか?」

「あれ? もしかしてさっきの話聞いてた?」

「唐揚げの話されてたんですか?」

「そう、好きな子の店で唐揚げ弁当を頼むしか話せなかった話!」

「意外とシャイなんですね!! 女の子には押しも肝心なんですよぉー!」


 何でこんな気軽に話せるんだよ。お姉さんも知らない奴のはずなのに普通に返すのかよ。


「だってさ、どうする?」

「は? いやいや、裕二……お前、何言ってんだよ」

「何の話ですかぁ?」

「こいつはチカちゃんが好みって話!」

「ええーっ? でもさっき振られたって……」

「ですよね、ですよね、いきなりそんな事言われても困りますよね! それに俺、お姉さんの事あんまり知らないし」

「あれ? 私告白されたのに振られた感じですか?」

「すみません! 嫌なんじゃなくて、好みではあるんですけど色々と順序がですね、ありましてですね……」


 裕二のせいで無茶苦茶だ。何で一日に二度も振られなきゃいけないんだよっ!


「いやいや、お前はどこから始めたいんだよ?」

「どこから始めたいんですか?」


 裕二はともかく、お姉さんもそれ聞いちゃう??


「……とりあえず」

「とりあえず?」

「とりあえず?」


 追い込まれてしまった俺は、苦し紛れに言ってやった。


「……ヨッ友から」


「ヨッ友?」

「ああ、俺たちの中で、『よっ!』ってするだけの友達の事をヨッ友って言うんだよ」

「なんですかそれ、ちょっと遠くないですか?」

「せめて友達からだよなぁ……」

「友達からですね……」

「チカちゃんも困ってんだろ? 彼女も仕事中なんだし、LINEだけ交換しとけよ?」

「そうですね、後でスマホ持ってきますね!」


 ……はい?

 ……嘘でしょ?


 ニヤニヤと笑う裕二を横目に、スマートフォンが汗まみれになるまで握りしめる。帰り際、チカちゃんとはあっさりとLINEを交換する事が出来、俺は新しい恋愛のストーリーが動き出したのだと思った。



 しかし、次の日。ちょっとLINEした事で高鳴る胸が抑えきれず、モチベーション全開で出社した俺に事件が起こった。


「田中、今日からお前が彼女の教育係だ」

「本日より入社しました安暮美咲です! よろしくお願いします!」


 安暮美咲と名乗る、まるでこの世界の物とは思えないほどの、絶世の美少女が俺の同僚として入ってきたのだ。

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