第23話
「これも違う」
そうつぶやいてアリーザは開いていた本を閉じて元あった棚に戻す。
探し始めてから数時間がたち、すでに関係がありそうな本は全て読みつくしたが、ハールント王国に関する資料はどこにもない。
「これだけ探して何も見つからないってことはここには何も資料がないのかもしれないな」
どうしようか、と頭を悩ませていると、背後から「おや?」という声が聞こえてくる。
アリーザが振り返ると、そこには金の装飾が施された青い服を身にまとった銀髪の少年がたっていた。
少年はコツコツと靴音を鳴らせながらアリーザのもとへと近づいて、そのサファイアのごとき青い瞳でアリーザの顔を見て、「やっぱりそうだ」と笑みを浮かべる。
「今朝ぶりですね。まさか本当に会うだなんて」
アリーザは少年の顔に見覚えはないが、その声には聞き覚えがあった。
「今朝あった子だよね。顔を見るのは初めてだけど」
アリーザの言葉に少年は「あ!」と声を漏らし、申し訳なさそうな顔をする。
「これは失礼しました。たしかにあの時僕はローブで顔を隠していたんでしたね。改めまして、僕はオーウィンスといいます。えっと・・・」
「そういえば私も名乗っていなかったね。私はアリーザ」
「アリーザさんですね。よろしくお願いします。それにしてもまさかここでまたお会いできるだなんて。アリーザさんはどのようなことを調べに来たのですか?」
「それは」
と口を開きかけた口を再び閉じる。
これだけ探して何も見つからないということは誰かが意図的に隠そうとしている可能性がある。そして今朝のオーウィンスの立ち振舞や今の服装から判断するにオーウィンスは貴族、そうでなくてもそれなりの身分であることは間違いないだろう。
そんな彼にむやみに話しても良いものか。
アリーザはそう思考を巡らせたが、他に手がかりがないのも事実である。
「私はハールント王国、それからホワイトウルフについて調べに来たんだよ」
アリーザがそう言うと、オーウィンスが驚いたような表情でアリーザの顔を見る。
「今、なんとおっしゃいました?聞き間違いでなければ、ハールント王国と聞こえたような気がするのですが」
「そうだけど・・・もしかして何か知っているの?」
アリーザの質問にオーウィンスは驚きを隠せないように、それでいてどこか緊張したような表情で「はい」と頷く。
「しかしどこでその名前を?」
「それを知ってどうするの?」
詳しく問い詰めてくるオーウィンスにアリーザがわずかに警戒の色を見せると、オーウィンスはあわてて謝罪する。
「いきなり聞いて申し訳ありません。ではこうしましょう。この後時間はありますか?」
アリーザは黙ってうなずく。
「でしたら僕についてきてくださいませんか。もちろん断っていただいても構いません。ですがもしついてきてくれるのでしたら僕が知っていることでしたら何でもお話いたしましょう」
「その場合、君は私に何を求めるの?」
「アリーザさんの知っていることのうち話せることでいいので教えてください」
(つまり言いたくないことは言わなくてもいいってことか)
アリーザとしてはホワイトウルフの居場所を知った人間たちがそこに攻め込んでくる可能性がある以上詳しい場所を話すことはできない。
だがここに資料がない以上オーウィンスが知っている情報はぜひとも知りたいところだった。
そのためこの条件はアリーザにとって悪くないものだった。
もちろんこの提案そのものが罠の可能性もある。そこでこっそりと魔法で嘘をついているか確かめる。
(どうやら嘘はついていないみたいだね)
「いいよ。その提案を受けるよ」
「ありがとうございます」
「ちなみにその話、ホロウが一緒でもいい?」
ホロウは幼いがしっかりしている。話の中でホワイトウルフに関する話をどこまですればいいかについてはホロウの方がわかっているだろう。
「ホロウといいますと、今朝のあのお嬢さんのことでしょうか。もちろんかまいません。でしたら僕は入り口の方で待っていますね」
「わかった」
そういってアリーザがホロウのもとに行くと、ホロウはまだ本をめくりながら探していた。
「ホロウ」
アリーザがそう呼びかけると、ホロウは耳をぴくっと動かして数冊の本を手にアリーザのもとへと駆け寄ってきた。
「ししょー!そっちは終わったの?」
「終わったというか・・・」
アリーザはオーウィンスと話したことについてホロウに説明する。
「というわけなんだけど一緒に来てくれる?」
「もちろん!任せて!」
ホロウは自信ありげな表情で自身の胸をたたく。
そんなホロウとともにオーウィンスのもとに戻ると、オーウィンスはすでに馬車の準備をして待っていた。
アリーザたちに気が付いたオーウィンスは自ら馬車の扉を開けて手招きする。
「乗ってください。目的の場所までお送りしますから」
オーウィンスにそう言われ、アリーザたちは馬車に乗り込んだ。
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