終末世界と幼女になった僕

@mooooz

第1話 変身しても一人

数年前、とても大きな戦争があった。何がきっかけだったかは、誰も覚えていない。ただ争いが争いを呼び、戦火は瞬く間に世界中へ広がった。銃弾の雨と大量破壊兵器の応酬で生物という生物が死に絶え、ついにその戦いに勝者はなかった。あるのは、汚染された大地と、遍く生物の屍だった————。


———というものの、僕たち人類は意外と元気に生きている。少ない食糧を奪い合い、徒党を組んで追い剥ぎをしたり、安全かもわからない水を飲んだりして、今日も生きている。僕ことミサキも、先の戦争で兵士として駆り出されたけど死に損なったので、こうして廃墟と化した住宅街の屋根裏に潜んで悠々と日記なんかつけている。でも、僕が廃墟に滞在しているのはもう一つ理由がある。

……僕は、女の子になった。それも、かなり幼い。小学5、6年くらいだろうか。鏡がないから確認のしようがない。しかし感覚と視覚で腰くらいまで伸びた黒髪ということがわかる。何故、こうなったのか?新種のウイルス?神様とやらのイタズラ?皆目見当がつかないが、もし後者なら神様はひどく悪趣味だ。

というのも、僕の今の持ち物は、兵士時代に使っていたアサルトライフル一丁とその弾薬が数十発。解体用の鉈が一本。軍用レーション数個にいくつかの缶詰。非常用飲料水100mlと大きな水筒の中にろ過した水。あと携帯トイレとノートとペンやその他諸々。潤沢そのものだが、どう考えても鍛えてない幼女の身体で持てるものじゃない。特にライフルと鉈がネックだ。数日前、ここに人が侵入してきた。その時に頭を撃ったが、狙いをつけるのにえらく時間がかかった。ついでに撃った時に肋骨にもヒビが入ったと思う。お陰で先程述べた缶詰を手に入れることが出来たのだが、人一人駆除するのに数日間行動不能というのは釣り合いが取れていない。当然こんなザマなので鉈の出番などあるわけがない。捨て置くことも考えたが、もしこれが誰かの手に渡って、そのせいで自分が死ぬなんてことがあったら、とても笑い事じゃない。

そんなわけで、この廃墟に隠れ住んでから1週間ほど経った。幸いここはある程度雨風も凌げるし、色々役に立ちそうなものが置いてある。さらに、不本意ながらこの幼女の身体も良い方向に作用している。胃が縮んだせいか、一回の食事量が減り、結果的に食糧の節約に成功した。それに、身体が小さくなったおかげで、各所に身を隠しやすくなった。そのおかげでこの前の侵入者を撃退できたのだ。案外ここでの暮らしも上手くいくかもしれないと思ったが、偶然外から聞こえてきた話によると、数日前からここらに兵士くずれのゴロツキたちがたむろしているらしい。歯がゆい話だ。男の頃の脚があれば、さっさとそんなところからはおさらばしているのに、この身体じゃ荷物を持って走っても数分でバテる自信がある。射撃はまあ…それなりに得意だが、銃が重くてまともに狙うのも一苦労。当然鉈も振り回せない。そもそも向こうには数的有利があるので戦ったら確実に僕が負ける。良くて物資強奪、最悪の場合、奴らの慰み者だ。そんなわけで僕に残された道は見つからないことを祈ってここから逃げ出すか、見つからないことを祈ってここに隠れるかしかない。僕はそれを決めあぐねて、なし崩し的にずっとここに隠れている。屋根裏に物資を運び込んで籠城している。幸い、地の利はこちらにあるので一人ならどうにかなるだろう…待った、何やら足音がする。少し見てこよう。


…………


結果的に言うと、足音の正体は例のゴロツキだった。どうやら物資を集めるために訪れたようだった。数日前の侵入者の死骸が思いもよらずやつに恐怖を与えたようで、詳細に見ずに帰って行った。奴が臆病で助かった。実際のところ非力で死体を処理する体力がなかっただけだが、棚からぼたもちと言ったところか。酷い腐敗臭の死体に感謝したのは初めてだ。だが、これで僕のいる家は奴らに目をつけられたはずだ。今の時代、廃墟を根城にして安寧を手に入れてるやつも少なくない。もちろんそんな奴を狙って襲撃するやつも。どうやら決心をする時が来たようだ。僕は今日の夜、この家を離れて移動する。だらだらと現状を書くよりも、自分が何をしようと考えているか書いた方が良いだろう…どこへ行くのか、というのは考えていない。そもそも僕の旅に計画性はない。死にたくないから生きているだけだ。脱ぎ散らかした衣服や防弾ベストはこの際置いて行った方が良いだろう。サイズが合わないし、移動をするなら身軽な方が適当だ…まあ、ブーツとTシャツくらいは流石に身につけて行こう。こんな世界になっても、最低限の恥じらいはある。あと消費期限の近い缶詰も置いて行こう。そうなると侵入者の男から回収した缶詰はほとんど置いていくことになるが、まあ仕方ない。鉈と銃は…一応持っていこう。まともに扱えるかは置いておいて、やはり防衛手段は持っておきたい。

こうしてみると捨て置くものは少ないように思えるが、これでもかなり荷物は軽くなった。それでも十分重いが、このくらいならもう少し長く走れるだろう。さて、夜中まで時間があるので少し眠ろうと思う。目が覚めたら作戦開始だ…この黒髪が保護色になることを祈ろう。

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