第3話 屋上で

「音葉!」


 わたしが屋上のフェンスによりかかって空を見ていると、仁奈が勢いよく扉を開けた。思わず驚いて振り返る。


「仁奈……」


 追ってきてたんだ。


「もう、勝手に、どっか行かないでよ!」


 仁奈がハアハアいいながらわたしの隣に並ぶ。


 ……もしかして、ずっと探してくれてたのかな。


「……ごめん」


「まあ、仕方ないけどね」


 仁奈はおでこに汗が浮かんでいたけど、いつも通りニコッと笑ってくれた。


「まったく、何なんだろうあいつ。名前も明かさないで、急に軽音部に入れ、なんて。わがままにも程があるよね」


 息を整えた仁奈はため息をつきながらそう言った。


「……そういえば確かに、名乗られてないよね」


「でしょ!? 物事には順番ってものがあるじゃん。あんな誘い方したって、誰も入らないよ」


 仁奈が呆れていると――


「――悪かったな」


 突然後ろから声がした。びっくりして振り返ると、プリンス様が屋上の扉を開けて立っていた。少し息を切らしている。


「名乗らなかったのは、悪かった。俺は安西あんざいりつだ。改めて言わせてもらう。軽音部に、入って欲しい」


 軽く名乗ったプリンス様――ううん、安西君は軽く頭を下げた。


「……どうして、わたしを? わたし、楽器やったことないよ」


 軽音部ってあれだよね、バンドだよね。ドラムとかギターとか。楽器なんて、小学校のときやったリコーダーと鍵盤ハーモニカくらいしか記憶はない。


 安西君はを知らないはずだから……どうしてわたしを誘ったのか、全然わからない。


「違う、俺は、宮本のがいいんだ」


 安西君がわたしをまっすぐ見て言った。


 その言葉を聞いた途端、わたしは何もしゃべれなくなった。体が凍ったみたいに冷たくなって、頭が真っ白になる。


 わたしの、歌を……? なんで、なんで。どうして安西君はわたしの歌がいいの。わたしなんかより、歌がうまい子なんていっぱいいるはずなのに。


「音葉!」


 仁奈が呼んでいるのが遠く聞こえる。すぐそばにいるはずなのに、遠くから呼ばれたみたいにぼんやりしてる。


 頭がぐるぐるする。ことを思い出しかけたとき――


「音葉っ!」


 肩をつかまれて、ようやくハッとする。いつの間にか仁奈がわたしの目の前にいた。


「大丈夫!?」


「……うん」


「よかった……」


 ホッと息をついた仁奈は安西君を振り返った。


「安西君、悪いけど諦めて。音葉には音葉の事情があるの。音葉は、軽音部には入れない」


 少し考えた安西君は少しうつむいた。そして顔を上げる。


「……悪い、少し強引だった。気が向いたらでいい、部室に来てくれ」


 安西君は表情を変えずにそう言うと、屋上を出ていった。


「何なのあいつ! 少しどころじゃないよ!」


 仁奈がものすごく怒っている。


「音葉の気持ちも知らないで!」


「仁奈、そんなに怒らなくても……」


「怒るよ! 無神経にもほどがあるでしょ!?」


 ……でも、ちょっと嬉しいかも。わたしのために、こんなに怒ってくれるんだ。


「……ありがと、仁奈」


「え? なにか言った?」


「なんでもないよー」


 笑ったわたしは屋上の扉に向かった。


「ちょっと音葉、待ってよ!」


 わたしの肩に手を置いた仁奈も、笑っていた。

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