第1話 プリンス様

音葉おとはー! 帰ろー!」


「うん」


 4月。中学生になったわたし――宮本みやもと音葉は、声をかけてきた親友の藤井ふじい仁奈になに目を向けた。


 小動物みたいな小柄な体に、長いポニーテール。笑顔が凄く可愛くて、小学2年生の時からずっと一緒にいるんだ。


「そうだ、音葉は何の部活に入る予定なの?」


 昇降口で靴を履き替えているとき、仁奈が訊いてきた。


 わたしたちが通っている中学校――天川中学校は部活動がさかんで、いろんな部活がある。そして、生徒は必ず部活に入ることになっているんだ。


「うーん……」


 わたしは靴箱に脱いだ上靴を入れながら考えた。


 部活、か。


 がなければ吹奏楽部とかに入ってたと思うけど……


「……まだ決めてないかなぁ。とりあえず明日からの部活見学で決めようと思って」


「あ、そうなんだ。仁奈はバドミントン部に入ろうと思ってるよ」


「バドミントン?」


 わたしは思わず訊き返した。仁奈って、運動するんだ。


 読書が大好きで、小学校のときはいつも図書室にいたから、意外。


「うん。スマッシュとか、決めたらカッコいいじゃん! ママがバドミントン部だったらしいんだけど、教えてもらったら結構できたんだ〜」


「へ〜……」


 ……いいな、仁奈は。なんでもそれなりにできるんだもん。


 それなのにわたしは、特に得意なこととかない。運動も苦手だし、勉強もあまりできない。唯一、得意と言えるものはあったけど、あれはもう嫌い。


「まあ、キツイのも嫌だから明日行って様子見てみるつもり」


「そっか」


 そんな話をしながら校門を出る。


「じゃあね、音葉」


「うん、また明日」


 家がわたしと逆方向の仁奈はわたしに軽く手を振って小走りで帰っていった。


 手を振り返したわたしは家に帰ろうと回れ右をした。すると、人混みが目に入った。誰かを囲んでるみたい。


「プリンス様!」


「あの、私わかなって言います!」


 人混みの隙間からちらりと見えた顔に、わたしはびっくりする。


 すごく、きれいな人だった。


 一瞬しか見えなかったけど、それでも覚えてしまうような顔。


 人形のように整った顔に、サラサラの黒い髪。無表情だったけど、それでも絵になってしまうくらいのイケメンだった。


 プリンス様……って言われてたっけ。そう言えば、わたしの学年に「プリンス様」っていうあだ名の男の子がいるとか聞いたような……


 ……でも、わたしには関係ないか。


 わたしは人混みの横を通り、家に帰ろうとした。


 その時、


「おい」


 と肩をつかまれた。それと同時に、わたしの視界にあの人形のようにきれいな顔が映り込む。


「うわっ!?」


 わたしは思わず大きな声を出して数歩後ろに下がってしまった。


 目の前に立っているのは、さっき見た男の子。プリンス様だ。


 見てたの、きづかれてたの、かな。


「宮本音葉、で合ってる?」


 プリンス様は無表情のままわたしに訊いてきた。


「え、は、はい」


 声がうわずってしまう。


 な、なんで、わたしの名前を知ってるの? わたし、プリンス様に会ったの、初めてなんだけど。


「明日の放課後、1年3組に来てくれ」


 プリンス様はそれだけ言うとわたしに背を向けて歩いていった。プリンス様を囲んでいた女の子たちは変な目でわたしを見ている。


 あの目は、嫉妬、だ。


 わたしはすぐに走り出した。誰も追っては来なかったけど、変な視線が背中に刺さるのを感じる。


 曲がり角を曲がって、視線を感じなくなってようやく走るのをやめる。


 なんなんだろ、プリンス様って……


 わたしは上がった息を整えながら考えた。


 わたしが呼ばれた理由って、なに? 身に覚えはない。だって、プリンス様にはさっき初めて会ったんだし、名前だって知らないから。


 それなのに、どうしてプリンス様はわたしの名前を知っていて、顔も知ってたんだろう。小学校は別のはずなのに。


 ……ああ、もうわかんない!


 考えてもわかんないや。とりあえず、明日は行ってみよう。もしかしたら、重要な用かもしれないし。


 そう決めたわたしは、家に帰ろうと歩き出した。

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