竜斬りの剣

 透治と手合わせをすることとなると同時に、戦技解放のクエストとまさかのグランドキークエストが発生し、どうしてだと混乱している間に話が進み、道場に向かって師弟たちを集めて観戦させる話になった。

 また、ヨミの格好だと動き回るとスカートがふわふわ舞って集中できなくなるからと、袴を用意してくれた。

 リスナーたちはそれだとパンツが見えないだの色々言っていたが、見せたくないし魅せるつもりもないので素直にその厚意に甘えて袴に着替えた。


「やーん! ヨミちゃんの袴姿かっこかわいい!」

「わぷっ!? ちょ、いきなり飛びついてくんな!?」


 袴に着替えて道場に戻ってくると、真っ先にノエルが抱き着いてきた。

 いい匂いと一緒に特上の柔らかいものが押し付けられて、正直嬉しくはあるのだがそれ以上に恥ずかしいので、引き剥がそうとする。

 しかし脳筋からは逃れられない。


 結局シエルがノエルの脳天にチョップを落とすことで解放され、乱れた髪を整えつつインベントリから髪をまとめるように買っておいたヘアゴムを取り出して、自分でポニーテールにする。


”あっあっあっ”

”美少女のポニテ……!”

”うなじ……イイ……”

”ヨミちゃんほどの美少女がポニテにしたら、全男子がうなじに釘付けになって、校則にポニテは禁止ってできるのも納得”

”サイドテールにしてヘアアイロンで髪の毛を巻いて、制服を少し着崩したらギャルになりそう”

”ギャルヨミちゃん見てみてえ”


「なんでこうも変な癖の奴らばかり集まるんだよ……」

「何か問題でもあったか?」

「いえ、気にしないでください」

「そ、そうか? では、この木刀を」


 近寄って来た透治から木刀を受け取り、彼が少し離れたところで軽く素振りをする。

 数回振ってから感覚を掴んで、左手で持って腰に置いてから一礼する。

 透治も同じように一礼をしてから、両者ともに正眼に構える。


「始め!」


 透治の弟子のひとりが開始の合図を取り、早速読みから仕掛けようとして踏みとどまる。

 今、開始と同時に踏み込んでいたら、恐らくやられていた。ほんの僅かな変化、ほんの僅かな重心の移動を見逃さず、それだけで彼がこの流派の師範なのだと突き付けられる。


 なんて素晴らしいんだと三日月のような笑みを浮かべ、いつまでも動かないでいるのはつまらないと、今度こそヨミから仕掛ける。

 滑るように間合いを詰めて首を狙って木刀を振るうと、すっと差し込むように木刀を置かれて防がれ、高い筋力で押し込もうとすると風が障害物を避けて流れていくかのように受け流される。

 バランスを崩しそうになるがここは敢えて流れに逆らわずに流されて行き、振り向くと同時に大上段に振り上げられているのを見て、即座に反応して木刀を振って対応する。


「っ……」


 たった一回、受け止めただけ。力の強さならノエルの方が断然上だし、速度も重さもアーネストたちと比べる間でもない。

 なのに、あり得ないと分かっているが、木刀がすり抜けてくるか、あるいは木刀が木刀で斬られてしまうのではという恐怖を感じるほどに、その剣は鋭い。

 力ではなく、技で戦う。それはあの時戦った妖鎧武者と同じだ。


 ぐぐっと鍔迫り合いに持ち込まれそうになるが、技量では向こうの方が上だと分かっているのでそれに応じず、すぐに後ろに引くことで姿勢を崩そうとするが、その程度お見通しだと言わんばかりに逆に踏み込んできて、強引に鍔迫り合いに持ち込もうとしてくる。

 こういう技量が格上の相手に鍔迫り合いに持ち込まれるのはよろしくない。なので普段であれば影に潜って退避しているが、今回はそういうものなしの勝負だ。

 力で押し返そうとすれば今ヨミがやったように後ろに引かれるし、かといって力を抜いてもそこから捻じ伏せられてしまいそうだ。


 選択肢を一気に潰されてしまい、あの時戦った感覚が蘇ってくる。

 恐らく威力よりも速度を重視して連撃を叩き込んでも、最速の後の先を取られて当てられないだろう。

 がむしゃらな攻撃なんて論外だ。まだ手合わせが始まって数分も経っていないのに、もう既に透治のペースに飲まれていると、楽しそうな笑みを浮かべる。


 鍔迫り合いに応じて、押したり引いたりを細かく繰り返すと、少し気が急いてしまったヨミの隙を突かれて木刀が大きく弾かれる。

 胴体ががら空きになり、首に向かって突きが放たれてくるが、体をそのまま後ろに逸らすことで回避し、バク転しながら距離を取ってから霞に構えて突進する。

 体の発条を使った突きを放つがほんの僅かに体を動かすだけで回避され、突進に合わせて顔面付近に木刀が置かれたので急停止し、体を捻るようにしながら薙ぎ払う。


 とにかく相手は攻撃の始動が常に相手よりも速く動くように剣を振るうので、こちらもそれに対応しなければならない。

 これはどう考えても対人特化の動きだが、源流の天翔流剣術は元々対人特化であるため、その名残だろう。

 ただ一つ分かったことは、妖鎧武者は人間ではないがためにその反応速度は異常に速く、今戦っている透治は生きた人間であるため妖鎧武者程の反応速度はない。

 それでも強化なしのヨミを相手にすることができるだけの反応速度だが、あれほどの脅威はない。


 薙ぎ払いを受け止めずに後ろにほんの少し下がることで空ぶらせ、返す刀でもう一度首を狙うもそれは受け止めつつ受け流される。

 すぐに透治が反撃するように袈裟懸けに斬りかかってきたので後ろに下がり、強く踏み込みながら振り下ろした道をたどるように振り上げられた攻撃は、勢いが乗り切る前に上から抑え込む。


 木刀の上を滑らせるように胴を狙って薙ぎ払いを繰り出すも、刀身を下に下げることで柄を上にあげ、柄で攻撃を付け止められる。

 こういう変則防御はあれもやっていたなと笑みを浮かべ、誘うように後ろに下がるが乗ってはくれなかった。


「……ふぅ、流石と言ったところか。竜王を倒す実力者なだけはある」

「魔術とか色んなもの込みですけどね。むしろ、そういう魔術なしでここまでやれる透治さんがすごいです」

「まだまだ研鑽途中の若輩者さ。いずれは、剣一つ身一つで竜王を斬ることが目的さ」


 ふっと笑みを浮かべる透治。まだ戦技を使ってこないが、まだ実力を測られていると思った方がいいだろう。

 ならばと、見様見真似ではあるが記憶に鮮烈に焼き付いているあの戦技を、自力でできるところまで再現してやろうと、少し構えを変える。

 戦技は使えないので間合い無視の攻撃はできないが、ならば近付いて攻撃すればいい。


「───竜道リンドウ!」

「むっ!?」


 見様見真似とも言えない脳筋ステータスに物を言わせた『隼』で一気に距離を詰めてから、体の発条を使った下段からの振り上げを繰り出す。

 急によく知っている動きをしたからか少し驚いたように目を見開くが、繰り返し鍛錬したわけでもない見様見真似の技なので完成度は低く、あっさりと受け流される。


竜禍リュウカ!」


 袈裟懸け、薙ぎ払い、袈裟懸け、突き、逆袈裟掛け、薙ぎ払いと連続で斬撃を繰り出し、透治は迎撃するように全てを打ち払い受け流し、回避する。

 見学している師弟たちも騒然とし、透治は驚いたような顔から一転して楽しそうな顔をする。


 距離を取った透治に接近し、重さよりも手数を優先して攻撃を仕掛ける。だがすぐに、ヨミの方から攻撃を仕掛けられなくなり防戦に追い込まれてしまう。

 木刀の長さも重さも同じなので、理論上は手数を同じにすることができるためか、妖鎧武者のように振りが遅くなるため始動を早め後の先を狙うというよりも、多い手数も活かしかつそれでヨミよりも攻撃の始動を早くすることで、相手に何もさせないようにしている。

 あの長刀ですら防戦になったのだ。武器の条件が同じになれば、あの時以上に不利になるのは火を見るよりも明らかだ。


「うっそだろ……」

「ヨミさんがあんなに防戦になるなんて……」

「ヨミちゃん頑張れー!」

「お姉ちゃん、負けたら罰ゲームだからねー!」

「ふむ……是非とも後で手合わせ願いたいな」

「アーネストくんって本当に戦闘狂ね。イリヤちゃんがいたら呆れられてるわよ」

「今頃ゼルの奴、この配信観て死ぬほど悔しがってるだろうなー」

「す、すごい……」


 ノエルたちも押され気味のヨミを見て各々の感想を口にしている。

 シエルとヘカテーはヨミの強さをよく知っているため、魔術などを制限した状態ではあるとはいえ高い筋力を有しているのに、こうして防戦に回っていることが少し信じられない様子だ。

 ノエルは純粋に応援してくれており、少しやる気が漲ってくる気がする。そしてそのやる気を違う意味でシズがあげてくれる。

 アーネストは相変わらず戦闘狂で、美琴がそんなアーネストに呆れ、ゼーレがからからと笑い、アニマは尊敬の念の籠った声を漏らした。


 と、かなり戦いに集中しているはずなのに周りの声がはっきりと聞こえていることに気付き、もしかしたら思っている以上にまだ余裕があるのではないだろうかと疑問に感じる。

 意識的にゾーンに入ったりすることはできないが、集中力を上げることくらいはできる。

 前まではこれくらい集中していると周りの音が聞こえにくくなったりしていたのに、今ははっきりとそれを聞き取ることができるようになっているので、また感覚が人外サイドに進んだのかと自分自身に呆れる。


 袈裟斬りを受け流して少しだけ距離を取った後、短く息を吸って少し集中力を高める。

 ゾーンに入るラインまで遠くなった訳じゃないだろうなと、今までの何度か感じた時間が引き延ばされて、ゆっくりになった世界で思うように体を動かすことができなくなったようなあの感覚が少し恋しくなる。

 強化系をフルで乗せまくった上で奥の手を使うと、流石のヨミも制御ができなくなる。しかしゾーンに入ると、体を思うように動かすことができて制御も容易になる。

 あの感覚に至るまでが長くなってしまうと、下手したらバフガン盛『血濡れの殺人姫』の制御ができなくなってしまうのではなかろうか。


「考え事!」

「うひゃあ!?」


 結構な死活問題だし、どうしようと少し不安に思っていると、こっちのことを知らない透治が鋭い突きを放ってくる。

 首を木刀が掠めていき、素っ頓狂な悲鳴を上げて慌てて離れる。

 これほどの達人を前にして余計なことを考えている余裕はないと気持ちを切り替え、ギアを一つ上げる。


 最初は透治の師弟の、どうせ師範が勝つだろ、という会話は聞こえなくなり、聞こえてくるのは繰り返しぶつかり続ける木刀の音と、異常に鋭くなった聴覚に届く呼吸音と自分の鼓動の音。

 余裕もなくなってきて見様見真似の剣術を使うこともなくなり、ヨミが数多くのゲームをする中で身につけた我流剣術メインで戦い、透治は真剣そのものの表情で木刀を振るい続ける。


 ここまで彼は一度も戦技を使ってきていない。NPCも当然戦技を使うことができ、それが通常の攻撃より高いことも知られている。

 真っ向勝負、平等な剣術勝負をしたいのだろう。それ故に戦技を使ってこない。

 それは、戦闘狂であるヨミにとってはある意味の舐めプと捉えることができ、意地でも一回使わせてやると躍起になる。


 今度は手数を減らして一撃の重さと鋭さを重視し、防御したらバランスを崩してしまう程度の力を込めて木刀を振るう。

 袈裟斬りをするりと受け流され、カウンターで首を狙ってくるが反射で後ろに下がって回避し、胴体を狙って水平に切りかかる。


「ぐっ……!」


 咄嗟に木刀でそれを受け止められるが、メキッ、という音を立てて透治が姿勢を崩す。

 これはチャンスだとすぐに手数重視に戻し、自分がされたように攻撃の始動を相手より早くすることで、相手に何もさせないように封殺しようとする。


「っ……! 緋連雀!」


 鍔迫り合いに持ち込んで上から押し込むような形でヨミが有利を取っていると、透治が戦技を使う。

 源流が天翔流剣術であるためなのか、そっちの戦技を使って来て少しがっかりしたが、それでも相手に使わせたのだから満足することにした。


 緋連雀は鍔迫り合いの状態からでも発動させる、というより鍔迫り合いの状態じゃないと使えない戦技だと推測している。

 首と胴の場所を斬撃が通過するが、エフェクトがかかった瞬間離れたため空振りに終わる。


 すぐさま前に向かって踏み出すと、一回使ってしまったことで吹っ切れたのか再びエフェクトを発生させる透治。

 大上段に構えられてかかっている派手なエフェクト。喰らったら木刀でもただじゃ済まないであろう、高威力の単発重攻撃戦技「竜劫リュウゴウ」だ。


 待機状態にしている『ブラッドイグナイト』でバフをかけ、体の発条と捻りを使って木刀を振り上げると、本当にどうなっているのか竜の咆哮にも聞こえる音を立てて木刀が振り下ろされる。

 二人の木刀が強くぶつかり、僅かな拮抗の末両方とも折れてしまう。

 木刀がこうやって折れるのを目の当たりにして二人とも一瞬硬直するが、すぐに動き出したのはヨミだった。


 小柄なのを活かしてより深く懐に潜り込み、折れた木刀を首に押し当てようとするが、小柄ゆえに体重も軽く押し飛ばされてたたらを踏んで倒れそうになる。

 どうにか持ちこたえて右腕を半身になりながら伸ばすと、眼前に根元にある僅かな刃に当たる部分が迫っており、ヨミの木刀は折れた部分が左胸に押し当てられていた。


「……これは、相打ちですかね」

「そのようだ。あっぱれだ、ヨミ」


 勝つつもりでいたので悔しいが、ぶっちゃけ剣の技量に関してはアーネストよりも上だし、何ならカナタともいい勝負をするほどなので、相打ちに持って行けただけでも上出来とする。


「素晴らしい剣の腕だ。その名がこちらに轟くのも納得がいく」

「ちょっと不本意な名前の渡り方をしているような気がしてなりませんけどね」

「それほど可憐だと、苦労しそうだな。……相打ちとはいえ、私の勝ちでもあり私の負けだ。相打ちだからと反故にするほど、私は腐ってはいないからな。約束通り、晴翔流剣術を授けよう」

「ありがとうございます!」


 これでやっと刀戦技が使える。

 一礼してからそのことにうきうきしていると、ウィンドウが開く。


『バトルアーツリリースクエスト:【竜斬りを夢見た侍たち】が更新しました』

『アイテム【晴翔流剣術書】の解読条件が判明しました。こちらのアイテムを、師範に譲渡してください』


「まーた譲渡するのか。まあいいけど。透治さん、ちょっとこれについてなんですけど」


 晴翔流剣術書をインベントリから取り出して、それを透治に見せる。

 するとすごい剣幕で近付いてきて、肩を掴まれる。


「どこでそれを?」

「あ、あの長刀と同じです。妖鎧武者を倒したら……」

「そうか……」

「これって、超重要なもだったりします?」

「重要だ。もしこれが本物であれば、初代様が直々に書いた原本だ。ここに書いてあるものを全て読み解くことができれば、牙竜天征の習得もできるだろう」

「是非とも解読してください」


 あんなド派手でカッコいい戦技が使えるようになる。そんなのテンションが上がらないわけがない。

 ためらうことなく透治に指南書を渡し、受け取った彼はそれを大事そうに胸に抱える。


「少し時間を貰いたい。指南はその後でもいいだろうか?」

「構いませんよ。まだ時間はありますから。あ、でも二時間以上かかるようなら教えてください。そうなるとボクたち、明日じゃないとここにこれないので」

「む? 分かった。どれくらいで読み解けるのか分かったらすぐに教えよう」


 深く頭を下げてから、透治が道場から立ち去る。

 これで一件落着。これで刀戦技の習得が可能となり、使えるようになったら早速何かで試し斬りをしたい。


「ヨミちゃーん!」

「みゃあ!?」


 できるだけ早く戻ってきてくれよと思っていると、ノエルに飛びつかれる。


「やっぱりヨミちゃんかっこいい! 可愛いのにかっこいいよ!」

「わ、分かった! 分かったから今抱き着くな!?」


 汗はエフェクトとして再現されており臭いまでは再現されていないが、気分的に汗を流した後に抱き着かれたくないので、ノエルから逃れようと抵抗する。

 しかしやはり脳筋からは逃れられないので、影に落ちて逃げる。


「むぅ」

「むぅ、じゃないよ! ノエルだって、汗かいた後にああやって抱き着かれるの嫌だろ!?」

「……そうだね」

「今の一瞬の間は何」


 まさか汗の臭いをかがれるのが好きなのかと問うような視線を向けるが、すぐにいつものノエルの顔になったので、流石にそんなわけないかといらぬ心配を頭の中から放り出す。

 ノエルのおかげで話しかけるという雰囲気が出来上がり、師弟の人たちが次々とヨミに近寄ってきて、手合わせしてほしいと申し出てくる。

 もちろん、戦技だけ覚えるなんて論外なので、立ち回りなどを覚えるためにもそれを了承して、楽しい楽しい連続手合わせに没頭した。

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