二色の王座、二つの神座、零れ落ちるは蒼穹の黄金
好き勝手やってたら100万文字超えてた件
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地下深く。真っ暗で誰もいない、何もいない、寂しく孤独な空間。そこに一体、灰色の巨竜が座していた。
誰もいない場所を選んだのではなく、自ら赴いた場所から全てがいなくなるのだ。自分の体から、吐息から、常に漏れ出る灰は、触れるものに死をもたらすものだから。
地下深くに自らを隠し、そこにいたものを己の灰で死を与え、訪れる余所者にも死を与え続けるその灰色の竜は、灰竜王シンダーズデス。竜王の序列で見れば金竜王の次に力のある竜だ。
「あぁ、そんな……」
シンダーズデスは、悲しげな顔をしてすっと涙を一つ落とす。その涙一つとっても、強力な死が周囲に撒き散らされる。
「金色の
金色は度の竜王よりも自由な王であり、自由であることに囚われすぎて最も自由ではない王だった。
空を飛ぶことが大好きな金色は、自分以外の存在が空にいることが何よりも許せなかった。自分以外の存在が、空を手に入れようとすることが何よりも許せなかった。
自由に空を飛ぶために、少しでも自分の空を脅かす国や存在が現れれば、すぐにそこに向かっては滅ぼしていた。
「次は誰が殺されるのだろうか……。紫の弟だろうか。原色の兄様たちと姉様はまだ倒されることはないだろうから、もしかしたら私なのだろうか……。嫌だ、嫌だ、死にたくない……」
シンダーズデスは、大きな翼で自分の体を隠す。死を操る王であるがゆえに、死がどれほど恐ろしいものであるのかをよく知っている。
絶対不敗で、今後も永遠に竜王による支配の時代が続くと思われていた。900年もずっと続いてきた自分たちの時代が、一歩ずつ終わりへと近づいているのを感じる。
「いや、違う。私たちが人に殺されても、お父様とお母さまは絶対に倒せない。あの方々は神なのだから、人如きに倒せるはずがない。竜の時代は、永遠に続く。私たちが全員殺されても、この世から人を根絶やしにすれば、また産んでくださるかもしれない」
不安定な情緒で、震えて怯えていたと言うのに急に冷静になる。殺されれば死ぬ。死は恐ろしいもの。
それはこの世界に存在するすべての生物の中で一番よく知っているが、同時に竜神を信じ崇めており死んだところでまた産んでもらえると思っている。
そう考えると、すっと恐怖が体から消えていく。死への恐怖が死んでいく。
「次はどこに行くのだろうか。金色の兄様と琥珀の弟を殺した仇は、私が打ちたい。私の死で、発狂させながら始末してやりたい。……でも今はただ、兄様が我らが神の下へ帰ることを見送ろう」
シンダーズデスはそれだけ言い、遠く離れた地からゆっくりと神の下へ帰ろうとする魂を観測し、無事に帰れるようにと祈りを捧げる。
♢
アンブロジアズ魔導王国よりはるか西に存在する、へラクシア帝国。世界有数の美しい湖とかつては評判だったカロスアクラは、今や見る影もなく濁り切っている。
生き物なんて存在できず、その湖の周辺にも草木を含めすべての生き物が存在できないほどの猛毒が充満している。
その湖に住むのは、九つの首を持つ紫の竜王、紫竜王ヴァイオノム。彼もまた、神の下へ帰ろうとする魂を感じ取り、湖から姿を見せ九つの首を上げる。
「金色が死んだ」
「兄ちゃんが死んじゃった」
「あの兄さまが」
「強くて雄々しく美しいあの竜が」
「人を舐め腐っていただけじゃないか?」
「あおのねえさまもいってたね」
「人の時代がやってくるなんて信じられない!」
「竜の時代は永遠だ。神がいれば永遠に続く」
「でももう王は二体も倒された」
九つの首が、それぞれ違う声音で、違う口調で一斉に、各々で好きなように言葉を発する。
鱗と鱗の隙間から、呼吸する口と鼻から、言葉を発するたびに、紫の毒霧が溢れ出てくる。
哀れな何も知らない一羽の鳥が湖までやってきて、霧に触れた瞬間ぐずぐずに溶けて死んでしまう。
「どうなるんだろうか」
「死にたくないなあ」
「兄弟の中で一番弱いからなあ」
「最も硬い金色の竜でも殺された」
「もう、昔のような弱い人ばかりじゃないのか」
「でもでも、しんだらこはくときんのにいさまにあえるよ!」
「人に殺されたら、きっとお父様とお母さまに見放されてしまう」
「嫌だ、それだけは嫌だ」
「いつまでも、あの方々に愛されていたい」
ある首は悩み、ある首は恐れ、ある首は諦観し、ある首は人を恨む。
ある首は人を認め、ある首は先に逝った兄妹を思い、ある首は見捨てられることに怯える。
ある首は死ぬことを拒絶し、ある首は永遠に愛を受けたいと願う。
てんでバラバラな意識がそれぞれの首に宿る紫竜王。しかし共通しているのは、身内に対する愛情と人への殺意と憎しみだ。
二体目の竜王が殺された。これにより紫竜王は人への殺意と憎しみをさらに強める。
大好きな金色も、自分と同じで弱い部類だった琥珀も、人によって殺された。なら、一番弱い自分たちが何が何でも仇を取らなければいけない。
誰が倒したのだろうか。どうやって倒したのだろうか。どうやって殺してやろうか。どうやって会いに行こうか。九つの首を持つ王は、九つの首同士で対話をする。
♢
白は泣き叫んだ。
また自分の子供が死んでしまったと。
黒は怒っていた。
また人間如きに負けてしまったと。
白は問うた。
どうすれば我が子は死なずに済んだのか。
黒は問うた。
どうすれば我が子は人間に勝てたのか。
白は真っ白な涙をこぼした。
この世に産み落とさずにいれば、こんなつらい思いをせずに済んだのに。
黒は真っ黒な涙をこぼした。
この世に産み落とさずにいれば、我が子が死ぬという不名誉を受けずに済んだのに。
白は言った。
やはり、もう我が子を失いたくないから、還って来た魂は己の中に残すと。
黒は言った。
これ以上無様を予にさらしたくないから、還って来た魂は己の中に残すと。
金色の魂が還って来た。愛おしい愛おしい我が子が。人に負けてしまうような愚かで弱い我が子が。
───おとうさま、おかあさま、ごめんなさい。
白は微笑んだ。
なんで謝る? 頑張っていたじゃないか。
黒は睨んだ。
なんで敗れる? この世界の空を与えたというのに。
───ごめんなさい、ごめんなさい。ひとがつよかったのです。わたしがよわかったのです。
白は笑った。
人が強いだなんておかしなことを言う。
黒は怒り狂った。
お前が人よりも弱かっただけだ。人が強いはずがない。
白が頷いた。
そうだ、その通りだ。人に負けるほど弱いお前が悪い。分かり切っている。だから謝る必要がない。
黒が言った。
人に負けるような軟弱は必要ない。恥をさらしたような奴など必要ない。やはり負けた魂など必要ない。
白は言った。
考えてみれば、弱いから負けたのだ。人の世を滅ぼすために産んだのに人に滅ぼされては意味がない。ならそんな魂など必要ない、捨ててしまおう。
小さな金色の魂は縋りついた。追い出されないように。捨てられないように。
しかし縋りついたところで、子は親に逆らえず追い出されてしまった。
───いやです、いやです。おとうさま、おかあさま、どうかわたしをあいしてください。もっとがんばりますから、つぎはぜったいにまけませんから。
縋るように近付く。肉体を失い魂だけどなったそれは、ゆらゆらと揺れながら少しずつ小さくなっていく。
幼子が親に甘えるように縋りつくが、黒と白はそれを拒絶し追い払う。それでも諦めず、小さな金色は何度も縋りついて戻ろうとする。
しかし、何度試そうが愛する親の元へは帰れず。時間だけがすぎていき、魂が小さくなっていく。悲しみに暮れながら、絶望の淵に叩き落とされ小さくなっていく。
───ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。いいこにしますから、ぜったいにまけませんから、ですからどうか、どうか、わたしをあいしてください。
諦め悪く再び縋る。だが黒と白は見向きもしなかった。
そして限界が訪れ、魂が存在できなくなる。
───どうして、あいしてくれないの……───
悲痛に沈んだ最後の一言を残し、魂が消滅する。ただ愛されていたかった金色は、愛を向けられずに一人寂しく消滅する。
六つに欠けた七色の王座は、金色が崩れて五つとなった。
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