第35話 人間社会にうまく馴染んでいる



 愛はまじまじと、それを見つめた。

 愛には基本的に、様々なことがデータ入力されている。人間とはこういうものだ、学校とはどういうところだ……ファミレスは、なにをするところだ。


 大まかには知っている。食事をするところだ。しかし、その詳細までは知らない。そこになにがあって、どういった動きをすればいいのか。

 ただ注文して料理を食べればいいと思っていたが……先ほどのロボットといい、変わったものがたくさんある。


「これで注文……するのですか。人間の店員さんは、来ないのですか?」


「呼べば来るけどね。こっちのほうが、慣れたら楽だよ」


 言いながら、将はタッチパネルの画面を操作していく。

 そこに映し出されたのは、料理の品々だ。わざわざメニュー表を取らなくても、画面に全て映し出されている。ここにあるものを選び、あとは注文ボタンを押せば終わりだ。


 不思議なものだなと思いながら、その横で鈴と将はなにを食べようかと悩んでいた。

 愛はアンドロイドだ、実際には食事は必要はない。が、味を感じる味覚もある……おいしいと感じる気持ちはある。


 食事は必要なくとも、それが楽しい時間になるのであれば、味わいたい。


「じゃ、俺はこれと……」


「私は、これにしましょ」


 そうこう考えている間にも、二人はそれぞれ食べるものを決めたようだ。

 メニューをタッチし、注文準備状態へ。あとは確定ボタンを押せば完了だ。そのあとやることはなく、料理が届くのを待つのみ。


 愛もまた、メニューを覗き込み……選択した品をタッチする。

 三人分の料理を注文し、待ち時間。やることはないとは言っても、セルフで水とスープが貰える。なので、それを取りに行くことに。


 将と愛が席を立ち、鈴は荷物番のお留守番だ。


「ここをこうすれば、水が出てくる。で、こっちはスープをすくって指定の器に入れる」


「了解しました」


 将の説明を受け、愛は作業に移る。

 ファミレスとは、知識にはあったが実際にはこういうものなのか……と周囲を見渡した。


 お昼も近づいているためか、人の数も多くなっているようだ。特に、家族連れが多い。


「通ります。通ります」


「あ、申し訳ありません」


 水とスープを手に、席に戻る途中……愛は、目の前から来るロボットと鉢合わせする。

 それは、先ほど店の入り口で見たロボットとはまた違うタイプのものだ。


 配膳用のそれは、自動で移動している。上には料理が乗っている。

 てっきり人間の店員が料理を運ぶのだと思っていたが……


「注文だけでなくこういうことも、ロボットがやるのですね」


「ま、人件費削減ってやつだろうな」


 まさか、人間社会にロボットがここまで溶け込んでいるとは。

 愛は驚きを隠せないものの、どこか少し誇らしい気持ちになる。アンドロイドとロボット……形こそ違えど同じ機体の仲間だ。その代表として、勝手に。


 そして、邦之助に作られたアンドロイドである自分はロボットよりもさらに上位の存在なのだと、改めて理解する。


「お勤めご苦労様です」


「?」


 愛と将はそれぞれ水とスープを持って、席に戻る。最中、愛は配膳ロボットにお勤めご苦労していた。

 荷物を見てくれていた鈴と交代する形で、席に座った。

 わいわいと賑わってくる店内に、愛は周囲をキョロキョロと見回した。


 先ほど感じた、親子連れが多いのとは別に……男女二人で訪れている人も、わりと多い。

 男女二人で仲良さそうにしている。これは……おそらくデータの中にある、恋人同士のデート、というものではないだろうか。


「……」


 男女二人というのは、周りから恋人に見られることが多い。

 ならば……今、この席に自分と将だけが座っているのを、周りはいったいどのように見ているのだろうか。


「どうかしたか、愛?」


 黙ってしまった愛を心配するように、将が問いかける。

 しまった……将を不必要に心配させてしまった。ここは黙ってしまうのではなく、なにか話を振ることが正解だったか。


 将の問いかけに、愛はふるふると首を振る。


「いえ、初めてのファミレスに圧巻されていただけです」


「ファミレスって圧巻されるようなところだっけね」


「それに……」


 今の自分たちが、周りからどう見られているのかを考えていた……

 そう考え、口を開いて……言葉に出そうとして、口を閉じる。それを、何度か繰り返す。


 繰り返すうちに、言葉が出てきそうになって……しかし、やはり言えないために引っ込める。そのようなこと、言ってどうする。困らせるだけだろう。

 それに……自分は、将との関係をどのように見られたいのだろう。


「お待たせー」


「!」


 そこへ、水とスープを持った鈴が戻ってきた。

 その明るい声に、愛ははっとして口を閉じる。今考えていたことを、首を振って打ち消す。


 その様子に、鈴も首を傾げた。


「どしたの、愛」


「さあな」


 それからしばらく、三人は談笑する。とはいってもほとんどは、周囲のものに興味を抱く愛への説明みたいなものだ。

 そして、昼食を食べたら服選びに繰り出す。愛が気に入ると思う服があればいいが。


 将としては、今日の白ワンピースはめちゃくちゃいいのだが……鈴のお下がりのようなものだし、どのみち私服がそれだけというのも困るだろう。

 愛だけの私服がいるだろう。


「お待たせ致しました。気を付けてお取りください」


 そうこう話しているうちに、注文した料理が届く。配膳用のロボットに乗せられた料理は、おいしそうだ。

 やはり人いらずのその光景に、愛は感心してため息を漏らした。


「人間社会にうまく馴染んでいる……私も、これくらいはできるようにならなければ」


「いや、そこまで対抗意識燃やさなくても」


 それから、三人分の料理が届いたのはすぐのことだった。

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