イエネコは眠らない 5

 そして、キャベツの千切りの山の中央にまずはヘラで穴をあけ、拡げて行き、ドーナツ状の土手を作った御器は、もんじゃの汁をスプーンで器から半分ほど掻きだして注ぎ、溜池デポにして、目をあげた。


「産めよ増やせよ地に満ちよ。それがあなた方の神が、あなた方に求めた言葉でしたね」



 彼らにも宗教があるらしい。それに基づく倫理感も。そして、彼らの崇める神は、彼らと同じかたちをしていないとも。


「我々のカミとは物理法則であり、あなた方の得意な視覚化で表現するのならば、数式がふさわしいでしょう」







 低きは高きへと、自然には流れない。


「だが我々生物は、このもんじゃのように、生きている限り高きを高きに保ち、エントロピー増大の法則に逆らうことができる」


 地球では、鳥が海を渡り、魚が流れを遡行する。その死と生の繰り返しが、低きにある栄養塩を内陸へと、そして高きへと運ぶ。

 

「自身が、自然の一部であるにも拘わらずにです。ホメオスタシス然り、つまり生物は物理法則に逆らうようあらかじめ出来ている」


 ……と、御器は言いながら、両手にもんじゃ焼きのヘラを持ち、熱の入りはじめた汁と具材を炒めながらまぜ合わせ、その高エントロピーぐちゃぐちゃな状態を再び環状の土手をなすよう整然と盛り付け、


「我々は恒星間航行を実用化するまで、たった一つの惑星のなかで限られた資源をめぐり、共喰いをしながら進化しました。やがて芽生えた知性にそれ故の悲しみと苦しみがなかったかと言えば、そんなことはありません。……その点において、現在の地球人類とそう異なるところはありません」


 だが彼らは、救いを、法則カミに祈らなかった。


 ただ、その限界を越えるため、法則カミを従え、己が文明の進化を急ぎ、星の先にある次の新天地ハピタブルゾーンを目指す、恒星間ほしの渡りに出た。


「──すべては、エントロピー増大の法則に逆らって生き、エントロピー増大の法則の内に死せとの、大いなる法則カミの仰せに従って」


 


 高川は言った。


「で、星を渡ってきたあんたらは、この地球を寡占することがおのぞみなかい?」


 御器は、それに否。と言った。


「我々は、地球の原生生物と競合する気はありません。とくにサピエンスとは食性を重ねながらも、異にしていますから」


 と、彼は新品の割り箸を手にし、それを紙タバコでも咥えるように根元まで口のなかにいれ、唇を閉じ、指で五つ数え、それを抜き出した。割り箸だったものは、その間に数十年も風化したように痩せほそり、やや短かくなっている。


 高川がそれを受け取ると、表面には、無数の小さな歯がかじったような傷がついている。


「我々はただ、星の一角を借りるだけです。渡り鳥にも湿地のような、羽根を休める場所が必要なように」


 この太陽系の先にある、さらなる生存領域へとむけた長い渡りの旅にそなえる場所が必要なのですと、御器はそう言って、もんじゃのダムに、器から直接そそいで残りの汁をすべて入れ、火加減を見た。


「どうだかな」高川は言った。「地球人おれからすれば、おなじ内星人からつい今しがた屋形船を横取りしたヤツが、よく言うよって思うけどな」


 すると、御器にも少し顧みるところがあるのか、


「──そうですね。かつての共喰いの習性がそうさせるのでしょう。ですが、相容れない価値観をもつもの同士でも、利害が一致すれば、こうして同じ船に乗れる」


 と、微笑んで、二杯目のビールを勧めた。


 が、高川は、それを辞し、手酌をし、


「多様性の押しつけは、それを侵略って言うんだぜ」


 御器は肩をすくめてヘラを手に、固まりはじめたもんじゃの乳海を撹拌し、火加減をみて、鉄板の上に焼けたもんじゃを薄く拡げた。


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