六 巾着切り

 花見客でごった返す寛永寺の境内を、大店の主らしき男が手代風の男を連れて人波とともに境内の奥へ歩いている。

 境内の奥から町人風の着流しの若い男がふらふら歩いてきた。男から酒の匂いが漂い、ふらふら歩くあまり、大店の主らしき男にぶつかってその場に倒れた。

「すみません。旦那様。勘弁してください。

 もう、あっしは帰りますんで・・・」

 その男は、大店の主らしき男に詫びて立とうとしたが、足元がおぼつかない。

「気をつけてお帰りなさいよ」

 大店の主らしき男は、ぶつかった男が飲み過ぎたと思い、男に手を貸して立たせた。

「いや、すみませんね、旦那様。あっしは立てますんで。お気づかいすみません・・・」

 男は何度も丁寧に詫び、おぼつかぬ足どりでその場から門の方へ歩きだした。そして、大店の主らしき男の後ろを歩いている、女連れの若い男にぶつかった。

「すみません。勘弁してくださいよ。あっしは女房のとこへ帰りますんで。

 いやあ、恋い女房でしてね、これが。

 帰りますんで。すみませんね・・・」

 男は何度も頭を下げて周囲の花見客を笑わせ、女連れの男に詫びてその場から歩きだした。


 その時、いきなり男の腕が後ろ手に捻りあげられた。

「痛えなっ。何をしやがるっ」

 男の口から酔っているとは思えぬ声が響いた。

「巾着を盗ったなっ。私は北町奉行所の同心だっ。神妙にしろっ」

 男の腕を後ろ手に捻りあげて捕えたのは、同心の岡野智永と岡っ引きの鶴次郎と下っ引きの留造だった。

「なんだとっ。俺が何をしたってんだっ」

 男から酒の臭いはするが、酔っていなかった。

「巾着を盗ったなっ」

「どこに巾着があるんでえっ。なんなら、裸になるぜっ」

 男は盗みの白を切って粋がっている。


 そこに、捕らえられる前に男がぶつかった女連れの男と女を引っ立て、八郎と同心たちが現われた。八郎の手には盗られた巾着が幾つもある。

「お前は巾着を盗んで二人に渡し、その後、盗んでいない、とお前は白を切った。

 言い逃れしても、我らが見ていた」

 八郎の言葉で、三人は返す言葉もなく捕縛された。

「岡野、連れてゆけ。二度と巾着を盗めぬよう、利き腕を叩き切ってやれっ

 松原と野村はここにいろっ」

 八郎の脅しに三人は震えあがった。

「はいっ」

 同心岡野智永は岡っ引きの鶴次郎と下っ引きの留造とともに、捕縛した者たちを連れてその場を去った。


「お前さんの巾着はどれだ・・・」

 八郎は大店の主らしき男に、盗られた巾着を確認させた。

「私の巾着はこれでして・・・」

 大店の主らしき男の額に汗が滲んだ。男は膨らんだ紺の紬の巾着を指さしている。弥生(三月)二十日は快晴ではあるが、汗ばむような時節ではない。

 この男は大店の主などではない・・・。八郎は、この大店の主らしき男も巾着切りだ、と睨んだ。

「あの男がお前さんの懐から盗ったのは、これだなっ」

 八郎は、厚みのない浅葱色の木綿の巾着を示した。

「いや、その・・・」

「あの男がお前の懐から浅黄色の巾着を盗るのを、我らは見ていた。

 此奴らも、巾着切りだっ。

 松原、此奴らを引っ立てろっ。

 野村、見廻りを続けろっ」

「はいっ」

 同心松原源太郎と岡っ引きの平次と下っ引きの亀吉は、大店の主らしき男と手代風の男を捕縛して引っ立てていった。

 八郎と同心野村一太郎と手下の岡っ引き達造と下っ引きの末吉は、不審な動きをする者がいないか、花見の人混みに目を光らせた。

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