第25話 作戦の立て直し

「大丈夫かエリス」


「はい、私は問題ありません、ディアナお姉様」



 周囲は慌しかった。


 前衛や他の後衛たちが集まってきたからだ。


 エンリケが逃走して数分後、他の配置の人間が集まってきたのだ。



「ですが、エンリケを逃してしまいました」


「人質がいたなら仕方ない。お前は良くやった」



 ディアナはぽんぽんとエリスの肩を叩いていた。


 エリスは落ち込んでいるようだ。


 それはそうだ。目の前でいわば仲間が連れ去られたのだ。そして、それを止められなかった。悔しく思うのは当たり前だろう。



「エンリケの反応は、ラキア様の探索はどうなっているのですか?」


「エンリケはデコイを一斉に出現させたらしい。特定しようと試みてはいるが難しいそうだ」


「そうですか」



 それもエンリケの能力なのか。ラキアという聖女の守護者は対象の波長を読み取って探索すると言う話だが、それすらあざむく能力はエンリケのスペクターにはあるらしい。



「ふぅ、かなり遅れちゃったわね」



 やってきたのはアルメアだった。


 なぜ、ここに。ドラゴンはどうなったのか。



「アルメア様!? なぜここに? ドラゴンは?」


「あのドラゴンならもう倒しちゃったわ。見た目は怖かったけど邪竜のなり損ないだったわね。案外あっさり倒せたわ」


「そうなんですか」



 エリスは驚愕、俺も驚愕だった。


 アルメアは大したことないみたいに言っているが、あれが俺たちが戦ったライカンスロープとは比べ物にならない怪物なのは分かった。


 それをこうもあっさりとは。


 やはりアルメアの実力は別格のようだ。



「それにしてもこれだけの包囲網を敷いても逃げるなんて、逃げ足だけは相当なものねぇ」


「いえ、私が甘かったです。ドラゴンを出された時に隙を見せてしまった」


「仕方ないわよ。騎士団の人たちを守らないとダメだったんだから」



 前衛も前衛でいろんなことがあったようだ。


 それはそうだ。あんなドラゴンいきなり出されたら現場は大混乱だろう。


 そこから立て直しただけでも大したものだ。


 エンリケという犯罪者はいろいろ不確定要素が多すぎる。狡猾で大胆だ。



「でも、エンリケはこの街から出ることはできない」


「人員を並べ、結界も張ってある。脱出は不可能と言って良いでしょう」


「どの道あいつにとっても状況は良くなってはいないわ。一度状況を立て直しましょう」



 そして、今一度作戦会議が行われることになった。







「捕えられた騎士団員はロバート・キゴール。後衛の西配置についていた。そして、逃走したエンリケの反応はこのシュレイグ全域に50以上ある」



 司教のじいさんは言った。相変わらずの辛気臭い顔だった。ここはシュレイグの街角の広場のひとつだった。


 エンリケに捕まった騎士団員は若手のエースだったらしい。騎士団員は気が気でないだろう。


 そして、目の前の掲示板にはシュレイグの地図があり、そこに法術での光の印が刻まれていた。その印がエンリケの反応がある位置を示しているらしい。


 かなりの数で、そして文字通りシュレイグ全域におよんでいた。


 しかし、いくらなんでも広すぎる。



「エンリケの守護者の顕現範囲100ラーズと言う話でしたよね。これは明らかに顕現範囲を超えています」



 ミリアの言う通りだった。これは完全にエンリケのスペクターの顕現範囲を超えている。



「先ほど、反応のひとつを調べたディアナ殿の話では、あったのはエンリケの守護者、スペクターの残滓のようなものだったようだ。本体から切り離した残骸、そのため顕現範囲の外でも存在できているらしい」


「そんなことまで。本当に汎用性の高い守護者ですね」



 本体から離した欠片にも本体と同じような波長が残るということなのか。


 加えて、身に纏うことでの防御力および攻撃力の上昇、影の実体化、そして影の中への潜伏および影への物体の収納。本当になんでもありな能力だ。守護者としては間違いなく最高位の汎用性だろう。



「捕えられたれたロバート騎士団員の反応も観測できていない。影の中に入ると波長が阻害されるようだ」


「ということは」


「ああ、ひとつひとつしらみつぶしに当たるしかないということだ」



 もはやそれしかないらしい。これだけの人間がいるので可能ではあるだろう。だが、あまり効率的とは言えない。言えないがそれ以外にこのエンリケを攻略する手段はないようだった。



「見つけた人員はすぐさま遠話で全員に連絡。この中でもっとも早いのはディアナ殿だろう。ディアナ殿とは第8聖女セナも行動を共にしてもらう」


「セナの守護者様、ローレライの能力ならスペクターの秘蹟を抑えられるからですね」



 セナという聖女はもともと前衛だった聖女だ。守護者に他の守護者の秘蹟を抑える能力があるらしい。



「そして、イザベル、ミリア、シータの3聖女は街の中央尖塔より全員を遠隔で援護。アルメア殿は発見の報があり次第そちらに『槍』を放っていただきたい」


「了解」



 4人の聖女がそれぞれ応じる。



「エンリケと遭遇しても無理な戦闘は避けるように。できればディアナ殿と第8聖女セナが着くまで引き留めたいが、不可能ならば戦闘を放棄せよ。そのみちデコイをひとつずつ潰せばエンリケは追い詰められる。ラキアも時間をかければエンリケとデコイを見分けられる。これは耐久戦の我慢比べだ」



 司教のじいさんはそう締めた。



「耐久戦か。これは大変そうだな」


「はい、でも頑張ります。かならずエンリケを追い詰める」


「ああ」



 一度遭遇した時のあの真っ暗な目。そして、人の命をなんとも思っていないあの振る舞い。あいつは必ず捕まえなくてはならない。


 ここからはまた違った戦いが始まる。


 心しなくては。

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