第9話 式典と浴場とお姉様
「第6聖女エリスよ。その功績を讃え、あなたを祝福いたします」
「身に余る光栄です。女神に感謝いたします」
大神官がエリスの頭に薄いヴェールをかける。金色の細かい装飾の入った美しいヴェールだった。
「改めて、二つ名持ちのモンスターの討伐ご苦労でした。初めての任務とは思えない快挙です。これからも励み、そうあるように」
「はい。ありがとうございます、大神官様」
エリスはヴェールで顔が隠れた大神官に深々と頭を下げた。
俺はそれを後ろから見ている。
初仕事から王都に帰り一夜明け。
俺たちは今、
二つ名持ちのモンスターというのは思った以上に大きな功績らしい。
大聖堂にはエリスの着任式以上にたくさんの人が詰めかけている。
教会関係者、聖女たち、衛士の他にも王族関係者の姿もチラホラ。
皆、エリスが頭を上げて自分の席に向かうと一様に拍手の雨を浴びせた。
「すごい対応だな」
「はい、二つ名持ちの討伐は大きな功績ですから。
「なるほど」
聖堂の壁にずらりと並べられた木の椅子に座るエリス。聖女たちはこの椅子に座り壁際に並んでいた。
俺たちが席に戻ると大神官が説教を始める。どことなく学校の賞状授与式を思い出させた。異世界でも同じようなものなのか。
「良かったな、エリス」
「ディアナお姉様、ありがとうございます」
席に戻るとエリスに声をかけたのは大人びた女性だった。
エリスと同じローブに身を包んでいる。
エリスよりは年上、先輩の聖女ということらしかった。
「初任務で二つ名持ちの討伐か。私もそれくらい拍の付く成果をあげたかったものだ」
「そんな! ディアナお姉様に比べたらまだまだですよ」
「そうでもない。聖女になりたてのころは大した成果を出していなかったからな。おっと司教が睨んでいる。あとで話そう」
そう言うとディアナという聖女は静かになってしまった。
なるほど確かに演説する大神官の向こうのじいさんが睨んでいた。
それなりに距離は離れているが良く見えるものだ。
それにしても、褒められると俺の方まで照れる。曲がりなりにも俺も戦ったのだから。
あのあと俺たちが村に戻ると子供は泣くわ、村長は平謝りだわでかなりの騒ぎだった。
やはり、村の人間はあのライカンスロープがそんなに危険なモンスターだと誰も認識できていなかったらしい。やはりライカンスロープの演技があったのだろう。
そしてたっぷりの謝罪とたっぷりの感謝をもらい、翌朝俺たちは夜遅く村を発ったのだった。
(それにしても....)
俺はぐるりと周囲を見る。
壁に沿うように整然と並んだ聖女。
彼女たちはみな守護者を出している。それが式典の習わしなのだそうだ。
真横のディアナは重装兵士のようなゴツい守護者だ。手にハンマーを持っている。
騎士のようなもの、天使のようなもの、美しい鹿のようなもの、武器そのもののようなもの。様々だった。
様々だったがス○ンドみたいなのはいなかった。
(こんなの俺だけじゃねぇか!!)
周りの誰もドレッドヘアみたいなやつはいない。みんなファンタジーの精霊らしい外見をしている。
俺なんか両ひじ両ひざにスペードマークが引っ付いてて、頭にはスペードがびっしり入ったバンダナを巻いているというのに。
(完全に『女神が考えた妄想のスタ○ド』じゃねぇか!)
俺は心の中で叫んでいた。
大神官が声高に女神を讃えている。
その女神によって俺はこんな紛い物のスタ○ドみたいな姿になっているのか。
俺はだんだんなんか恥ずかしくなってきた。
そんな風にして式典は終わっていったのだった。
そして、式典を終えて場所は変わる。
暖かい空間、水の音が響き、湯煙によって視界はぼやけている。
視界はぼやけているのだろうが俺の視界は真っ暗だ。目を閉じているからだ。
ここは浴場だった。
「疲れただろう、エリス。ゆっくり休むと良い」
「ふふ、ディアナお姉様ほどではありませんよ」
俺の目の前ではエリスとディアナが仲良く入浴している。聖堂でのディアナのプロポーションを見るに眼前に広がる光景は押して測るべしといったところだった。決して見はしないのだが。絶対に見てはいけないのだが。俺は寡黙に目を閉じてそれっぽいポーズで空中に静止している。
どうやらディアナとエリスは実の姉妹のように育った間柄らしい。とても仲が良さそうだ。
「あのうっかり屋のエリスがとうとう正式な聖女か。姉貴分として喜ばしいぞ」
「私もです! ようやくディアナお姉様と肩を並べて勤めに励むことができます!」
見えないがエリスがニコニコしていることだけは分かる。
「それも、初めての任務で二つ名持ちを討伐とは。上の人間たちは期待していたぞ。エリスとその守護者は将来有望だと」
「今までが今まででしたからね。これから遅れた分を取り返るように頑張ります!」
「遅れてはいないさ。エリスは今までだって頑張っていたんだから。守護者の発現ばかりは努力でどうしようもないからね。その分エリスは法術を懸命に訓練していたじゃないか」
「それでもまだまだですよ」
2人は仲睦まじく会話している。本当に姉妹のようだ。
エリスの身の上を聞くに天涯孤独みたいなイメージだったが、ちゃんと一緒に生きてきた人たちはいるのだ。なぜだかこっちまで安心してくる。
「エリスの実力なら今度の任務にも声がかかるかもしれないな」
「任務ですか?」
「ああ、今度シュレイグで大きな任務がある。実力のある聖女みんなに声がかかるはずだ。エリスならそのうちの1人になるかもしれないな」
「そ、そんな。ディアナお姉様が呼ばれるような任務に私なんかが....」
「自信を持てエリス。お前は十分な成果を出したんだよ。もう、卑屈になることはない」
「そ、そうでしょうか。ありがとうございます、ディアナお姉様」
どうやらこのディアナという女性は本当にエリスを大切に思っているようだ。実の姉のように。ここまでの話を聞くに聖女というのはどうやら複雑な人生を送るようだ。その中で肉親と呼んで良いほど深い絆を持てる間柄というのは得難いものだろう。
俺のディアナに対する好感度は実に良かった。
「本当に立派になったエリス」
「もう、言い過ぎですよディアナお姉様」
「本当に.....ここなんか特に。どうなってるんだ最近のお前は。何を食べたらこんなに....」
「キャアっ!! どこを触ってるんですか! ディアナお姉様!!!」
「いやぁ、立派だ。もう私より大きいんじゃないか?」
「もう!! そういうことはやめてくださいっていつも言ってるでしょう!!」
俺は眼前で何が起きているかを想像することはしなかった。
ただ無。俺の心は無。なにも割り込まず、何にも乱されない。明鏡止水の心。武術の達人をイメージし、俺は耳から入る一切の情報について深く考えることをやめた。
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