第4話 スライムとの戦い
「いい景色ですね、マコト様」
「そうだな。確かに」
目の前に広がっているのはなだらかな丘陵地帯。小高い緑の丘がいくつもつらなり、絵本の中の景色のようだった。
俺たちはその中を走る一本の街道を進んでいた。
「モンスターはこの先か?」
「はい、あの砦の跡の下あたりに現れるそうです」
エリスが指さしたのは二つほど向こうの丘の上に立つ廃墟だ。昔は砦として戦争に使われていたのか。
ともあれ、もうすぐ目的の場所なのだろう。
「ですが、モンスターが全然居ませんね」
「いない? こういうものじゃないのか?」
「いえ、普通はもう少しは出るものなんです。人間の知識がない若いモンスターが街道に迷い込む。なので商隊には護衛の冒険者や戦士がつくのが基本なんですが」
この世界の知識なんてなんにもない俺にはよく分からない。
とにかくエリスの知る常識からするとあまりに静かすぎるらしい。
「おかしいです。まるで何かを恐れているみたいに誰もいない」
「目的のモンスターか?」
「その可能性は十分にあります」
話によれば俺たちが倒そうとしているモンスターはライカンスロープらしい。二足歩行のオオカミのモンスター。この世界ではメジャーなモンスターなのだそうだ。ありふれたと言って良いのだろう。
ただ強さだけは折り紙つきらしく、立ち向かったものはただではすまず、命からがら逃げ帰ったものばかりだったそうだ。
「少し強いだけのライカンスロープを他のモンスターがこんなに避けるなんてことは....」
エリスが言いかけた時だった。
「なんか出たぞ!」
俺は叫んでしまった。
目の前の地面から突如として緑のヌメヌメの粘液が吹き出したのだ。そしてそれはやがて塊になり、その真ん中に顔らしきものが浮かび上がった。
「スライムです!」
「え!? これが!?」
なるほど確かに粘液の塊、スライムといえばそうかもしれない。
「これがスライムなのか....」
だが俺はガッカリだった。
頭の中のスライムのイメージ。それは、ドラ○エに出てくるようなかわいいスライムなのだ。
このスライムははっきり言って気持ち悪かった。あまりに解釈違いだった。
「大丈夫ですか? マコト様。なんだがすごくガッカリしているような」
「いや、大丈夫。こっちの問題だ」
「なら良いのですが。スライムは戦士が最初に戦うと言われる下級モンスターです。マコト様と私の良い肩慣らしになるでしょう」
「了解だ」
何はともあれ戦闘開始ということらしい。
が、どうすれば良いのか。そもそも昨日まで32歳の普通の会社員だった俺はモンスターとの戦い方など分からない。
そんな俺の横でエリスは杖を中心に両手の平を組み、祈りのポーズを取った。
「女神の使いよ、私を守りたまえ」
エリスが言う。その途端だった。体からみるみる力が溢れるのを感じた。
「これでマコト様は顕現しました。存分に力をお振いください。私も祈りと法術で援護します」
お振いくださいと言われても俺には分からない。だが、分からないと言うわけにもいかない。
俺は守護者で、守護者はこの世界で一級の力なのだ。そんな守護者が戦い方が分からんなどと言えようか。エリスの夢がぶち壊れること請け合いだった。
そんな風に俺が迷っていると、
『!!!』
スライムが不意にその体から粘液を飛ばしたのだ。
この粘液を飛ばすのがこいつの攻撃手段らしい。
しかし、それより驚くことがあった。
その粘液の攻撃、それは俺にはまるでスローモーションのように見えた。
遅すぎる。あまりに遅すぎた。
粘液は明らかにエリスを狙っていた。
なので俺はその遅すぎる粘液を手で払い除けた。
「こ、この!」
粘液は一瞬で吹き飛んだ。
飛沫は地面に当たると煙を上げていた。酸かなにかなのか。
「す、すごい速度です! これがマコト様の力...!」
それを見たエリスは目を輝かせていた。
いや、俺は手で払い除けただけなのだが。
しかし、あのスローモーションな感覚からすると、ひょっとして一般人には目にも止まらない速さなのか?
いまいち分からない。
分からないが、スライムはまた攻撃態勢に移ろうとしていた。ぶよぶよ体を動かしている。
そうはさせまいと俺はスライムをなぐりつけた。
「このヤロウ!」
その瞬間だった。
スライムはすごい音を立てて弾け飛び、そのまま拳は貫通して地面に大きな陥没を作ったのだ。同時に轟音。2、3mはあろうかというクレーターが地面に生まれた。
「す、すごい。ただのパンチでこんなに...!」
エリスは再び驚いていた。
よく分からないが相当すごいらしい。この世界の基準は分からないがそうらしい。
少なくとも俺基準で言えばわけが分からなかった。俺の拳が地面をぶち砕いたのだ。冗談としか思えない。
ともあれ戦闘終了か。ワンパンも良いところだった。
「こんな感じで良いのか?」
俺はとりあえずエリスに聞くが。
「マコト様!!!」
エリスが叫ぶが早いか足元のスライムの破片がもぞりと動くやまた粘液を放った。
しまった、まだ生きていたのか。
粘液は間に合わずエリスに飛んだ。
俺はスライムの破片ごと殴りつけるがいくつかの飛沫がエリスに届いてしまった。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です! これくらいはなんとも」
そう言うエリスだったが、服の胸元が溶けていた。つまり胸元があらわになっていた。
「す、すまん!」
俺はあわてて目を逸らすが逸らしてばかりもいられない。エリスは大丈夫なのか。
眩しい肌色にとらわれないようにしながらエリスを気づかう。
「大丈夫です。この法衣は特別性なんですよ。Aランクまでの魔法を無効化して、Bランクまでの物理攻撃も一度まで完全に防ぎます!」
エリスは得意げだった。どうやら本当に大丈夫そうだった。
「それに見てください。こうやって自動的に修復するんですよ!」
エリスはえへんとばかりに豊かな胸元を俺に突き出してくる。
俺は目を逸らすしかなかった。
どうやら目の前で法衣が自己修復しているらしいが見ることはしなかった。
「マコト様?」
「空が青いな」
俺は高い快晴の空を見ながら言った。
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