第2話 エリスのこれまでとこれから
大聖堂での着任式を終え、エリスと俺は廊下を歩いていた。いや、俺は浮いていた。どうでもいいが。
ここは、リスキル連合王国の王都アイズの大聖堂らしい。この守護者とかいう精霊に転生してまだ半日といったところか。この世界どころか自分がいる場所についてもろくに分かっていない。
「ふぅ、緊張しました。これで私も晴れて、ようやく正式な聖女の仲間入りです」
エリスは嬉しそうに言っていた。
「今まではそうじゃなかったのか?」
俺は努めて厳かな感じで言った。聖堂中の人間が俺を守護者としてあがめたてまつったのだ。エリスなんてものすごい憧れの目で俺を見ている。普通の32歳のおじさんみたいなしゃべり方だと夢を壊す気がしたのだ。
「はい、私は長らく聖女代理として過ごしてきました。『第6聖女』の肩書を持ちながら正式な聖女ではなかったんです」
「正式な聖女でない?」
「はい、聖女は守護者様を現して初めて正式な聖女として認められるんです。生まれたときに守護者様を現わす資格を示す聖痕を持つものが聖女として王立教会に仕えます。私は今の王様の世代で6番目の聖痕を持つ子供でした」
どうやら思ったよりも複雑なシステムらしい。生まれたときに聖痕とやらを持った子供がこの国の教会に引き取られるとかそういう話のようだった。そして、俺のような守護者を出現させるまで聖女見習いのように過ごし、守護者を出現させられたら正式に聖女として国だの教会だのに仕えるという感じか。思ったよりも聖女というのも守護者というのも大層なもののようだ。
「ですが、普通は12歳前後で守護者様は現れるんです。早いものなら5歳で現れた聖女も居ます。ですが私は今年で16歳。聖女としてはかなり遅い方で、今日まで自分の至らなさに悩む日々でした」
なるほど。どうやらエリスが俺を出現させたのは聖女の平均からするとかなり遅い方らしい。他の聖女が次々と守護者を出現させるのを横目に思い悩む日々が続いたのだろう。なんにしても『遅れる』というのは嫌なことに違いない。
「だから! 本当に嬉しかったんです! マコト様が現れたとき! やっと私にも守護者様が現れてくださった、やっと私も聖女になれるって!」
エリスは本当に嬉しそうだった。
「人々を救う聖女の仕事って憧れで、でもどうしてもなれなくて、悔しくて、悲しくて。だから、マコト様が現れてくださって本当に良かった」
「喜んでくれたなら何よりだ」
「それに、明確な意思のある守護者様だなんて! 800年前に世界を救ったあの大聖女ジゼルと同じなんです! 本当にすごい! マコト様はジゼル様の守護者様と関りがあるんですか?」
「特にない。申し訳ないが」
「そうなんですね。全然大丈夫です!」
エリスは実に元気が良かった。それほど俺の出現が嬉しかったらしい。前の志乃田マコトの一生ではこんなに人に喜んでもらったことはそうなかったのでこっちが戸惑うほどだ。せいぜい同僚の予定のために休日出勤を代わった時ぐらいだろうか。
「これからよろしくお願いしますね!! マコト様!」
エリスは嬉しそうな満面の笑みで言った。この子はようやく夢が叶ったのだ。夢らしい夢なんかなかった俺には分からないことだ。だが、見ていてこっちも嬉しくなる笑顔だった。
「さぁ、明日から聖女のお仕事です! 頑張るぞー!」
やる気満々のエリスはようやく自室に戻ってきた。大聖堂の中にあるエリスの暮らす部屋。綺麗な装飾の入ったドアを開け、エリスはようやく落ち着ける空間に戻ってきた。
明日から聖女の仕事。つまり、守護者の俺も一緒に働くのだろう。なにをするのかは知らないがやるしかないのか。というか、それが俺のこの世界での役目なのか。いきなり死んで、いきなり転生させられて、気づけばファンタジーな世界でス○ンドになっているなんてわけが分からない。わけが分からないがしばらく流れに身を任せるしかないだろう。
それにこの数時間で分かったがエリスはものすごく良い娘だ。屈託がないし、無邪気過ぎるほど無邪気だし、俺の主がこの娘で良かったと思う。
「ふぅ」
そんなことを俺が考えていると、唐突に衣擦れの音が響き始めた。
目の前ではエリスがローブを脱ぎすて、さらにその下の法衣も脱いでいるところだった。
それはそうだ。自室に戻って明日は仕事なのだ。動きやすい服に着替えて明日への英気を養うのだろう。
しかし、おじさんにはあまりに刺激が強すぎた。
俺は静かに目を閉じるのだった。
「あ、マコト様見てください。この胸のが私の聖痕なんですよ。あれ? マコト様?」
エリスはまるで抵抗なしにそんなことを言っている。それはそうだ。エリスにとって俺は女神より送られた大精霊。生まれたままの姿の少女を見てあれやこれやと思うなんてまるで思っていないのだ。そして、俺はそのイメージを守らなくてはならない。夢を壊してはならない。そして、エリスが離れるに離れられない守護霊の中身がおじさんだなんて恐怖でしかない事実を悟らせてはならない。なので、俺がすべきなのはただ何も考えないことだった。
「見なくても分かる」
俺は厳かな声でそう言った。
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