第五話 俺達と女の子達が情報共有して下半身不随の女の子を救済する話

 七日目の早朝、俺達は村長宅のアースリーちゃんの部屋にいた。

「……ん……ぅん……」

 彼女が寝返りを打つと、窓から差し込んだ日差しが彼女の目を覚まさせた。

 俺達が『U』字型に背を伸ばして、彼女の横顔を見ていると、彼女は毛布の口を両手で持ち上げ、自分が全裸であることに戸惑いを見せた。

 それからすぐに、彼女は俺達の方を向いて、少しだけ驚いた。

「あっ……! やっぱり、夢じゃなかったんだ……」

 彼女は呟くように言った。俺達が彼女の顔に近づき、顔色を伺うと、彼女は両手でそれぞれ俺達の頭を撫でた。

「ありがとう……触手さん。私を止めてくれて…………。それに……元気付けてくれた……んだよね?」

 その質問に答えるように、ゆうは彼女にキスをして、右頬に頬ずりをした。

「私……本当にどうかしてた……。今思えば、バカなことだって分かるのに……昨日の私、ううん、昨日までの私は、どんどん悪い方に考えちゃって……自分で自分を追い詰めてた。あなたがいなかったら……私……っ……」

 アースリーちゃんは、言葉に詰まりながら涙を浮かべ、俺達に抱き付いた。その勢いで、俺達の体に彼女の涙が零れ落ち、堰を切ったように、彼女の目から涙が溢れてくる。

 俺達は、それぞれ両頬の涙を舐め取っては頬ずりし、彼女を慰めた。

「ありがとう……ホントに……ありがとう……! とってもとっても優しい王子様……!」

 彼女の両腕に力が入り、俺とゆうのそれぞれの体は、くっつきそうになる。

 彼女の涙はしばらく止まらなかったが、その眩しく輝く笑顔を、俺達はずっと見ることができた。本当に良かった……。

 結局は彼女の気持ち次第なのだ。俺達は、それを別の方向から、少しだけ手助けしたにすぎない。そういう意味では、俺達にとっては賭けだった。まあ、ダメならずっとここにいただろうな。彼女のあんな姿はもう絶対に見たくないから、ずっと慰めていたはずだ。

 現実逃避? 問題の先送り? 俺達がそれを見たくない、以上。自己満足で大いに結構。

 しかし、結果的には彼女を元気付けられたし、何とかなりそうだ。俺は、机の書き置きを、そろそろ泣き止みそうなアースリーちゃんの目の前に持っていった。

「これ……あなたが書いたの? すごい……。イリスちゃん……そうだったんだ……。うん、分かった。彼女にすぐにでも会いに行く」

 アースリーちゃんは、何の疑いもなく俺達の言葉を信じ、前向きに行動する決意をした。

 しかし、その決意に水を差すようで悪いが、俺は床に用を足し、その砂で追加のメッセージを体に貼り付けた。

『午後までにイリスちゃんが迎えに来る。家で待っていた方が良い』

「ええ⁉ そんなこともできるの? そっか。入れ違いにならないように、私が待ってればいいんだ。ふふっ、気持ちが先走っちゃったね。すごく不思議。自分から動きたくて、うずうずしてる。触手さんのおかげ。触手さん、大好き」

 俺は、吸着した砂を床に落とし、再度メッセージを体に貼り付けた。

『ありがとう。みんなが君を大切に想っている。もちろん俺も』

「うん。ありがとう……。私、今すごく幸せを感じてる。あなたがいるから……。ずっとここにいてほしい。私が両親を説得するから」

 アースリーちゃんは、俺達に告白のような台詞を言った。彼女を幸せにできたのなら、それに越したことはないが、ずっとここにいるとなると、触手としてのリスクは避けられない。

『それについては、少し待ってほしい。策を講じる必要がある。俺は一旦、森に戻る。何はともあれ、イリスちゃんと会ってから。また午後に会おう』

「う、うん……。分かった。あなたの言う通りにする」

 アースリーちゃんは少し残念そうにしていたが、素直に言う事を聞いてくれた。

「アースリーちゃんって、愛が重いタイプなのかな? 見た目はそうでもないのに。あまり依存させないように立ち回らないと、メンヘラになっていつか刺されるかもよ。ミスター触手さん……って、あたしも完全に当事者だから他人事じゃないけどね」

 ゆうは、冗談めいた口調で言った。

「あそこまでの精神疾患から復帰した反動と影響で、躁鬱に変化した可能性はある。いずれにしても、まだケアが必要だな。しかも、かなり上手くやらないと、台無しになりかねない。イリスちゃん、何とかしてくれー!」

 イリスちゃんは天才も天才、真の天才だ。記憶力が良いだけ、計算が速いだけ、問題を解くだけの、他者の感情の機微を察せないような、ギャップ萌えのためだけに作られたツッコミどころのある架空の天才とはわけが違う。彼女なら、単に解決策を提示するのではなく、相手の気持ちに寄り添って、一緒に問題解決に導いてくれるだろう。

 ただ、その真の天才にさえどうにもできなかった存在が、あとに控えている。ユキちゃんだ。今でも二人は会っているのに状況が改善しないのだ。天才なのを隠していることもあって、無闇に手を出せないと言った方が正しいのかもしれない。出したらその瞬間に壊れてしまうような危うい状況とか。

 その場合、俺達がイリスちゃんにとっての『デウス・エクス・マキナ』だ。複雑な状況を神の力、天の力で解決する。逆に俺達が彼女のことをそう思っていたのに……。それはそれで良いコンビか。もちろん、これは演劇ではないので、つまらないからという理由で、『機械仕掛けの神』を呼ばない選択肢などイリスちゃんにはないし、むしろ積極的に俺達から出ていきたい。

「それじゃあ、森の中で、後回しにしていたスキルを取得しよう」

 アースリーちゃんには、俺達の事は両親に話さずに、『十分睡眠を取ったらスッキリした』と説明するよう伝え、俺達は彼女に別れを表して、その場から触手を消した。あらかじめ、触手を一本だけイリスちゃんの家の屋根に配置してあったのだ。

 実は、アースリーちゃんが気絶する三十分ぐらい前に、イリスちゃんがトイレに出てきたのだが、触手が一本しかなく、アースリーちゃんに神経を注いでいたので、聖水を飲むだけに留めた。とは言え、イリスちゃんからのクローズド・クエスチョンで、状況の詳細は把握してもらった。

 その頃には、元気付ける目処が立っていたので、『ありがとう、触手さん。明日午後、アースリーお姉ちゃんと二人で会いに行くね』と彼女からお礼の言葉を受け取り、会う約束をした。村長が言っていた冒険者に狩りを頼んだという話を考えると、午前は俺達の時間が取れないはずだ。




「取得するのは『少再生』の次の『触手の尻尾切り』だ」

 二回レベルアップしたので、レベルは五。先に『少再生』を取得して、今に至る。

「『触手の尻尾切り』、スキルによって増やした触手を選んで、ノーダメージで切り捨てる。切り捨てた触手はその場に残り、動かせなくなる。また、切り捨てた本数だけ、五分間、増やせなくなる」

 これがあれば、かなりリスクを減らせる。戦闘でのリスクもそうだが、裏のメリットとして、死んだフリができるので、戦闘相手だけでなく、それを討伐の証拠として持ち帰った先さえも騙せるのが大きい。低レベルで最も欲しかったスキルだ。

「『少再生』はダメージがあるから試せないけど、これは試せる。説明もほとんど被ってるから、『少再生』の検証にもなるはずだ」

「えーと、この次のスキル候補は……隠密系だから『影走り』『短超感覚』……って、もうここからは『忍者』サブタイプになるの?

 ……で、その次に共通スキルの『中透明化』『中縮小化』かー。『中透明化』は『短透明化』の派生だから、実質『中縮小化』のみ。流石に五メートルは長いから、早く何とかしたいんだけど。『中』は効果が一時間で、『長』は六時間。ずっと短いままでいたーい!」

「それは俺も思ってるが、『短』『中』『長』の間隔が短いのはスキルツリーの設計として、おかしいし、『長』のあとが完全習得として、クールタイムなしの時間無制限だが……まあ、『中』でも十分役に立つさ。むしろ、俺からすればそれ以上いらないね。事前によく作戦を練れば、という前提で」

「なんか、先が見えてるからやきもきするというか、いっそ見えない方がある意味で気が楽というか、でもそれはそれで不安だし……」

「これはゲームの話だが、スキルツリーを嫌がるプレイヤーは少なからずいる。

 ゆうが言った理由に加えて、無駄で面白くないスキルが存在するという意味で、理由は次の通りだ。

 設計が甘い、

 自由度が少ない、

 終わりが見えてつまらない、

 スキルポイントの割り振りが面倒、

 全て取得できる場合はキャラの個性がなくなる、

 逆に全て取得できないと嫌、

 単に見づらい、

 単に操作が面倒、

 没入感を阻害される、とかだな。

 これらの中でも、俺達のスキルツリーや顕現フェイズに当てはまるものがあるな。

 俺達の場合は、ゲームではなく、生物としてこの世界でどう生きるかであって、タイプやサブタイプで分けていることからも、スキルツリーというより、進化ツリーに近い。

 だから、スキルを全て取得できないし、順番が決まっている箇所もあるし、何よりその進化が自然でなければならない。突然変異は淘汰されるし、そうでなければチートだからだ。何が言いたいかというと、『仕方がない』ということだな」

「後半の話は、低レベルチートスキルの説明でもう分かってるけど、結局、好みや感情の問題ってことね」

「もちろん良い面もある。あのスキルを早く手に入れたいから、あと少し頑張ろう、みたいな動機に繋がる。『触手の尻尾切り』は、まさにそれだ。俺達はこれを早く手に入れる必要があった。急いで試そう」

「おっけー。」

 俺達は早速スキルの検証に入った。




 村では、朝食の時間から二時間ほど過ぎて、大人達が仕事で外に出たり、世間話をしているようだ。

 その頃、検証を大分前に終えた俺達は、村監視用を除く全ての触手を、森の限られたエリアに分散させて待機していた。村長が話していた女冒険者が宿屋から出て、森に向かってきたからだ。俺達の目撃情報は夜のはずだが、明るい内にケリを付けられるならそれで良しということだろう。

「チートスキルは持っていないようだから、作戦通りに行こう。ふむ……金髪ロングが眩しいが、表情は曇ってるな。元気がないみたいだ。蛇が怖いというわけでもないよな……。せっかくだから、しっかり元気にしてあげよう」

「『触手の嘆き』って自動で警告してくれるのかな? それとも意識しないとダメ?」

 ゆうは、チートスキル警告について、大事な危機意識を持っているようだ。

「分からないな。自動じゃなかったら困るから、これまでも今も意識はしていた。チートスキルを持っていない場合は、対象の頭上に『不明』って表示されるから、自動でそうなってくれたら嬉しいんだが……。

 例えば、最初に会った時にチートスキルを持っていなくて、二度目に会った時にチートスキルを取得していた場合を考えると、毎回確認しなければいけないのかと思うし、『不明』っていうのも、ちゃんとスキルの説明を理解していれば問題ないが、チートスキルの内容が『不明』なのか、チートスキルを持っているかどうかが『不明』なのかが、一目で分かりにくい。

 実際は後者で、これは他の触手が邂逅していないために、チートスキルを持っていないとは断定できないから、そういう表現になっているが、それを理解できるかが問題だ。チートスキル持ちと早くから邂逅していれば、その違いもすぐに分かるが、この世界でレアな存在であることから、そういう気付きは得られない。

 説明では、内容が『不明』の場合はチートスキル警告のみが表示されると書いてあるから、区別されるはずだが不安は残る。今度、触神様に提案してみるか」

 俺達がそう話していると、女冒険者はいよいよ森の中に入ってきた。武器を持った相手と初めて対峙することになるので、『触手の尻尾切り』が欲しかったのだ。

 俺達は、今まで傷を負ったことがない。もちろん、体が切断された場合にどうなるのかなど分からない。触神様も、人間については『一メートルは一命取る』とまでで、詳細は教えてくれなかったが、ヒットポイント制じゃないことから、触手が切断されたら多分死ぬ。たとえそれが増やした触手だとしても。

 しかし、イリスちゃん以外の女の子に接触しようと決めた時には、すでに狩りに来られる覚悟はできていた。だからこそ、スキル取得を急いだ。かと言って、真っ向勝負をする気はない。スキル面でも戦闘経験面でも絶対に勝てないからだ。

「俺が合図したら、正面に出てくれ」

 俺はタイミングを見計らった。女冒険者は、剣を抜いたまま森を進んでくるが、俺達の有利な場所で作戦を実行したい。そのために、人が通りやすいように、草を身体である程度踏み慣らしておいた。

 土が見えている所は、足跡のように俺達の痕跡を残した。離れた場所で草むらを掻き分ける音も鳴らした。勘の良い冒険者なら、誘っていることに気付くかもしれない。

 ただし、それは相手が人間の場合だ。さらに頭が回る者であれば、人間が大蛇またはそれに似たものを操り、誘っている可能性も考えるかもしれない。それでも俺達は、ある場所に誘う。

 触手が人間を襲う時に有利な場所?

 違う。あえて不利な場所に誘っているのだ。触手は隠れられる場所が多いほど、死角から攻めることができるので有利だ。普通の触手なら本体が一つの所にあって、そこから動かずに触手をあっちこっちに伸ばす。したがって、触手を止めるには、伸びてくる先に注意を払い、そこを目指して本体を叩くのが、対触手生物戦のセオリーだ。

 しかし、それが少し開けた場所で、その先から触手が伸びていたらどうだろう。横の死角から攻められるような木々もなく、あっても遠くて、明らかにそこに触手は伸びていない。

 すると、戦場となるのはそれ以上先で、そこに誘っているまたは本体があるのだと錯覚する。

 それには、俺達が大蛇だと思われていない方が良いので、早めに顔を出す。

「いま!」

 女冒険者が、開けた場所で中央の手前、三割ほど差し掛かった瞬間、ゆうは正面からゆっくりと顔を出した。その触手は三本。木の枝の隙間や草むらから、妖しい動きをする。涎も出しているようだ。

「⁉ …………触手⁉」

 女冒険者は驚きと共に、戸惑いの声を上げた。『それじゃあ、大蛇は一体……』と思ったかもしれない。しかし、もう遅い。

 俺は、あらかじめ彼女の後方に配置しておいた触手の縮小化を解き、体を伸ばして剣の柄の先を思い切り突いた。

「なっ……!」

 すると、彼女の右手から剣がするりと抜け、地面に落ちた。

 ゆうが突然顔を出していたら、警戒して両手で持っていたかもしれないが、ゆっくりと触手が見え、しかも距離があったため、油断したのだろう。

 今回は決意と行動の間を短くしたのではなく、決意する直前から瞬間を狙った。歴戦の猛者なら、戦闘時の思考速度や反射速度が速いはずだから、思考停止時間が稼げず、隙にならない恐れがあるためだ。思考や身体の動きの切り替え直前となり、単に反応が少し遅れる程度だが、それで十分だった。

 これまでは、音を出させないよう、周囲に気付かれないようにしなければならなかったが、今は多少騒がれても暴れられても困らない。森には他に誰も入っていないからだ。

「くっ……!」

 女冒険者が剣を拾おうとする間もなく、俺は両手を拘束し、持ち上げた。同時に、彼女の両足もゆうが拘束する。そして、正面の触手を回収し、すぐさま追加で両手両足をぐるぐる巻きにした。

 今回は、いつもと役割を交代し、俺が口を塞いだ。前回のアースリーちゃんでゆうが味をしめた……のではなく、今回は抵抗が激しいかもしれないので、早めに大人しくさせるために同性のゆうが責め立てた方が良いだろう、という話を前もってしていた。

「よし。始めよう」

 そして、女冒険者の嬌声が森の中の俺達だけに響いた。




「う……ん…………⁉」

 女が目を覚ました。剥がされた服はいつの間にか身に付けていて、その腕の中には、切断された俺達の死体があった。

「な、なんで…………」

 女は上半身を起こし、俯きながら『俺達だったもの』を抱き締めた。彼女の両肩は震えているようだった。

 しばらく経って、彼女は両腕をそのままに立ち上がると、辺りの様子を注意深く見て回り始めた。何かを探しているようだったが、それもしばらくすると、諦めて防具を装備し直し、触手の亡骸を持って、とぼとぼと帰っていった。

「上手く行ったの?」

 ゆうが半信半疑で俺に聞いてきた。

「アレを持ち帰ってくれたってことだけでも成功だ」

『触手の尻尾切り』は、触手の任意の場所を文字通り『切り捨て』られる。『切り捨て』なくても、丸々亡骸にできるのも便利だ。

 俺達は、俺の頭の方から順番にいくつか切り捨てていき、女の身体に置いて、最終的にはゆうが『少再生』で完全に俺達の体を元に戻し、女にはその場を去ってもらった。したがって、亡骸には片方の頭がない。

「『少再生』、スキルによって増やした触手を選んで、切断面から再生できる。切断された先の触手はその場に残り、動かせなくなる。また、再生した本数だけ、五分間、再生できなくなる」

「『触手の尻尾切り』で切り捨てたあとに、『意識的に』切り捨てられた方の意識をなくして、『少再生』で『意識的に』切り捨てた方の意識を戻すのは、コネクタの再接続って感じでちょっと面白いけど、咄嗟にやるのは慣れが必要だよね」

 ゆうが表現した再接続は、言い得て妙だ。

 意識を切り替える際は、脳内のチャンネルも同様に切り替わる。切り捨てられた方は、スキルが使用できず、動かせなくなるだけで意識があり続け、視界や聴覚は生きている。もちろん、頭が残っている部分に限るが、それを活かす場面もあるかもしれない。

 ただ、逆にリスクもある。その状態で、もう一度切断されたらどうなるかが分からない。だから、怖くて意識を長時間そのままにしておけない。つまり、肉体的にも精神的にも切り捨て指示のタイミングを誤ると、死ぬ可能性がある。

 本当は、持ち帰られた先で色々な情報を聞きたかったが、仕方がない。意識まで切り捨てると、二度とそこに意識を戻せないので、その状態だと何をされても問題ないことは検証済みだ。

 全ての切り捨てが自動で行われるのであれば楽なのだが、その保証はないので現時点では試せない。念のため、全ての触手を『触手の尻尾切り』の対象にして、切り捨てを保留にしてみてはいる。

 一方で、再生した方に意識を戻す前に、そこがもう一度傷付けられた場合は検証できていない。ただし、後者は『触手の尻尾切り』が機能するので、切られていない側が対応すれば、未検証のリスクは抑えられる。今後しばらく戦闘がないようなら、十分時間をとって検証する予定だ。

「とりあえず、体制を村監視状態に戻して、イリスちゃんとアースリーちゃんを待つか」

「おっけー。」




 女は、村長宅に大蛇退治の報告に行ったようだ。どのような内容で報告したかは、アースリーちゃんに聞いてみれば分かるだろうか。

 その後、女は宿屋に戻って、そこから出てくる気配はなかった。この村にはまだ滞在するみたいだ。

 それから、村長が村の中心部に出てきて、色々な人に声をかけていた。大蛇が退治されたことを広めているのだろう。

 昼過ぎ、イリスちゃんが村長宅を訪れているところが見えた。アースリーちゃんが家のドアから出てくると、イリスちゃんが先に泣きながら抱き付いて、それを見たアースリーちゃんが一緒に泣いて、抱き締め返していた。俺達が見たかった光景だ。

 そして、二人がイリスちゃんの家に一度立ち寄ってから、森の方へ手を繋ぎながら向かってくるのが見えた。黒板とチョークを取りに行ったらしい。

 アースリーちゃんからは、俺達が砂で会話できることをイリスちゃんに伝えているはずなので、そのことから、この森では俺達を交えて快適に会話できる場所がないということが分かった。

 二人と無事に合流して、イリスちゃんの天才ぶりをアースリーちゃんに直に感じてもらうためにも、まずは答え合わせとして、俺達がなぜ昨日の夜に複数の女の子達と接触できたのか、イリスちゃんがそれについて何か知っているかを聞いてみた。

「うん。女の子達に『その大蛇は、良い大蛇さんだよ。女の子が夜に見たら幸せになれるらしいから、怖がらないでトイレに行ってもいいと思うよ。実際、そう言ってる子がいたし。でも大人には内緒にしないと、大蛇さんがいなくなっちゃうよ』って触れ回ったんだー。

 それで好奇心から夜に外に出る子が増えたのかも。女の子って噂好きだし。でも、今日の午前中は、子どもは外に出ないようにって言われてて、アースリーお姉ちゃんに会うのが遅れちゃった。

 大蛇が退治されたって話を、お昼にお父さんから聞いた時は、触手さんがそんなミスするはずないって思ってたから、全然平気だったよ。一応、まだ森に残ってるかもしれないっていうことで、引き続き注意するように各家庭に伝わってるみたい。冒険者さんも村に残るって。

 アースリーお姉ちゃんは、冒険者さんの報告の場に居合わせて、触手さんが切られた状態の姿を見た時、一瞬ビックリしたみたいだけど、すぐに長さが足りない、長さと本数が合わないって考えて、触手さんはまだ無事だと思ったって。

 村長さんは、『これが噂の大蛇か? 変異体じゃないか? だとしたらまだ生きている可能性も?』って疑ってたらしいけど、子どもに見せたらこれだって言われて、退治の知らせを広めたみたい。モンスターだとは疑ってないはず。実際、モンスターじゃないけどね。

 村長さんからの疑いは完全には晴れてないし、冒険者さんも『まだ調査したい、追加の調査は無報酬でいい』っていうことで、村には一時の平穏が戻って、村長公認で調査は続行になったっていう経緯かな。

 アースリーお姉ちゃんによると、冒険者さんは、午後は森に来ないって。『今は警戒されているだろうから、また明日の午前にする』って言ってたみたい。

 多分、触手さんは冒険者さんのためを想って、ダミーの死体を残したんだよね。冒険者さんが何の成果もなしに手ぶらで帰るわけにはいかないからって。それが、退治報告で村に伝われば自分達のリスクも減らせるし。

 すごいよ、触手さん。冒険者さんも触手さんのこと大好きになってると思うよ。そうじゃないと、報酬をもらって、すぐにこの村から別の場所に行ってると思う。もちろん、単に誠実な人っていうこともあると思うけど」

 相変わらず、一を聞いたら十を返し、加えて俺達の意図まで読み取るイリスちゃんに、俺達とアースリーちゃんは、感心を超えて呆然としていた。それに、天才に褒められると、誇らしくて有頂天になってしまう。

「イリスちゃん……本当にすごいんだね。歩きながら話してる時も思ってたけど……。イリスちゃんにあれからもっと早く会えていれば、あんなことにはならなかったのかな。でも、それだとイリスちゃんが私のことを触手さんに相談しなかったかもしれないし。今は良かったって思える。二人とも、改めて本当にありがとう」

 アースリーちゃんは、イリスちゃんと俺達の頭を撫でながら、涙ぐんで感謝の言葉を述べた。

「ううん、いいんだよ。私も嬉しいから。でもね、アースリーお姉ちゃん。一応言っておくと、触手さんは『二人』なんだよ」

「え?」

 イリスちゃんは、俺達のことやこれまでの事を、最新情報を俺達と交換しながら詳細に話した。もちろん、俺達がいずれこの村を出ていくことも。

「……私、触手さんと離れたくない……。イリスちゃん、触手さん、何とかならないの?」

 アースリーちゃんが悲しい顔をして相談をしてきた。

「触手さんもすでに考えてると思うけど、レベルと『触手の尻尾切り』次第かな。メインの冒険に使える本数を確保できなければ、情報収集の効率が悪くなる上に自由度が減るし、仮にそこで全滅した場合、この村に戻ってくることになるけど、それだと移動時間が無駄になるから、できれば保険で最低一本は戻ってもいい場所に配置したい。

 特に、魔法使いと対峙したら、魔法の連発に耐えられない恐れがあるから、全滅の可能性が高いと思う。『弱魔法反射』は、敵と会わないこと前提の隠密系だともう少し先だし。それらが自動切り捨てできればいいけど、それが検証できないとなるとかなり危険だから……。

 とりあえず、私達で触手さんのレベルアップを手伝うことはできると思う。色々な状況を試してもらえばいいし、ユキお姉ちゃんを元気にして、もう一レベル上がればレベル六で、七本使えるようになる。そうなれば、冒険に四本、保険に一本、アースリーお姉ちゃんと私の所に一本ずつ配置できる。

 自動切り捨ての検証は、対象を指定したあとに、自分で自分を噛んでみてダメージがあるかないかを確認する。全ての触手に影響があったり、治らなかった場合に困るから、時間に余裕のある時に」

 イリスちゃんの調子が上がってきて、最後は完全に理系研究者レベルの提案と口調になった。俺の考えをまだ話してもいないのに、その内容を後押ししてくれるようで自信になる。

 ちゃっかりと自分の所への配置も提案している辺り、彼女も俺達とできるなら少しも離れたくないと思ってくれてるのかな。

 『イリスちゃんの所に配置しなければ、レベルアップしなくてもいいのでは?』というツッコミを、隙を見せた彼女にできるのは、今回が最初で最後かもしれないが、しないでおいた。ツッコミしたらしたで、『私といつでも連絡とれたらリスクを抑えられる』と反論されるか。

 彼女はさらに話を続けた。

「でも、実はもう少し良い方法があるんだよね。信頼できる強い人を護衛に付ける。理由は、冒険の意識のリソースを他の触手に分散できて、戦闘リスクと不意打ちリスクの両方を少しだけ減らせるから。減衰経験値もその都度に得られる。

 あの冒険者さんがすごく強くて良い人なら、仲間にした方が良いと思う。ギャンブルになるから、積極的にオススメはしないけど。触手さんのことを話さない前提で、良い人かどうかの確認なら、私達でできると思うけど、どうする?」

 なるほど、その発想はなかった。いや、流石だ。ちゃんと物事をフラットに見ている。人間と触手が一緒に旅をするなんてできるわけがないという常識に、少なくとも俺は囚われてしまっていた。

 しかも、その時の体長は六メートルになっている予定だ。縮小化するにしても、『短』なら五分だけだし、『中』なら一時間毎に休憩しながら行けるが、まだ取得できていない。

 しかし、たとえ『短』でも方法がないわけではない。その内の一つをイリスちゃんが示したわけだ。

 俺は『Y』と黒板に書いた。

「うん、分かった。アースリーお姉ちゃん、良かったね。でも、あんまり触手さんに依存しちゃダメだよ。仮に別れることになった時、多分お姉ちゃんショックで死んじゃうよ」

 イリスちゃんは、本当にありえそうなことを、あえて冗談っぽく口にした。

「あはは……。このまま行くと、そうなっちゃうかも……」

 アースリーちゃんは、右指で頬をポリポリ掻きながら言った。彼女も冗談っぽく言っているが、かなりありえそうだ。

 すると、イリスちゃんは気になっていたことを切り出すかのように、アースリーちゃんに質問した。

「アースリーお姉ちゃん、一つ聞いてもいい? 辺境伯に誘われてから、両親以外の誰かに変なこと言われたりした?」

 それは、思ってもみないことだった。しかし、言われてみればその可能性も十分にある。第三者によって不安に陥れられた可能性が。

「え? うーん……、言われたかもしれないけど……どうだったかな……?」

 もちろん、精神的に不安定であろうとなかろうと、過去の些細な出来事など思い出せないこともあるだろう。ただ、この世界では別の可能性が大いにある。

「ユキお姉ちゃんにはそれから会ってないよね?」

「うん、会ってない。それは確実。もしかして……『誰か』に魔法をかけられたってこと?」

 アースリーちゃんは、その口ぶりから、ユキちゃんが魔法を使えることを知っている一部の村人に含まれているようだ。

「断言はできない。私がユキお姉ちゃんに見せてもらった本には載ってなかったし。でもそれは、回復魔法と召喚魔法だけだから、その本に載ってなかっただけで、他の魔法にはそういう効力のものがあるのかも。

 でも、仮にそうだとしても、アースリーお姉ちゃんにそんな魔法をかけて何の得があるのかが分からない。辺境伯の顔に泥を塗れたとしても、たかが知れてるから。

 個人的な恨みだとしても、この村にユキお姉ちゃん以外に魔法を使える人はいないし、派遣魔法使いもまだ来てない。残るは、旅の魔法使いだけど、結局動機が分からない」

 手段としては、呪いの藁人形みたいに髪一本あれば、遠隔で災いを起こすような魔法や呪術なら、直接会っていなくとも可能だろうが、イリスちゃんが言うように、この仮説の一番の問題は動機だ。

 俺は、ふと思ったことを黒板に書いてみた。ただ、気になったもう一つの可能性は書かなかった。限りなく低い可能性だし、ある意味では、皮肉で不幸なことだからだ。

 でも、イリスちゃんならすでに思い付いてるんだろうなぁ。

『アースリーちゃんが、ユキちゃんのついでだった可能性は? あるいは、イリスちゃん狙いとか』

「うん、どっちもあると思う。でも、同時期に二人が不安定になることが単なる偶然なのかって思ってた。二人の共通点は、村で一、二を争うほどかわいいこと、それと私と関わりが深いこと。前者は、女の嫉妬や男の振られた私怨、後者は同年代の女の子の嫉妬や私の家族への私怨だけど、どれも妄想の域を出ない」

 イリスちゃんの語彙がもう大人のそれになってきた。ユキちゃんの家で魔法書だけでなく、小説も読んでいそうだ。

「それと、もう一つ。動機が分からないんじゃなくて、動機が全くない場合もあり得る。無意識でこの状況に陥れられた、あるいは陥った可能性。あるとしたら、後者。もう魔法じゃなくて呪いだね……『私の』」

「え⁉ イリスちゃんの?」

 アースリーちゃんが驚いて聞き返した。俺が書かなかったもう一つの可能性をやはり挙げてきた。

「触手さん、ありがとう。私を気遣って、わざと書かなかったんだよね? そう、もちろん私は呪いをかけてるつもりはないけど」

 イリスちゃんは、俺の平然とした反応から気持ちまで汲み取り、アースリーちゃんの問いに対して肯定した。

 イリスちゃんの良いところは、天才なのに、確実な、あるいは可能性の高い結論だけを言うのではなく、様々な選択肢も挙げた上で、俺達に話してくれることだ。俺もどちらかと言うとそういう語り口だが、そもそも思考回路の出来が違う。

 今回はそれが裏目に出ていて、イリスちゃんは暗い顔をしているが、すぐに俺は可能性を全て列挙した。

『イリスちゃんとは限らない。全員で呪いをかけ合ってる可能性もある。イリスちゃんにあまり影響しないだけで』

「ありがとう。そうだね……。触手さんに一応説明しておくと、私達の世界では『呪い』という言葉はあっても、魔法と違って実際に認識されてないから、完全に未知の現象。

 いずれにしても、証拠がない以上、これまで挙げたのは全部『可能性』という名の妄想だから、今は私達にできることをした方が良いと思う。触手さんがユキお姉ちゃんに接触することが一つの糸口になるはず。

 触手さん、お夕飯前に私がユキお姉ちゃんの家に行って、様子を見てくるから、行けそうなら今夜、できるだけ早い時間に接触してほしい。

 これは私の全然確かじゃない勘だけど、ユキお姉ちゃんの限界は今日か明日に超えるような気がする。念のため、注意事項は伝えておく。大蛇退治の話で、家族も油断してると思う。今日がベストタイミングだよ」

 話から推察するに、イリスちゃんは、大蛇退治の報告の日と彼女がその話題を持ってユキちゃんの家に気兼ねなく行ける日、俺が彼女に接触できる日の全てが重なる時を待っていたんだな。そして、その時が早く訪れることも分かっていた。

 俺は『Y』と書いた。

「わ、私も行く! ユキちゃんのこと、心配だから!」

「ううん、私一人の方が良いと思う。ごめんね。今、元気なアースリーお姉ちゃんに会ったら、多分立ち直れない。触手さんでも元気にするのは難しいと思う。別にお姉ちゃんのせいじゃないよ。周りの良いことばかり聞いていると、絶望に近づくっていう話。そもそも、私が行くだけでもギリギリだと思う。これ以上、何度も行けないからこその今日だよ」

 イリスちゃんが家に行ったり、周りの良いこと、つまり大蛇退治で不安が増すのであれば、アースリーちゃんが辺境伯にパーティーに誘われた時も不安が増したのだろうか。そのことを、イリスちゃんは決して口にしなかった。アースリーちゃんにさらに気負わせることになるからだ。

 では、アースリーちゃんの方は限界を超えた状態でも元気にできて、ユキちゃんの方は元気にできない理由とは何か。

 おそらく、悩みの質だろう。アースリーちゃんは本気で逃げようと思えば逃げられる悩みだったのに対し、ユキちゃんは自力ではどうにもできない、逃げられない悩みなのだ。逃げる手段がどうであれ、希望の光がどれだけ見えるかとも言える。

「……分かった。イリスちゃんと触手さんに任せる!」

 アースリーちゃんも頭が回る方だ。理解と納得が早くて助かるが、だからこそ、もどかしい気持ちにはなるだろうな。

 ゆうがアースリーちゃんを元気付けるように頬ずりした。

「ふふっ、ありがとう触手さん。大丈夫だよ。私、信じて待ってるから」

「ありがとう、アースリーお姉ちゃん。それじゃあ、お姉ちゃんの今後と、村の外のことについても話そうか」




「朱のクリスタルは、ジャスティ城に保管されてるって聞いたことがある」

 この国、ジャスティ国のジャスティ城か。ジャスティスみたいな名前だ。朱のクリスタルについての情報をアースリーちゃんに聞き、俺達は早くも有力な情報を得ていた。

 クリスタルがこんなに早く見つかっていいのか?

 しかし、流石に厳重に警備されているか……。やっぱり、もう少しレベルアップしておいた方が良いか?

 色々なことを思い浮かべてしまうが、もっと情報を集めてからだな。

 アースリーちゃんの今後については、とりあえず俺達が彼女と一緒に辺境伯の屋敷まで同行することになり、割とあっさり話がついた。イリスちゃんが言うには、現時点で最も簡単にアースリーちゃんの不安を解消できる方法とのことだ。どのように同行するかは、あとで決める。

「城への道は、ユキお姉ちゃんの部屋に貼ってある地図を見れば分かりやすいよ。ちょっと、かすれてる部分もあるけど。隣の『ダリ村』から、辺境伯の街を経由して、城下町に行ける。アースリーちゃんお姉ちゃんに同行して、そのあとにそのまま城下町まで行けば一石二鳥だね」

 イリスちゃんが、城までの経路と向かうタイミングを示してくれた。地図はその辺の家庭には常備していないようだ。

 それにしても、ユキちゃんの家には何でもあるのか? お金持ちなのだろうか。宝石も持っているという話だった。貴重と思われる魔法書も複数冊持っている。

「この際だから、私も村の外のこと知りたいな。アースリーお姉ちゃん、他にも色々教えてくれる?」

 アースリーちゃんは、知っている限りの情報をイリスちゃんと俺達に教えてくれた。

 例えば、辺境伯の街にはギルドが存在しないので、大蛇討伐を依頼したのは城下町のギルドらしい。ただ、ギルドへの依頼は、その経由地の冒険者にも伝えられるので、依頼達成までにそれほど時間がかからないこともある。

 ギルドの役割としては、仕事の積極的な斡旋というよりは、単に組合であり、相場が崩れないように調整したり、冒険者に対しては信賞必罰の精神で、その内容を各地に通達する機能を有しているとのことだ。

 各地から依頼が届くこともあるが、決して多くはない。そもそも、冒険者の主な仕事は用心棒で、俺達に馴染み深いモンスター討伐の仕事は、どちらかと言うとレアな仕事らしい。結界があるから、わざわざ危険を犯しに行く必要がないということだろう。

 もちろん、モンスターを駆逐しようとする冒険者や、各地に眠っているかもしれない財宝を探す冒険者がいないわけではない。そういう人は、ギルドの役割とは無関係というだけだ。

 他には、この村の文化レベルが他の村や町に後れを取っているという話や、村長が参加した子爵のパーティーの話をしてくれた。

 さらに、辺境伯のパーティーに誘われた経緯についても、躊躇なく話してくれた。

 実は、これらの話は繋がっていて、子爵のパーティーで、村長が他の貴族に村の文化レベルについて嫌味を言われたそうで、それに対して村長は、『自給自足で昔ながらの自然の良さ、村人が全員優しく、犯罪も一切ない。子どもにも素晴らしい教育がされているからこそ成り立っている社会であると誇りを持っている。後れを取っているのではなく、あえてそうしているのだ』と反論したから、その嫌がらせで辺境伯にあの田舎村をどうにかした方が良いと告げ口され、視察に来たのではないか、と言っていたらしい。

 その際、出迎えたアースリーちゃんの魅力が、辺境伯がこれまで見てきた娘と一線を画していたから、彼は目的も忘れ、思わずパーティーに誘ったのだ、と村長はあとで自慢していたそうだ。なるほど、俺もアースリーちゃんが娘だったら絶対に自慢していただろう。

 それに、村長はそれが良いか悪いかは別にして、ちゃんとした信念を持っているようだ。そして、その村を、アースリーちゃん含め、みんな愛している。素晴らしいことだ。

 それにしても、アースリーちゃんがパーティー関連の話を普通にできるのであれば、彼女の精神状態については、しばらく心配なさそうだ。

「ありがとう、アースリーお姉ちゃん。じゃあ、私はユキお姉ちゃんの家に行くね。触手さんは、私と一緒にお姉ちゃんの部屋に入る? その場合は、家の近くで縮小化して、私の太腿に巻き付いて。隠れられる場所なら部屋にあるから」

 俺は『Y』と書き、先に行ってイリスちゃんとあとで落ち合うことにした。




 ユキちゃんの家の前、イリスちゃんは身だしなみを確認してから、ドアをノックした。

 イリスちゃんとは、家の裏側で合流し、俺達はすでに彼女の太腿に巻き付いている。

「イリスです。お夕飯前にすみません。ユキお姉ちゃんとちょっとお話ししたいことがあって来ました」

 ドアが開き、俺達からは見えないが、ユキちゃんの母親らしき人が出てきたようだ。イリスちゃんによると、父親は今は別の村で仕事をしていて、帰ってくるのはもう少し先だそうだ。

「あら、イリスちゃん。ちょっと待っててね」

「はーい」

 イリスちゃんは脳内で正確に秒数を刻んでいる。隠れられる場所まで間に合わないようなら、何らかの策を講じて、合図してくれるだろう。念のため、俺の方でも考えているつもりだ。

「どうぞー。イリスちゃんは大蛇のこと怖くなかった?」

 ユキちゃんの確認を取ってきた母親が、イリスちゃんを案内し、部屋までのほんの少しの間、世間話を始めた。

「はい、怖くありませんでした。ユキお姉ちゃんは怖がってましたか?」

「全然。退治されたって話を聞いた時も、『へー、そうなんだ』って」

 母親と俺達大蛇に関する軽い話をしていると、すぐにユキちゃんの部屋に着いたので、ノックして俺達は入室した。母親は夕飯の支度に戻ったようだ。

 なるほど、二人で話すためだけでなく、母親に一瞬でも俺達を見られないようにするための両方の理由で夕飯前に来たのか。流石だ。

「イリスちゃん、どうしたの? 急に話したいことがあるなんて……」

「ごめんなさい、ユキお姉ちゃん。大蛇さんのことをどうしても話しておきたくて……。あまり大きな声で言えないから、そっち行っていい?」

 訝しむユキちゃんに、イリスちゃんは謝罪後、声のトーンを落として話しだした。

「うん。それじゃあ、近くで話そうか」

 ユキちゃんがイリスちゃんをベッドに誘い、そこで話すことになった。これもイリスちゃんの作戦だ。自然過ぎて怖いくらいだ。

 俺達は、ユキちゃんから見えないように、イリスちゃんの脚に沿って下り、ベッドの下に潜り込んだ。ここなら、五メートルに戻っても十分隠れられる。

 俺達はユキちゃんにバレないように、ベッド下から顔を出して様子を伺った。

「あのね、実は本物の大蛇さんは退治されてないの。本物の大蛇さんは、良い大蛇さんで、女の子が夜に見たら幸せになれるって噂を聞いて、ユキお姉ちゃんに伝えたいって思ったんだー」

 イリスちゃんは、女の子達に触れ回った内容をそのままユキちゃんに話した。

「へー、そうなんだ……」

 ユキちゃんの表情は暗く、あまり興味がなさそうな様子だった。

「お姉ちゃん、そこの召喚魔法の本に大蛇さんを召喚する魔法って載ってない? そしたらすぐに見られるよ」

 イリスちゃんがベッド横の台の上にある本を取ろうと右手を伸ばした。

「ダメ‼」

 ユキちゃんが大きい声で左手を伸ばし、イリスちゃんを制止させた。

 イリスちゃんは、その声にビクッとして手を引っ込めた。ドアの向こうには聞こえなかったようだ。

「あ……ごめん……。ちょっとその本、古くなってバラバラになりそうだったから……」

 ユキちゃんは、イリスちゃんから少しでも遠ざけるように両手で本をずらした。

「う、うん……。私の方こそごめんなさい。それじゃあ、私は帰るね」

 イリスちゃんがユキちゃんに背を向けた。

「イリスちゃん、待って! ……ごめんなさい。気を悪くしないで。イリスちゃんには……たとえ私がどんな状態になっても、ずっと笑っていてほしい。イリスちゃんのこと大好きだから……そのことはこれからも忘れないで……ほしい」

「私もユキお姉ちゃんのこと大好きだよ! だから……お姉ちゃんにも笑っていてほしい!」

 イリスちゃんはユキちゃんに再度近づき、笑顔で両手を強く握った。

「ありがとう、イリスちゃん。ごめんね、暗い顔してて。そうだよね。笑顔でお別れしないとね。イリスちゃん、バイバイ」

「うん! ユキお姉ちゃん、またね!」

 二人は両手を離し、ユキちゃんが改めてイリスちゃんに手を振って別れ、部屋ではユキちゃん一人になった。イリスちゃんは、家の裏側に戻ってきて、あらかじめ増やしておいた俺達と合流した。

「ユキお姉ちゃん、やっぱり元気なかった。これまでなら、大蛇の話をした時に『へー、そうなんだ』じゃなくて、『ありがとう、イリスちゃん。大事な話を聞かせてくれて』みたいなことを必ず言ってたのに。話の内容にツッコミどころもあったから、そこを掘り下げたりもしたはず。

 それと、もう一つ。私が召喚魔法本に手を伸ばしたのは、それを見たかったからじゃなくて、その下に敷かれてた紙を見たかったから。あの反応だと、あの紙を使って何かするはず。触手さんには言わなくても分かるだろうから、ユキお姉ちゃんが行動次第、触手さんも動いてほしい」

 俺は、家に入る前にイリスちゃんが壁に立て掛けて置いていた黒板に『Y』と書いた。

「それじゃあ、夜のまた同じ時間に。詳細は明日、アースリーお姉ちゃんと一緒の時に聞くから、その時に結果が分かっていたら、簡単にだけ教えてね」

 俺達はイリスちゃんと別れ、時を待つことにした。

 ユキちゃんの家裏の触手は消したから、現在の触手の配置状態は、アースリーちゃんの部屋に一本、イリスちゃんへの報告用で森に一本、ユキちゃんの部屋のベッド下に一本ある。隙を見て、ユキちゃんの部屋の天井にもう一本配置する予定だ。もし、必要な時が来れば、アースリーちゃんの所にある触手以外を全て使うことになるだろう。




「お母さん、疲れたからもう眠るね。トイレは大丈夫だから。今日もありがとう、愛してる」

「あら、どうしたの急に。どういたしまして。私も愛してる。おやすみなさい」

 夕飯後、ユキちゃんは母親に早めの就寝の挨拶をした。時間は夜七時頃、随分早い。

 イリスちゃんと話していた内容を母親から聞かれていたが、ユキちゃんは大蛇退治のことを詳しく聞いただけということに留めていた。

 母親が部屋の灯りを消すと、ベッド横の蝋燭だけが残り、周囲には暗闇が舞い降りた。

 部屋の窓は村の家々とは反対側にあり、日除けの外窓も閉め切られているので一切の光が入ってこない。

 母親が食器を持って退室したことを確認して、俺達は増やした触手を、音を立てずにユキちゃんの死角から部屋の隅をぐるっと回って天井へ移動させた。

「ごめんね、お母さん」

 移動中、耳に入れたくない悲しい独り言が聞こえた。俺達に緊張が走る。

 やはり今夜、決行するようだ。イリスちゃんにも、まるで今生の別れのような言葉を告げていたし、最後に『またね』とも言わなかった。

 母親へも『寝る』ではなく『眠る』だった。細かいことだが、嘘をつきたくないのだろう。そして、別れの言葉も言わずに、一生の別れになるのが嫌だった。

 イリスちゃんとも喧嘩別れのようにしたくなかったから、わざわざ引き止めて、それまで元気がなかったのにもかかわらず、しっかりと真っ直ぐな言葉を伝えた。優しい子だ。

「あたし、アースリーちゃんの時も思ったけど、こんなにかわいい子のこんなに悲しい姿は見たくないって思う反面、だからこそ、すごく助けてあげたいって思う。

 もし、この場面を見てなかったら、単なるレベルアップの作業になっちゃったかもしれない。そう思うのも、あの常識を捨てるルールに従ってるからなのか、触手になって本当に人間性を失いつつあるからなのか、それとも、人間だった頃もそう思ってたのかな……。

 仮に、ユキちゃんの性格が酷かったり、かわいくなかったりしたらどう思ってるんだろう。ちょっとずれるけど、『ヒロインが美少女じゃなかったら成り立ってないよね』って作品とかあるじゃない? あるいは、『いじめっ子や殺人鬼が平気で善の主人公側にいる』『こんな悪い奴は助ける必要ない』とかって叩かれる作品もある。

 でも、あたしはそれに同意しちゃうんだよね。ヒロインは美少女でいてほしいし、いじめっ子や殺人鬼は死んでほしいし、悪い奴も助けてほしくない。そうでなければ、作者の価値観や倫理観を疑うほど。当然その時点でもう見ない。これは触手とか関係なくて、ずっと前からそう思ってた。お兄ちゃんはどう思ってる?」

「考えとしては俺も同じさ。ただ、前提として、俺達は聖人ではないし、救うこと自体を仕事としている医者や弁護士でもないし、尊敬されたいと思っているわけでもない。

 もし、ユキちゃんがイリスちゃんの知らない裏の顔を持っていて、嫌な奴だということが分かったら、俺ならイリスちゃんとの約束を破ってでも、すぐにこの場から去ってるさ。

 でも、ゆうは優しいから、たとえユキちゃんが嫌な奴だったとしても、仕事でもないのにイリスちゃんとの約束を果たし、結果だけは残そうとした。悩むのも無理はない。優しい人ほどそう思ってしまうんだろうな。

 結局、『それ』でいいんだよ。悩んでもいい、ただ、その沼に溺れてはいけない。レベルアップ作業と思ってもいい、助けたくないと思ってもいいのさ。ゆう、お前はルール決めの時に、『あたし達の能力で、理不尽な目に遭ってる人を幸せにするとかさ。偽善で傲慢かもしれないけど。でも、どうせ自己満足でしょ?』と言った。まさに、『これ』なんだよ。

 相手が嫌な奴だったら、理不尽ではなく自業自得で因果応報だし、かわいくなかったら偽善で傲慢に断ってもいい。それが自己満足だろ?

 いいじゃないか、別に酷い奴だと思われたって。そのこと自体は、誰にも損はさせてないんだから。まあ、仮に批判する奴がいたら、そっちの方がよっぽど酷いと俺は思うけどね。そういう時は批判するんじゃなくて、黙って見てるか離れるのが正解だ。俺達は作品じゃないんだから」

「うん……。ありがとう、お兄ちゃん」

 鬱の人の側にいる人も鬱になりやすいらしいが、ゆうはそのような影響を受けていないはずだ。たとえそうだとしても、まずは自分優先で物事を考えることが先決だ。自分まで鬱になっては元も子もないからだ。

 ゆうが自分の言葉を忘れたわけではない。ただ、不安になったのだ。俺は自分の思想や信念について、以前から何度も自問自答し、それこそ深いレベルでシミュレーションを繰り返していたから、あのような回答ができるのであって、その信念に至ってまだ日が浅いゆうが、少しでも疑念を抱くのは当然のことだ。その信念が正しいか間違っているかは問題ではない。自分で納得できるかどうかだ。

 今回は、ゆうがすぐに悩みを吐露してくれたからいいが、事故に遭ってからの俺達のように抱え込む人もいるだろう。やはり、そのような時は解決策など関係なく誰かに話すことが重要だと実感した。

 解決策が自分で分かっている場合もあるし、存在しない場合もある。しかし、抱え込んだ荷物が少しは軽くなる。できれば感情的にならずに冷静に話すのが良い。

 そして、相手が自分のために話を聞いてくれたことにちゃんと感謝すること。その相手は敵ではないのだから。そうでなければ、せっかく軽くしようとしていた荷物が、さらに重くなってしまう。

 ユキちゃんは完全に抱え込むタイプだ。家族にもイリスちゃんにも、悩みの内容を話すどころか、悩んでいることさえ気取られないようにして、自ら精神状態を悪化させた。

 アースリーちゃんは家族には悩みを話していたが、協力者と解決策を望むタイプだったため、その両方が得られないと分かり、急激に状態が悪化した。

 もしこれが、日常生活における精神疾患ではなく、イリスちゃんが挙げた可能性の一つ、呪いだとしたら、こんな理不尽は許せない。俺達なら、そのいずれであっても、彼女を元気にすることができる。俺達が動かない理由は一つもない。

「ナイフの場合は、手に持つ瞬間に飛びかかる。あとはアースリーちゃんの時と同様だ。ただ、今回はその可能性は低い。

 おそらく、召喚魔法を使って悪魔を呼び、血の契約をするつもりだ。本に書いてあったとは考えにくい。なぜなら、それができてしまうと、この世界が悪魔だらけで、望みを叶えた人間ばかりになっているはずだからだ。

 だとすれば、ユキちゃんは悪魔召喚魔法を自作したことになる。モンスター召喚魔法をベースに、自分の情報と魔力の媒介として血液を与え、優れた知能と絶大な魔力を持つ改造モンスターを悪魔として召喚し、生誕の褒美として願いを叶えてもらう。その願いには、この世界の人々に手を出さないことが含まれているとは思うが、上手く行くかどうかは俺達には分からない。

 いずれにしても、魔法発動に必要なのが、あの隠そうとした紙だが、これまでの彼女の言動や態度を鑑みるに、成功することを確信している様子だ。魔法発動には呪文の詠唱が絶対に必要だから、その時に俺が飛びかかる合図をする。お互いの役割は同じだ。

 詠唱の失敗によって起こるリスクも考慮すると、詠唱を始める瞬間になると思う」

「分かった。それにしても、自作魔法って……。ここにも天才がいるの?」

「イリスちゃんが言及していないことから、少なくとも彼女のような天才ではないと思うが、魔法研究の天才かもしれないな。その天才でも実現できない魔法があるから、悪魔召喚に至るわけだ」

 そのユキちゃんはと言うと、ベッドで上半身を起こしたまま、ずっと自分の足の方を見て動いていない。アースリーちゃんの時のように、恐怖で震えていたりもしない。ただ、じっと見ている。

 そして、その状態のまま、三十分経過した。その間、俺達もただ見守っているだけだったが、ユキちゃんが突然泣き出した。

「なんで……なんで動かないの⁉ 私の……私の足なのに……!」

 彼女はこの三十分の間、ずっと足を動かそうとしていたのだ。しかし、ピクリとも動いてはいなかった。

 彼女は下半身不随だった。一日中ベッドにいて、イリスちゃんと話していた時も今と同じ状態、夕飯も部屋で母親と一緒に食べていた。その際は、食べやすいように配置された食事のお盆を太腿に乗せ、スープは零さないようにベッド横の台の上に置かれていた。

 机と椅子が部屋の隅にあったが、母親はベッド近くの床に小テーブルを置き、その上に自分の食事を置いて、正座して食べていた。

 イリスちゃんによると、トイレは座式タイプで、両親のどちらかが外まで彼女を背負っていくらしい。湯浴みも同様だ。力がいるので父親が家にいるのが理想だが、今回の仕事はどうしても外せなかったとのことだ。

 彼女がそうなったのは五年前。それまでは、毎日のように探検と称して外に出る活発な女の子だった。

 十二歳になってもその性格は変わらず、村人からも元気キャラとして人気があった。特に事故に遭ったわけでもない。

 しかし、朝起きたら両足が一切動かなかった。他に異常は全くなく、少しの痛みさえない。ということは、脊椎を損傷したわけでも、脳梗塞になったわけでもないようだ。完全に謎の病だ。

 彼女は回復魔法を使えるので、それを試したこともあるが、全く効かなかったらしい。ゆうに言った通り、おそらく自作回復魔法でさえ効かなかった。

 この様子だと、自作できるようになったのは最近。これまで魔法の研究を続けてきたが、打つ手なしの現状に絶望したのだろう。優しい子だから、これ以上両親に迷惑をかけたくないと思ってしまったのだろう。たとえ両親がそう思っていなかったとしても……。アースリーちゃんの時と同じだ。他者の考えを勝手に悪い方へ推し量ってしまう。

 悪魔への願いは、足を治してほしい、それができなければ殺してほしい、といったところだろう。万が一、召喚にさえ失敗したなら、ナイフか攻撃魔法で自殺。

 一縷の望みにかけたが、悪魔の絶大な魔力を持ってしても、できない可能性が高いから別れの挨拶をした。

 なぜ神や天使のような存在を召喚しないかは分からないが、すでに試して失敗したか、恐れ多いか、逆に期待していないか、彼女の負の感情の方が強いからかのどれかだろう。

 そして、この三十分間は彼女にとっての最後のチャンスだった。

「…………」

 ユキちゃんは、本の下から徐ろに例の紙を引っ張り出した。

 そこには、魔法陣のようなものが書かれていた。二重円の中に五芒星があり、その二重円の間には英語ではない文章で呪文が書かれていた。五芒星の各スペースにも文字が書かれている。

 俺達の常識通りであれば、悪魔召喚を行う際は五芒星、悪魔の力を一方的に受け入れる場合は逆五芒星だから、悪魔と契約するための召喚で確定だ。

 筆跡は綺麗で、どのように書かれたかは分からない。なぜなら、それは全て血で書かれていたからだ。自分を傷付ける魔法で血を流し、その血を細かく操って魔法陣を書き、傷付いた箇所は回復魔法で治した、としか思えないが、魔法を細かく操作できるのであれば、日常生活も足のハンデを感じさせないほどに、便利に魔法を使えるのではないかと思う。彼女がそこに思い至らないはずがない。もちろん、世界条約で禁止されている範疇ではないから問題ない。

 魔法を使わない方法で書かれたとすれば、血で書けるような筆記用具や型が見当たらないし、そんなことをすればすぐにバレる。綺麗な魔法陣の記述には、血の操作は必須なのだ。

 もしかすると、細かい操作は魔力を大量に消費し、日常生活で使えるほどの魔力量を彼女が持っていないから便利に使えないのだろうか。

 魔法陣は少しずつ書いていって、今日完成した。疲れたと言ったのはイリスちゃんと会ったからではなく、昼間に母親が外に少しだけ出ていた時間で魔法陣を書いて、さらに魔法で乾かしていたからで、その疲労状態で本の下に雑に差し入れたために、イリスちゃんが僅かにはみ出ていた紙に気付いた。

 もちろん、全て俺の勝手な推察だ。真相を知るには、直接聞いてみるしかないだろう。

 ただ、俺の考えが正しければ、今は急いで完成させた魔法陣が正しく描かれているかを確認する時間だ。

「…………」

 ユキちゃんが紙を見始めてから五分ほど経った頃、彼女の両手が少し震えだした。すぐさま、彼女はその震えを抑えようと、両手を胸の前で組んで何度も深呼吸した。

 その様子は、皮肉にも神に祈っているように見えた。

「…………」

 ユキちゃんは、これまでに一番大きい深呼吸を終えると、紙を太腿の上に置き、両手をその上にかざした。

 すると、魔法陣にじんわりと光が宿り始めた。それを見て、俺達は天井から彼女の背後の壁に移動を完了させた。散らばった触手も回収済みだ。

「われ……」

「いま!」

 俺の合図と共に、俺達は彼女に触手を伸ばした。

「⁉」

 例のごとく、ユキちゃんは何が起こったか分からず、何の反応もできていない。この隙に、使える触手四本を総動員して、彼女の体を宙に浮かせながら、服を脱がしにかかる。

 彼女は基本的に外に出ることがないので、服はとても簡素なものだった。白いシャツに下着のパンツだけ。今の俺達にかかれば、三秒で全裸にできる。

 イリスちゃんが言った通り、ユキちゃんは、めちゃくちゃかわいかった。髪は茶色がかった黒色のボブ、肌は一際白いので、そのコントラストが眩しい。一言で表すと、正統派清楚系病弱美少女だ。

 首には紫色の宝石がネックレスとしてぶら下がっていた。顔には病弱キャラの儚さがあるとは言え、なぜかスタイルは良い。脚にもなぜか肉が付いている。普通は筋肉が衰えて細くなるんじゃないのか? 身体だけ見ると、五年もの間、足を動かせなかったとは到底思えない。

「…………ぅ……うぅ……」

 ユキちゃんは突然泣き出した。泣き声こそ大きく上げていないものの、両目からは涙が溢れ出している。ゆうがそれらを舐め取るが、収まる気配はない。

「これは悔し涙だな。何をやっても上手く行かないことを嘆いている涙だ」

「大丈夫だよ、ユキちゃん。あたし達が上手くイかせてあげるからね」

「上手いことイうな! おっさんか!」

 ゆうへの俺の上手いツッコミを皮切りに、ユキちゃんの全身に俺達の体を這わせる。

 それまで、いくらシリアスに語っていても、これからの一連のシーンがそれをぶち壊すのは目に見えているので、飛びかかってからは、俺達はすぐにコミカルに切り替えるのだ。

「ネックレスには触れないでおこう。この状況でも身に着けてるってことは、一番大切な物だと思う。それで首が絞まらないように注意しよう」

「おっけー。涙、収まってきたみたい。あたし達がイリスちゃんの言ってた大蛇さんって気付いたのかな?」

 ユキちゃんは、足を動かせない分、上半身で抵抗するしかないが、どうやっても逃げられないので、俺達になすがままにされている。大声で叫ぶこともない。悪魔を召喚しようとしていたことが家族にバレるからだ。

 俺は試したいことがあって、彼女の足まで体を伸ばすと、足の裏をペロリと舐めた。

「んっ……!」

 ユキちゃんがくすぐったそうに反応した。足の感覚はあるのか。末梢神経の内、感覚神経は麻痺していなくて、運動神経が麻痺しているということか?

「へー、感覚はあるんだ。感覚あるのに動かせないと、その感覚を逃がしたり軽減できないから、普通の人より感度高いんじゃないかな」

 ゆうの予想は正しかった。ユキちゃんの顔はすでに紅潮していて、その表情からは失神寸前と言っても過言ではなかった。俺は軽く体を這わせて、少し足裏を舐めただけなのに……。

 どうやら、ゆうが胸を含めて、上半身に隈なく体を這わせて、所々を舐めていたらしい。仕事が早すぎるのが問題となる良い例だ。

「ここまで高感度の場合、やり過ぎたり、ペースが早かったりすると幸福感を味わえないかもしれない。少し抑えよう」

「おっけー。」

 俺達は、アースリーちゃんの時と同様に、ユキちゃんを空中M字開脚状態にした。そして、動きを抑え、優しくゆっくりとユキちゃんの身体を締め上げた。俺は、太腿の付け根から尻にかけて滴る液体が床に落ちないように舐め取った。この瞬間は、いつも楽しみでもあり、怖くもある。その美味さゆえに、自分が自分でなくなる恐れがあるからだ…………。

「……ちゃん! …………お兄ちゃん! やり過ぎないで!」

 案の定、俺は記憶を失っていた。そしていつも通り、どのぐらい失っていたのかも分からない。

 そこで俺はようやく、ユキちゃんにむしゃぶりついていたことに気付いた。やり過ぎるなと自分で言ったにもかかわらず、ゆうの声がなかったら、ユキちゃんを失神させていただろう。

 一体、何度目のことだ。反省しようにも、どうしようもない。酒を飲んで記憶をなくしたから、程々にしようとかいうレベルではないのだ。これほどまでに、他の女の子と味が違うのかと衝撃も受けた。魔力の有無なのか?

 もちろん、味に優劣はないのだが、爽快感があるのにガツンと殴られた気分だ。炭酸飲料のシュワシュワが、その大きさや形を常に変えて、舌から脳に上がってくる感覚だ。

 そして、そのシュワシュワ全体が脳で弾けて記憶をなくす。一つ一つの泡はそれぞれ味が異なり、味の濃淡が波として押し寄せてくる。和牛ステーキの肉汁のような濃い味もあれば、サッパリとした野菜スープのような淡い味、出汁の効いた洋食ソースのような中間の味もある。それらが弾けたり弾けなかったりして、味をまた複雑にしている。最高だ。

「最高だ」

「今、二回言わなかった? 脳内と口で」

「なんで分かるんだよ。やっぱり俺の脳内を見ているんだな?」

「やっぱり……きも。」

「それはともかく、声をかけてくれてありがとう。この俺の気絶、何度も繰り返しちゃうんだけど、どうしたらいいと思う? このままだと、ゆうに迷惑をかけるかもしれない。いや、今でもそうか」

 俺はゆうに意見を聞いた。これは、俺だけの問題ではないからだ。

「別にいいよ。あたしが声かけるから。前も思ったけど、そういうお兄ちゃんを見るのも面白いから、迷惑じゃないし。その代わり、あたしがそうなったら、迷惑がらずにお兄ちゃんから声かけて」

「分かった。ありがとう。迷惑だと思ったら、その時は言ってくれ」

 悩みの重さや相談相手との関係の違いはあるだろうが、おそらくこれが理想の悩み相談だろう。

 気絶することは何ら解決していないし、解決できるものでもないが、そのことにより迷惑を被るであろう対象が迷惑でないと完全否定した。それをそのまま受け入れ、感謝することで相談を終える。

 その後、迷惑だと思われて、それを言われた時にまた考えればいい。ちゃんと言ってくれるのであれば味方だし、そのことに感謝しよう。相手の優しさに甘えていると思ってしまったのなら、その恩をいつか返そうと思えばいい。

 恩が返せないほど大きくなったのなら、一生をかけてその一部でも返せばいい。恩を全て返せないことに悩む必要はない。なんなら、それをまた相談すればいい。

 自分から離れていった時は、無理に追わなくていい。

 これが俺の考え方だ。特に俺は色々考えてしまう方なので、こう割り切ることにした。割り切り大事。

「はぁ……はぁ……」

 ユキちゃんは、俺達がペースを落としてからも、顔を赤らめて、口を開けたまま肩で息をしていた。色白の肌も、すでに薄いピンク色に染まっていた。

 ゆうが口を塞いでいたのは、本当に最初だけだった。あとはキスをしたり、舌を絡めて離してみたり、胸の触手で舌を大きい螺旋からどんどん小さくしていき、頂点に達しようとする時に、あえて元に戻してみたり、いつもの焦らしプレイをしていた。ユキちゃんの涙は完全に止まったようだ。

 俺も気を取り直して、感覚のある脚を太腿からふくらはぎにかけて舐めてみたり、尻に吸い付いたり、足の指の間を舐めたり、一貫性のない動きをしてみた。ユキちゃんは、その全てに違う反応を上半身で返してくれて、面白いと思うと同時に、愛おしくもなった。

 この子の気持ちを早く楽にしてあげたい。

「私……もう……」

 ユキちゃんは、俺達に話しかけるように、自分の限界を伝えてきた。

 その言葉に応えて、まずはゆうが口を塞ぎ、同時に上半身についても、これまでより強めに締め上げた。ユキちゃんの感度なら、意図せずとも大声を上げて暴れてもおかしくないからだ。

「…………」

 ユキちゃんが頷いて、さらに微笑んだような気がした。俺達が彼女の言葉の意味を理解して行動したことが嬉しかったのだろうか。

「よし。一気に行こう」

 俺の声で、ゆうと俺は全ての触手のギアをトップに上げた。

 これまで一貫性のなかった動きは、統率が取れたように、這わせる速度も獲物を狙うかのごとく、各所の舌の動きはどこよりも素早く、ムダ毛が一切ないユキちゃんの白いツルツルの全身を光り輝かせるように、そしてこの一瞬で全てを決めるように、俺達は全力を出した。

「んーーー‼」

 俺の宣言通り、ユキちゃんは一瞬で果てた。彼女が上半身をのけ反らせて痙攣すると同時に、噴水に勝るとも劣らない勢いで、俺の口に液体が飛び込んでくる。

 この大量摂取は、あらかじめ気絶していなければ、朝まで気絶していたかもしれない美味さだ。

 その代わりと言ってはなんだが、ユキちゃんが気絶していた。彼女の全身はまだ痙攣しているようだ……。

「ん? …………足の先も痙攣してないか?」

「あ、ホントだ! これって……希望はあるってこと?」

 ユキちゃんの両つま先の親指と、よく見るとふくらはぎが少しだけピクついていた。足全体ではないが、確かに動いている。彼女が自分で動かそうとした時は、つま先でさえ動いていなかった。俺達が体を這わせている時も同様だ。締め上げていても反発を全く感じなかった。

「何とも言えないな。無意識下での痙攣の時だけかもしれない。ユキちゃんが起きたら、もう一度やってみようか」

「あのさ、この痙攣が無意識なものとして、足が動かない方が気持ち良いってことが無意識で分かっちゃったら、逆に全く動かなくならない?」

 ゆうの指摘に、俺は自分の事前の考えを優先しすぎていたことに気付いた。反省だな。

「それは十分あり得るな……。うーん……、とりあえず原点に戻るか。考え方は二つ。

 一つは、俺達は彼女を元気にすることが目的であって、足を動かせるようにすることではないという考え。

 もう一つは、彼女を元気にした上で、足のことまで考えて、初めて幸せにすることに繋がるという考えだ」

「その言い方をしたってことは、当然後者を選ぶでしょ? もし、足が少しも動いていなかったら前者だろうけど、もう知っちゃったからね」

「ふふっ、そうだな。よし! とことん面倒見るか!」

「そうこなくっちゃ! でも、具体的にはどうする?」

「王道で行こう。痙攣時の検証は中止にして、まずは俺達の力で彼女を歩かせる。強制ギプスや歩行補助具としてな。俺達がいれば歩けるんだという希望を持たせる。

 次に、自分で一歩を踏ませる勇気を持たせるように、俺達は彼女が倒れないような支えになるだけに留める。歩けるようになるまでこれを繰り返す。不思議なことに筋力が衰えているようには見えないから、少なくともリハビリのような辛さはないはずだ。

 如何に無意識から意識に引っ張るか、言い換えれば、如何に脳、脊髄、足を直結させるような希望と手段を持たせるかだ。足先が痙攣していたことも彼女に伝えよう。

 それでも歩けるようにならなかったら、少しでも希望を持たせた責任として、触手二本を彼女の足に常駐させる。その分、レベルアップしなければいけないし、朱のクリスタルを探しに行くのが遅くなるが、仕方がない。筋力が維持されていることについてはあとで考える」

「おっけー。」

 俺達は、ユキちゃんの体を綺麗にした上で、彼女が起きるのを待った。

 すでに、足首から腰まで巻き付き、さらに床に力を加えて彼女の下半身を支えられるように、俺達の体をU字型にして、彼女の足の前後左右に置いた。

 足首からつま先がダランと下がった場合は、つま先を口で吸い上げて、体と直角にするよう調整する。

 シンプルな幼児用歩行器の、足に絡みついた版と思ってもらえればいい。上半身は彼女が起きるまで、垂直になるよう支えている。

「ぅ……ん…………えっ⁉ これ……って……」

 ユキちゃんが気付いたようだ。俺達は、彼女の上半身の支えを離し、足に巻き付いた触手で強制的に右足、左足を交互に前に出させて、部屋の中をぐるりと一周させた。

「わっ……わっ…………す、すごい……私を歩かせてくれてるんだね……ありがとう……ぅ……ぅ……」

 彼女は泣いていた。それがどういう涙かは、ハッキリと分からなかった。

 俺達は隅にあった机の前で、彼女を立ち止まらせ、机の上にあった黒板にチョークで痙攣時のことを伝えた。砂は部屋が暗くて使えない。ユキちゃんは、俺達が文字を書けることに、それほど驚いていないようだった。完全に人間レベルの意思があると思っているからだろう。

「そ、それ、本当? 本当に……だとしたら……ぅ……ありがとう……教えてくれて……私、頑張るね……!」

『一緒に、頑張ろう』

「……うん! 本当にありがとう! 触手さん!」

 ユキちゃんの涙はしばらく止まらなかった。彼女が両手で顔を覆っても、その隙間からどんどん溢れてくる。この涙はハッキリと分かる。希望の涙だ。俺達は安堵した。

 ユキちゃんが泣き止んだら、早速、歩行チャレンジだ。

 そして、彼女が泣き止むまで五分。彼女が前を向いたことを確認し、最初に右足を前に出させた。そのまま、俺達は動かない。

「左足を前に出せってこと……だよね? 待ってね……んっ! …………あっ……え⁉」

 ユキちゃんの左足は、引き摺りながらも徐々に前に出ていった。彼女の驚きの声がドアの向こうに聞こえそうなほど、大きく高くなっていた。

「しょ、触手さん、何もしてないよね……? これ、私が動かしてるんだよね? こんなにあっさり? な、なんで?」

 ついに、彼女の左足は体より前に、つまり、自分の力で一歩を踏み出すことができた。

 彼女は次に、右足も引き摺りながら前に出した。これで二歩目だ。

 ユキちゃん含めて、この場の全員が、歩けた感動よりも戸惑いの方が大きかった。ここまで簡単に足を動かせるようになると、流石にアレの存在を信じざるを得ない。

 俺達はもう一度、机の前に彼女を移動させた。

『呪いが解けたのかも。明日、この部屋で天才のイリスちゃんと話してほしい』

「呪い? イリスちゃん? う、うん。とりあえず分かった。もう少し歩いてみていい?」

 ユキちゃんにとっては、ついさっきまで疑問に思っていた『どうして歩けるようになったか』よりも、『今、歩けること』の方が嬉しいようだ。

 俺達は、彼女が歩き疲れるまで付き合うことにした。途中、足から触手を外して、手の支えだけで歩けるようにもなった。引き摺っていた足をできるだけ高く上げるよう、その場で足踏みの練習もした。

「はあ……はあ……はあ……はあ……」

 約三十分後、ユキちゃんがベッドに仰向けで倒れ込み、疲れたように肩で息をしていた。

 彼女はまだ不安定ながらも、俺達の支えなしで歩けるようになっていた。歩き方とバランスの取り方を徐々に思い出してきたというべきだろうか。

 俺達は、彼女に寄り添うように、彼女の両頬に顔を近づけた。

「夢じゃないんだよね……? ホントに、ホントに、夢じゃないんだよね?」

 俺達は、彼女の両頬を舐めた。

「ふふっ……触手さんのおかげだよ…………ぅ……うぅ……ありがとう……何度でも言いたいよ! ありがとう、触手さん! 大好き!」

 俺達を抱き締めたユキちゃんの目からは、また涙が溢れてきていた。

 彼女は、自分の力で歩いたことをようやく実感したのだ。今日まで、いっぱい涙を流してきたに違いない。

 これからは、それ以上の嬉し涙を流せるような幸せを感じてくれたら、俺達も嬉しい。

「あはは、私まだ全裸だったんだ。嬉しすぎて全然気付かなかった。ねえ、触手さん、私が歩けるようになったこと、お母さんにどう説明すればいいかな? 呪いが解けたって言っても、信じてもらえないだろうし。黒板持ってくるね」

 ユキちゃんがベッドからゆっくりと立ち上がり、机に向かって手でバランスを取りながら歩き出した。

「え⁉」

 突然、俺達の前にチートスキル警告が表示された。内容は『不明』。

 そのスキル持ちは……ユキちゃんだった。何度確認しても、ユキちゃんの頭上に『チートスキル:不明』が表示されている。一応、自動で表示されるようで安心したが、今はそれどころではない。

「お兄ちゃん、これどういうこと⁉」

「俺にも分からない。なんで今更……」

 今この瞬間にチートスキル持ちになったのか?

 それとも、呪いが解かれたことによって、五年前に封印されたスキルが目覚めたか?

 自分でベッドから立ち上がって、前に進むことが鍵だった?

 チートスキルは『魔法創造』じゃないのか?

 単に、警告表示のバグか?

 全く分からない。

「とりあえず、今は置いておこう。ユキちゃんなら安全だ。イリスちゃんがいる時に話せばいい」

「わ、分かった。それにしても、ビックリしたー。心臓に悪いわ! 心臓ないけど」

 あまりの出来事に、ゆうも触手ジョークを披露せざるを得なかったようだ。

「確かに、俺の肝も冷えた。肝はないけど」

「いや、きも。」

 我ながら素晴らしい流れを作れた。

「はい、黒板とチョーク」

 俺達が驚きのあまり、肝を冷やすほどの寒い漫才をしてるとも知らずに、ユキちゃんがベッドに戻ってきた。

 俺は早速、ユキちゃんの母親にどう説明するべきかを黒板に書いた。

『イリスちゃんから希望の暗示をかけられて、勇気を出して自分でベッドから下りて歩こうとしたらできた、暗示の内容は恥ずかしいから自分からは言えない、ということにしておこう』

「うん、分かった。あの……触手さん、朝まで一緒にいてくれる? 朝起きて、私が歩けるようになったのをお母さんに見せたくて……でも、もし朝になって歩けなくなってたらって思うと、怖いから……」

 俺は『Y』と書いた。

「ありがとう、触手さん。あなたに出会えて本当に良かった。本当に幸せにしてくれた……。私の一生をかけて、あなたに尽くしたいです」

 ユキちゃんは、まるで王様に忠誠を誓う騎士のような台詞を言った。この世界での告白はプロポーズと同義なのだろうか。

「お兄ちゃん、モテモテすぎない? しかも、めちゃくちゃかわいい子が三人、もし女騎士が仲間になったら四人」

「女冒険者または女剣士、な。俺がモテてるってことは、お前もモテてるってことだぞ。それにしても、この世界の人達は、相手が触手だろうがなんだろうが関係ないのかな。まあ、俺にとっては触手に偏見がない理想の人達だが」

「で、どうすんの? 愛人三人作っちゃったら、その分、城への出発が遅れるんじゃない?」

「イリスちゃんに相談しよう。元々、村に二本残す話だったが、それを振り分けるのか、三本にするのか」

 俺達は、これからどうするかを含めてイリスちゃんと相談するようユキちゃんに伝え、彼女が寝るまで見守っていた。

 魔法陣の紙は、まだ処分せずに本の下に隠した。

 イリスちゃんとアースリーちゃんには、ユキちゃんが歩けるようになったことを伝えると、二人とも、自分のことのように嬉し泣きしていた。イリスちゃんからは、最高の称賛を得た。天才から褒められるのは、何度あっても良いものだ。こうして、色々あった七日目の夜を終えた。

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