第14話 恋のフラグ

 ミリアは私をからかって満足したのか、今度はアダムの横に立った。アダムは反射的に身を引いた。


「なんで逃げるの?」

「逃げていない。ただ、距離が近いから……」

「そう? 私の距離感はこれぐらいなんだけれど」


 ミリアの突きだした拳が、アダムの脇腹に軽く当たる。


「意外。学級委員長って真面目だから、私みたいなチャラチャラした女に興味がないと思っていた。私のこと、気になっていたんだ?」

「別に気になっているわけじゃ……」

「なんでよ。だって、私のことを見ていたから、体調の悪さに気づいたんでしょう?」

「ごめん。気持ち悪いよね」

「そんなことない。見ていいよ。私のこと、気にして」


 アダムの目が驚きで見開かれる。

 ミリアは、憑き物が落ちたような晴れやかな表情をしている。今日の澄み渡った青空のよう。

 アダムは、こくりと頷いた。耳まで真っ赤に染まっている。


 ──これはもしや、恋のフラグが立ったのでは!?


 自称、占い的中率百パーセントを誇る魔女アメリア。彼女はミリアに、アダムと付き合うよう言ったらしい。

 ミリアは「なんでおしゃれな私が、ダサいメガネ男と付き合わないといけないの!」と怒っていた。私も、ファッションリーダーのミリアと真面目なアダムは不思議な組み合わせだと首をひねった。

 けれど、教室に戻るために二人が肩を並べて歩いているのを見ると、恋人に発展するのではと期待が膨らむ。


(でもそうすると、アメリアの占いは当たるっていうこと? ウェルナー先輩は、頭が良くて切れ者で優しくて親切でかっこよくて運動ができて絵も上手くて上品で爽やかな人なのに、アメリアの占いによると、損得勘定と下心で動いている腹黒人間。そして、私の未来は二つに分かれている。先輩の愛人か、ヤンデレくんとの未来。う〜ん……)

 

 ミリアとアダムに恋のフラグが立ったのを祝福したいが、そうすると、私の未来も当たるということになり……と、複雑な乙女心を抱えて葛藤していると、ウェルナー先輩が私の顔を覗き込んだ。


「ルイーゼ、大丈夫? リタが迷惑をかけてごめん」

「あっ、平気です! 私、ダイヤモンドメンタルなんで! 意地悪ジュリシスに鍛えられているのでっ!」


 心になにかが引っかかっている。そのなにかはウェルナー先輩に関係することで、そのなにかを詳細にしようとする前に、話しかけられた。

 心に引っかかっていたことが吹き飛ぶ。


「助けに来てくれて嬉しかったです。ありがとうございました。先輩って、かっこいいですね」

「ありがとう。ルイーゼに褒められるのは嬉しいよ」

「午後の授業が始まっちゃう。戻りましょう」

「ルイーゼ」


 先輩に呼び止められて、戻ろうとしていた足を止めた。横風に髪が煽られ、手で押さえる。


「僕は頼られることが多くてね。今までも何回か、仲裁役を務めてきた。それなのに、リタの取り巻き連中に囲まれている君を目にしたとき、怒りで頭に血がのぼった。リタに怒りを覚えた。僕は、君のことを特別に思っているのかもしれない」

「え……」


 見つめ合う私たち。

 先輩の波打つ銀髪や、優しげな青灰色の瞳や、薄い唇や、少しエラのはった輪郭が好ましい。

 大好きな先輩から意味深長なことを言われて、呼吸が早くなる。

 

(特別に思っているって、どういう意味? 後輩として? それとも……)


 とくんとくんと、脈打つ心臓。

 先輩が視線を外さないから、私も目を逸らせない。上がっていく体温。

 

「先輩……」

「僕だって、ルイーゼを特別に思っている。僕と独占契約を結んでいるので、ちょっかいをださないでください」

「ジュリシス!!」


 私と先輩の甘やかでひそやかな空間に、侵入者ジュリシスが現れた。

 目がつり上がっているから怒っているのだろうが、私だって怒りたい。大好きな先輩との時間を邪魔された。


「なんでここにいるの? 独占契約なんて結んでいませんけど」

「家族になった時点で、自動的に独占契約が結ばれている」

「え? 本当? 嘘だよね?」

「それよりも、どうして屋上にいるの?」

「別にぃ。教室に戻りまーす。……なんなの、独占契約って。嘘をつくのはやめてよね」


 ブツブツとつぶやくと、にこやかな笑顔をウェルナー先輩に向ける。


「先輩。今日、部活に来ますか?」

「今日から部活は休みだよ。試験前だから」

「あっ、そっか。忘れていた。じゃあ、ダメですね」


 先輩の上半身が傾き、私の耳に内緒話が注がれる。


「でも、一時間だけ絵を描こうかな。来てくれる?」

「はい」

「ジュリシスには内緒だよ」


 先輩の唇の前に、人差し指が立てられる。私はにやけそうになるのを必死に堪え、唇を閉じる指の仕草をした。内緒にしますというサイン。

 私と先輩の交わった視線が、秘密の共有を目論む。


「ルイーゼ、浮気しないで」

「ううわっ、浮気なんてしていないよ!」


 ジュリシスの剣呑な目つきから逃れるようにして、屋上の扉に向かう。

 扉の前で振り返ると、先輩は胸の前で手を振ってくれた。私も手を振り返す。

 心いっぱいに広がる幸せ。世界がキラキラと輝き、ハートが舞い散っている。

 


 

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