第1章 探偵事務所と大怪盗
1 就職先
第1話 雪
一
ざく、ざく、ざく
そこそこハイブランドのマフラーとコートで身を包み、周囲の低温をものともせずに前を向いて歩く。天気予報で、予想最低気温が2℃と言われていたのを思い出した。
ざく、ざく、ざく
少し凍った雪をブーツで踏みしめる。意外と寒くない。理由は色々あるが、寒冷地出身の人間が、氷点下を下回ってないのに寒いなどとのたまう訳にはいかない。
ざく、ざく、ざく
路面は多少雪かきが進んでいるので、あえて雪のあるところを踏む。万が一路面凍結していれば危険なので、雪を踏みしめて歩く方がいい、いやそんなのは建前だ。至極子供らしく、俺は雪があれば踏みたいし、人目がなければ雪だるまでも作りたい。俺は、その程度のただの少年だ。
「確かこの角を曲がって……お、あったあった」
周りのビルよりも一段と存在感を発揮する建造物。端を見ると、塗装された鉄塊がキリキリと音を鳴らしながら一直線に走っているのが見えた。鉄道を見るのも久々である。
「さてと……ん?」
駅の壁面に掲げられた電光掲示板。ちょうど天気情報が発信されていた。おもわず、現在気温の欄に視線が行く。
「これは、寒いな」
-3℃という数値が見えた。
二
一時間半ほど
駅舎を出ると、相変わらず雪は降っているが、積もってはいないようで、石畳が少しだけ濡れている。明日の夜は
かけられていた温度計を一目見て、寒いという権利を剥奪されたことを少し残念に思い、目的地に向かって歩く。バスを使おうかと思ったが、初めての土地を味わっておきたかった。
「……聞いたか? また《あの》怪盗が……」
「……に来るらしいね、他人事だと思うとちょっと楽し……」
一年間の修行によって得た二つの能力の内の一つ、語学力で道端の会話を理解する。まだ多少苦労するがある程度は分かる。だが、怪盗というのは初めて聞いた。律儀に予告状でも出しているのか知らないが、民衆の話題の種になっている。
「にしても、異様な光景というか……」
口のなかで呟く。すれ違う市民も、タクシー運転手も、コンビニ店員も、すべて少年少女
「本当にイカれた世界に来たってことか」
三
「この世界の人間は全員不老なんだ」
「……はいぃ?」
転移初日、『師匠』からとんでもない発言が飛び出した。
「厳密に言えば、15歳で全ての成長が極限まで緩やかになり、老化がほぼ止まる、らしい。知り合いの医者が言ってた」
「……はぁ」
「とはいえ、君も街に出ないと実感しないだろ。しばらく待つことだね」
「そうですか……二つ質問があります」
立ち上がりかけた師匠を呼び止める。少し面倒くさそうな目で、向き直してきた。
「それって、俺にも適用されるんですか?」
「当然、次」
「……いつ出れるんですか?」
「君が最低限の語学力を身に付けてからだね。君の努力次第で早くもなるし遅くもなる」
わざわざ少しカタコトの日本語で話してくれた師匠に応えるために、一年間それなりに努力した。一つ聞き忘れたことがあったけど、また会ったら聞けばいいか。なんで日本語知ってるんですか?
四
爪先から、靴を地面に擦らせるように歩く。こうすると氷かけの地面でも転ばずに済む。
角を曲がり、少し細い道に入る。
レンガ造り、周囲の建築物に溶け込んでいるようで、どことなく異様な空気が漂うのは、気のせいだろうか。異彩を放っているのではない。ただならぬ巨人が、無理矢理人間に溶け込んでいるかのような違和感があるような。その異様さは、その所有者に由来するのかもしれない。
「名探偵、ねぇ。小説より奇なりってほどでもねぇか、まだ
呼び鈴はない。ドアに近づき三度ノックをし、丸いノブを握り、回す。かじかんだ手ではそれすらもそこそこ苦労した。
「すみませーん」
ガチャリとドアを開ける。特に人の気配はしない。
ドアを閉める前に辺りを見渡す。ソファが二台、テーブルを挟んで向かい合わせになっており、その上には資料が散乱している。いかにもな応接間といった感じだ。
開けておいたドアの外で、コートや靴についた雪をはらう。師匠のようにギフトを使うのは、俺はまだそんなに得意じゃない。ドアを閉めて軽くコートとマフラーを畳み、左手にかけた。
香りだけで満足させられるような珈琲が、コトコトと音をたてて淹れられている。暖色系の照明で照らされていて、とても落ち着く。血生臭い難事件の香りなどは、少なくとも今はしない。そう思い、ゆっくりと無人のテーブルへと向かう。
散乱した資料の中には、不自然な一通の手紙が置いてあった。読む気はなかったが、表にこんなメッセージが書いてあったため手に取った。
『親愛なる新入社員殿、面接は2階で行う、来たまえ。なお、コート等は玄関横のクローゼットを使用してよい。』
なんとも鼻につくが、これを乗り切らないと入社できないのだろう。コートとマフラーをハンガーに掛けた後に、少々憂鬱な気分で、階段へと歩みを進めた。階段はやけに音が反響するような気がした。コツ、コツ、コツと。
十数段上ったところで2階へと辿り着き、戸の前に立つ。二度ノックをしてドアを開け、迎えたのは銃口だった。
「バン」
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