ダンジョンのラスボス配信者〜ダンジョン内は住めば都〜

夜兎ましろ

第1話 魔物はカワイイ

 5年前、世界の各地で突如ダンジョンが出現した。

 ダンジョンについては今も分かっていないことが多く、クリアした者に不思議な力をもたらすということだけが知れ渡っている。


 ダンジョンに1度に入ることが出来るのは5人までとなっている。

 例えば仲良し6人組が一緒にダンジョンを攻略しようとすると、1人だけがダンジョンによって外に弾き出されてしまうのである。


 ダンジョンをクリアするとそのダンジョンは崩壊し、中にいた挑戦者たちは全員外に出される仕組みになっている。

 クリア者が複数名いた場合、力を得られるのはその中の1人のみなため、挑戦者は1人で挑戦することが多い。


 ダンジョンが出現したばかりのころは各国の精鋭や腕利きたちが我こそはと勇んで挑戦していた。しかし、難易度がとても高くクリアした者はひと握りだけだという。


 1度ダンジョンをクリアした者が他のダンジョンまでクリアしたらどうなるのか。疑問に思った者もいるかもしれない。

 その場合報酬は貰えず、同時にクリアしたダンジョン未攻略者がいればその中からランダムに選ばれ力が付与される。いなければそのままダンジョンは崩壊してしまう。

 これらがこの5年間で判明したダンジョンのルールだ。


 基本的にダンジョンは国に管理されており、日本にもダンジョンがいくつか存在する。

日本では挑戦者の身元確認、挑戦税の納入及び契約書への署名が義務化されている。


 契約書の内容は以下の通りである。ひとつ、力を手に入れた場合は国家公務員としてその力を振るう義務を負うこと。ひとつ、命の保証はなくすべて自己責任であること。ひとつ、獲得した力の詳細を報告する義務を負うこと。ひとつ、帰還後にダンジョンの情報提供の義務を負うこと。


 ♢


「くそっ、どうすりゃいいんだよ……」


 俺――丘本太木おかもともときは、3か月前に仕事をクビになってしまった。所持金も底をついてしまい住む場所すら失ってしまう始末だ。

 ダンジョンの中からはとても高価な物が手に入るとどこかで聞いたことがある。

藁にもすがりつく思いで最寄りのダンジョンに挑戦することに決めたのはいいものの、挑戦税を納めることなど到底できそうにない。そこで、どうにかしてばれないように忍び込めないか考えているが、警備が厳重でお手上げ状態だ。


「どうやって入れば……」


 ダンジョンの入り口から少し離れた場所には常に警備員が数名立っている。


「金さえがあれば堂々とダンジョンに入ることが出来るのに」


 しかし、それでも俺は一攫千金をあきらめきれないでいた。

 ダンジョン内には危険な魔物が多く存在していると聞く。しかし、そんなことはどうでも良い。リスク無き賭けなど存在しないのだ。

 それほどまでに俺は限界だった。


 ダンジョンの入り口と警備員の間には少し距離がある。

 入口に近すぎるとダンジョンに吸い込まれてしまう恐れがあるからだと聞いたことがある。そこに警備の隙はないものか。


 そんな時だった。俺の足もとに何かがいるような感覚があり、下を見てみると可愛らしい猫が頭をスリスリさせていた。

 首輪をつけていない。恐らく野良猫だろう。


 俺は猫の頭を優しく撫でた。

 すると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。


「俺の頼みを聞いてくれたりしないか?」

「ニャア?」

「俺は今からあのダンジョンの中に行かないといけないんだ。でもあの警備員が邪魔で入れないんだよ。だから、あの警備員の気を引いてくれないか?」

「ニャオ!」


 猫に警備員の気を引くように頼むと、分かった! とでも言うようにカワイイ鳴き声を上げて警備員のほうへと走っていった。

 今の俺は猫に話しかけている変人なのだろうな。


 とはいえ、あの猫も賢かった。

 まるで俺の言葉が分かるかのようだった。


「おいおいどうしたんだい? ここは危険だぞ」


 警備員が猫に気づき、優しい声で撫で始めた。警備員は皆その猫に夢中らしい。

 今だ! その隙に俺はダンジョンの入り口から中へと駆け込んだ。


 どうにか警備員にバレることなく中に入れたらしい。もっとも、仮に見つかっても中まで追ってくることは無いだろう。


「ここがダンジョン……」


 顔を上げるとそこには広い空間が存在していた。ダンジョンの中は狭く、暗いのかと思っていたが、実際には街中にいるのかと思うほどに明るい。


 慎重に進みながらダンジョンの中を観察していると、少し奥のほうに黒い何かがいるのが見えた。気のせいだろうか。その黒い何かはこちらのことをじっと見ているようだった。


 少しすると、黒い何かが少しずつこちらのほうへと向かってきた。


「こいつは!」


 近づいてきてようやく分かった。その黒い何かは黒狼ブラックウルフと呼ばれる魔物で、凶暴なことで知られている。過去のダンジョン挑戦者の報告としてニュースに取り上げられていたのを見たことがある。こいつはまずい。

 俺は急いで走って逃げようとしたが、逃げる俺を見て黒狼も走りだした。

 黒狼はダンジョンの魔物。俺なんかが逃げ切れるはずがない。段々と距離が縮まっていく。


「うわっ!」


 俺は道に転がっていた小石につまずき転んでしまった。

 その間に黒狼は一気に距離を詰め、気づけば俺に覆いかぶさっているかのような距離まで来ていた。


 俺は覚悟した。

 俺の人生はここで終了してしまうのだ。

 そう思いながら目をつむる。


 しかし何も起こらない。


 不思議に思いながらゆっくりと目を開けると、黒狼が目の前でちょこんと可愛らしく座りながら頭を差し出している。

 もしかして、撫でてほしかったりするのだろうか。


 俺は昔から動物に懐かれやすい。

 とはいえ、こいつは魔物だぞ? 

 手を伸ばした瞬間に手を食いちぎられるかもしれない。ためらっているとその魔物は俺に頭をこすりつけてきた。まるでさっき助けてくれた猫のようだ。


 俺は覚悟を決めて恐る恐る黒狼の頭を撫でてみた。すると、気持ちよさそうに地面に転がりお腹を見せ始めた。

 動物がお腹を見せるのは気を許している場合が多かったはずだ。つまり、この黒狼は俺に対して気を許してくれているのだろうか。


 思い切って差し出されたお腹を撫でてみた。

 犬に接するように優しく無邪気にだ。

 すると、よほどうれしかったのか魔物はその場でゴロゴロと転がりだした。

 なんだ、実際は地上にいる犬や猫のように可愛らしいじゃないか。魔物というだけでだいぶ警戒してしまったがこいつは大丈夫そうだ。少しサイズは大きいけど。


「ウォーン」

「着いて来いってことか?」


 満足したのか黒狼は立ち上がり、まるで何かを伝えるように吠え俺のほうを見た。なぜか黒狼が付いてきてと言っているように感じる。俺は昔から動物たちの意図をなんとなく汲み取ることが出来たが、魔物に対しても同じようだ。


 黒狼は下の階層へと歩みを進めている。はぐれてしまわないように俺は黒狼のあとについて行った。

 下の階層へ行くほどに危険度は上がると聞いたことがあるが、せっかく懐いてくれた黒狼が案内してくれているのだ。ここで怖がってしまってはダンジョン攻略など夢のまた夢だろう。


「ウォン!」


 黒狼が足を止め吠えた。

 大きな木がたくさん生えている場所に出たようだ。そこには見たことのないような実がなっていた。ダンジョン内はまだ未解明のことが多い。ここにしかない植物があっても何ら不思議ではないのだ。

 ただ、そこにあるのは植物だけではなかった。


「ウォウォン! ウォウォン!」


 大きな木の陰から黒狼が次々と現れたのだ。


「ここは黒狼たちの住処だったのか」


 俺に懐いている黒狼が群れに駆け寄り何やらコミュニケーションをとっている。仲間たちに俺のことを紹介しているのだろうか。そうでなければ俺の命はもう長くはないのかもしれない。


 黒狼たちが一斉に俺のほうへ向かってきた。

 圧倒されそうな光景だ。

 俺は覚悟を決めた。


 しかし、予想とは正反対に黒狼たちは次々と俺の周りに寝転び始めた。俺に懐いてくれた黒狼がやっていたように、他の黒狼たちもお腹を上に向けゴロゴロと転がり始めたのだ。中には甘えた声を発しながら頭をこすりつけてくる黒狼までいた。

 ひとまず命の危険はなさそうだ。

 俺はホッと胸をなでおろした。

 

 状況を完全に飲み込めたわけではないが、機嫌を損ねないようにしばらくは黒狼たちの相手をしておこう。

 しばらくすると黒狼の一匹が何かを咥えて持ってきた。その実はリンゴのように綺麗な赤色をしている。


 食べられるのか分からないが、せっかくだから食べてみよう。急激に襲ってきた安心感のせいか、さっきから俺のお腹が悲鳴を上げている。大きく口を開き思い切って1口かじってみる。


「っ!?」


 1口かじっただけで口の中いっぱいに甘い蜜の味が広がる。それは酸味や苦みは一切なく、リンゴなんかとは比べ物にならないほどの美味しさだった。

 ダンジョンにはこんなに美味しいものがあるのか。数日ぶりに食べ物を口にしたということもあって通常以上に美味しく感じているのかもしれないが、それを差し引いても感動的な美味しさだ。


 あまりにも美味しそうに実を食べていたのだろう。周りの黒狼たちも嬉しそうにウォンウォンと鳴き声を上げている。

 ダンジョンとは、なんて癒される空間なのだろうか。


「ここに住もうかな」


 もはや攻略のことなど忘れ、あまりの居心地の良さにそう思ってしまった。

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