都市伝説『猫被村』に迫る!


 「猫被村びょうひむら」を知っているだろうか。その言葉だけがインターネット上で語られており、存在が証明されていない謎の村のことだ。

 日本には、因習と呼ばれる悪しきしきたりが現代まで継承され続けている閉鎖的な村や地域が存在する。

 猫被村もその一つだと言われており、この令和の時代の日本に生け贄文化があると言うのだ。


 私はインターネット上にある情報をもとに猫被村の場所を徹底調査し、ついに猫被村と思しき場所を特定した。そして現地に赴き、村人への取材を敢行したのだ。

 果たして猫被村は存在するのか? 今回は猫被村の真相に迫っていく。

 なお、この執筆記事の掲載が私の生還証明となるので、安心して読んでほしい。



 そもそも猫被村は存在するのか?

 インターネット上の情報を整理すると、猫被村の所在地には次の特徴があげられる。


・雪の降らない地方にある

・県名の最初には母音がつかない

・三十年前に村として登録された

・ローカルバスに乗って村の入り口まで行ける

・村には子供がいない

・村の中央には大きな宗教施設が建てられている

・ダム建設によって村は沈められた

などだ。



 これらの情報をもとに、地図アプリを使って猫被村を探し、それらしき候補を見つけては現地に赴いたがことごとく外れだった。


 そんなことを半年続け、ある二つの仮説を思いついた。一つ目は、猫被村は初めから存在していないということだ。インターネット上で作り出された架空の村なのではないか。もう一つはその存在を隠すためのフェイク情報ではないかという説だ。前者であれば、記事はここで終わってしまうので、後者の説を検証してみることにしたのだ。


 先ほど挙げた猫被村の特徴を全て反対に読み解いてみた。「雪の降らない地方にある」なら「雪の降る地方にある」とし、「三十年前に村として登録された」であれば「三十年前に村として抹消された」といった具合だ。

 「猫を被る」という村の名前も、本性を隠しているという意味合いから、真逆の意味というのは割と合っているのではないかと思った。

 それで洗い出した候補地が六箇所ほど見つけた。


 だが調査は難航した。本命だった一箇所目に始まり、五箇所目まで全て外れだったのだ。六箇所目も期待できず、調査は振り出しに戻るかと思っていた。

 しかし最後の候補地へ向かい、村人らしき人物を見た瞬間。ここが猫被村だと、確信した。


 具体的な場所の公開は差し控えるが、猫被村はある地方の山奥にあった。車では直接行けず、国道から山道に逸れ、さらに獣道のような整備されていない道を登り、携帯電話の電波も入らないところに、それはあったのだ。


 これは物陰から撮影した村人の写真だ。少々分かりにくいが、手前に一人、奥の二人とも、全身、猫の着ぐるみを着ているのが見て取れるだろう。実に奇妙な光景だ。村の名前の「猫被」とは猫の被り物のことなのだろう。


 私はカメラ撮影に夢中だったのか、背後の気配に全く気がつかなかった。

 突然肩を叩かれたのである。


 振り向くとそこにはやはり全身、猫の着ぐるみを着た人が立っていた。近くで見てもその着ぐるみの造形は非常にリアルで、毛並みはもちろん、頭部の目、耳、鼻、口に髭、全てがリアルに作り込まれており、本物ではないかと疑うほどだった。大きさは人間サイズで、到底、本物の猫ではないのだが。


 その着ぐるみ猫は「こんなところで、そんな格好して何してるんだ。捕まってしまうよ」と私に向かって言った。猫の被り物は、口も動かず、瞬きもせず、ただただ感情のない大きな眼玉で、こちらをじっと見ながら、さらに「ここは来ては行けない。早く帰りなさい」と言った。そして少し間を置いてから「……でも、もしこの村を見学したいのなら、こっちにおいで」とも言ったのだ。



 フリーライターである私にここで帰るという選択はなかった。向こうが勧めてくれるのだから遠慮なく見学させてもらうことにした。


「見学する前に、ここでこれに着替えて欲しい」

 渡されたのは村人たちと同じ猫の着ぐるみ一式だった。

「そこに小屋がある。風呂もあるから顔を洗い、髪も身体もしっかり清めてから着るように」と掘立て小屋を案内された。

 さらに「それから、着ぐるみはしっかり蒸れやすいから、小屋の中にある香水をふりかけ、クリームを身体にたっぷりよく塗り込んでくれ」と言われた。

 奇妙なことを要望するなと思いながらも従うことにした。


 着ぐるみの着心地は悪くなく、被り物の方は鼻の穴から外が見えるようになっていて、視界もしっかり確保されていた。

「さあ、こちらにおいで」

 小屋を出ると、先ほどの着ぐるみ猫がじっとこちらを見ながら立っていた。本来、鼻の穴から覗いているのだろうが、どうしても作り物の猫の眼玉の方に、目が行ってしまう。ガラス玉の中にある黒い瞳から視線を外せなくなる。


 村の中心となる通りを歩く。通りにいた村人十数人は皆、猫の着ぐるみ姿であった。

 私も彼らと同じ姿であるのに、まるで部外者であるのが分かっているのか、彼らからはねっとりとした警戒する視線を感じた。


 村の外れには、小さな――プレハブ小屋ほどの大きさの――神社が建っていた。清掃が行き届いていて、とても綺麗な神社であった。

 そこには猫神様が祀られているという。


「さぁさ。猫神様へご挨拶を」と促され、参拝した。その後、着ぐるみ猫の誘導で、拝殿奥の座敷に案内された。六畳ほどの広さに、座椅子とテーブルがあるだけの殺風景な場所だった。


 着ぐるみ猫は、親切にもこの村について説明してくれるというのだ。これは売れる記事が書けるだろう。私はフリーライターである身分を隠し、話を聞くことにした。

 着ぐるみ猫と向かい合うように座り話を聞いた。


 彼の話によると、明治か大正時代の頃、この村に、人間ほどの大きさで二足歩行をする猫が現れたそうだ。ちょうど着ぐるみ猫のような姿の猫であった。

 その猫は言葉を話し、当時村で流行っていた病を一瞬で治したのだという。

 その日から猫は猫神様として村人に崇められたのだそうだ。使われていない民家を猫神様に提供し、村ではできる限りのおもてなしをした。


 だが翌朝、村人の一人が、身体中喰い千切られた無惨な姿で発見されたのだ。 

 猫神様は「人間は最高のご馳走だ。これからも病を治す。だから褒美をもらうに値する」と言ったそうだ。

 病は治して欲しいが、村人を犠牲にしたくはない。

 村人は考えた末に、ある西洋料理店を開業することにしたのだそうだ。


 そのレストランは猫神様へ捧げる生贄を誘き寄せるために作られ、名を「山猫軒」と言った。山にやってきた猟師を巧妙な手口で料理にしては、猫神様の元へと届けたのである。

 その際、村人たちは身なりを隠すために猫の被り物と猫の着ぐるみを着たのだ。

 猟師がしっかり料理されてくれているか、扉の鍵穴から猫の青い眼玉をギョロギョロと出してはその様子を覗いたそうだ。今の被り物は鼻穴から外が見れるが、当時の被り物は目の部分から見ていたようだ。


 ところがある日、一人の青年が山猫軒にやって来たそうだ。その青年は頭が良く、村人たちのしていることに気がつき、喰い損ねて逃げられてしまったそうだ。

 その青年の名は賢治と言い、賢治は自身の経験を小説にして出版したらしい。

 初めは全く売れず村人たちも気にしていなかったのだが、昭和になるとその小説を含む賢治の本はあまりにも有名になりすぎて、山猫軒で生贄を誘き寄せることが出来なくなってしまったそうだ。


 そんな時に、また不思議なことが起こったそうだ。

 忽然と猫神様が消えてしまったそうだ。それどころか山猫軒も、猫神様が住処としていた民家も、村人が着ていた着ぐるみ一式も全て綺麗さっぱり消えてしまったそうだ。

 化かされたように何もなくなったのだが、村人たちの記憶にはしっかりと残っていた。


 村人たちは猫神様の祟りがあるのではないかと怯えた。どこかで村人たちを見ていて、隙を狙って襲ってくるのではないかと。だから村人たちは猫神様から自分たちの姿を隠すために、常日頃、猫の着ぐるみを着て身を隠すようになったのだそうだ。

 そして猫神様がお怒りにならないよう、神社を作り、祀り、今でも生贄を捧げているのだという。

 新聞広告や電話、雑誌、それに今はインターネットも使って、村の情報を流しては、興味本位で村にやってくる村外者を生贄として捧げるそうだ。



 猫の被り物をした村人は、これらのことを淡々と説明してくれた。作り物の猫の眼玉は不気味にこちらを見ていた。


 そして村人は「いろいろ説明が長くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかその着ぐるみをここで脱いで、そこにある塩壺にお入りください」と言った。


 私はそこで初めて自分が今まさに生贄に選ばれていることに気づいた。


 窓の外には、猫の被り物をした何人もの村人たちが、不気味で大きな眼玉でぎろりとこちらを見ていた。


 逃げるにはもう遅かったのだ。

 


 

 という内容の原稿データが保存されていたパソコンが、とある県境に乗り捨てられていた車の中から発見された。

 原稿に書かれた内容を元に、周囲を捜索したが、行方不明者の記者はおろか、神社や集落のようなものは一切見つからなかった。

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