第17話 神の名は

 不幸中の幸いとでもいうべきか、“魔物の過剰湧出スタンピード”に巻き込まれたことで大金を手に入れ、義妹シェルと暮らせる目途がついた。冒険者証もランクに上がり、受けられる依頼の幅も広がった。


 こういうとき、身体が十五歳ってのはどうにも扱いに困る。懐が温かくなったからといって酒が飲めるわけでも、女遊びができるわけでもない。生理的欲求は身体に決定権があるのか、不健康なものは欲しいとすらも思わん。

 安い屋台の肉串と果汁水で満足してるんだから、安上がりなもんだ。


「ふにゃ……♪」


 俺の隣では、シェルが幸せそうに喉を鳴らしながら肉串を頬張っている。口についた脂を袖で拭こうとしたので、布切れを渡してやった。薬草や討伐部位をくるむボロ布だが。洗ってあるから問題ないだろ。


「美味いか」

「あい!」


 俺は義妹と連れ立って、市場を散策していた。

 新しく借りた家は、最初に目をつけていた領府の北西部にある庶民長屋。ゴチャゴチャしてうるさいが、バレットが調べた通りに暮らしやすそうな場所だ。住人は子持ちも多く、差別意識が低い。仕事に出ている間はシェルがひとりになるので、人目が多いのもありがたい。


 借りたのは一番安くて狭い部屋だが、そこそこ清潔で悪くない。小さなテーブルがひとつに椅子がふたつ、あとは寝床でギュウギュウた。当然キッチンなんてものはないが、メシなら安い店や屋台があるし、少し歩けば公衆浴場もある。


「にーたん、今日から一緒に寝るにゃ?」

「そうだな」


 そもそも寝床がひとつだけだ。部屋に作り付けのそれは、小さなベッドというか背もたれのないベンチみたいなものだった。孤児院で自分用だった敷布と毛布をもらってきたので、とりあえず寝るには困らない。いまはお互いガキだからいいが、シェルが大きくなるまでには二部屋以上の家に引っ越さなきゃな。


 市場の古着屋でシェルの普段着と部屋着をそろえて、非常用の保存食と傷薬も買い込んでおく。自分用に大き目の背負い袋もだ。

 これからは、狩猟採取の量も増やす。予想外の“魔物の過剰湧出スタンピード”で当座のカネには困らなくなったが、しょせんは臨時収入だ。俺の“天恵職”は食い扶持につながらねえから、稼げるうちに貯蓄を増やさないとな。


「にーたん」

「ん?」

「たのしいにゃ♪」


 ぶんぶんと振られるシッポが俺の足にまとわりつく。

 前の人生で猫に好かれた覚えはないんだがな。バレットにとっては大事な義妹、となれば俺にとっても守るべき相手だ。


「……ああ、そうだな」



◇ ◇


 必要な買い物を済ませては家に運ぶ。それを何度か繰り返しながら、俺たちは領府を見て回った。

 日が陰り始めたので、近所の手近な食堂に入る。領府には獣人を嫌がる店もあるが、店内に何人か人間以外亜人もいたので問題ないだろう。


「いらっしゃい。新顔ね」

「ああ。引っ越してきたばかりだ」


 店内にいた亜人のひとりは給仕の女の子だった。

 バレットより年上のようだが、身長は百五十センチそこそこ。クセ毛に筋肉質な身体、たぶんドワーフなんだろう。


「“金床亭”にようこそ。わたしはハイム」

「バレットだ。こっちは妹のシェル」

「よろしくねシェル」

「あい!」


 おすすめの定食をふたつ頼んで、店内を見渡す。大小七つのテーブルで三十席ほど。ほぼ満席だが客筋が良いのか、にぎやかな声は聞こえてくるものの騒ぐやつはいない。


「にーたん、おしごと、うまくいったにゃ?」

「俺の仕事、ってわけではないけどな。孤児院に向かってきた魔物と獣を院長と一緒に倒したから、それが良いカネになった」

「にーたん、すごいにゃ♪」


 シェルには、まだ俺の“天恵職”を伝えていない。それがもたらした結果もだ。積極的に隠したいわけでもないので訊かれたら話すつもりだが、こいつはもう知っているような気もする。


 上手くいったのもカネになったのも事実ではあるが、正直なところ少しばかり疑問が残っている。“神威を示せ”とかいう天恵神託オラクルは、“魔物の過剰湧出スタンピード”を止めたことで果たされたのか?



名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV2

    所有ポイント:75P(LV3の必要ポイント:64P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク押さえ込みホールド

天恵神器セイクリッド1:隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:4(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神器セイクリッド2:粉砕するための銃デモリッシュト・ガン

    所有弾薬:3(弾薬購入ポイント:10P/一発)

天恵神託オラクル:神威を示せ



 数字も天恵神託オラクルも、スタンピードのときから変わってねえな。“ガンスリンガーの神”は、俺にどうしろというんだ?


「お待たせ」


 定食は、すぐに運ばれてきた。鳥の半身をローストしたものに豆と葉野菜のソテー。横には山盛りの茹でた芋。シンプルだが、ボリュームがあって美味そうだ。


「それじゃ、追加があれば呼んでね」

「あい!」


 笑顔で手を振ると、ハイムは仕事に戻っていった。愛想はいいが客に干渉しない。好きなタイプの店だ。


「さあ、食おうぜ」


 シェルからの返事はなく、見ると嬉しそうな顔で定食の皿を覗き込んでいた。


「どうした」

「ぜんぶ、たべていいにゃ?」


 ああ、そうか。孤児院じゃ、“みんな平等に”が鉄則だったからな。七歳のシェルは、七歳の子供たちに合わせた量だ。バレットもそうだが、人間より食事量の多い獣人に、それは少し足りなかった。


「ああ。食べたきゃ、いくらでも頼んでやる。今日もこれからも、ずっとな」

「あい!」


 幸せのかたちってのは、ひとそれぞれだ。美味い飯を腹いっぱい食えるっていうのも、この世界じゃわかりやすい幸福のひとつなんだろう。満面の笑みを浮かべながら鳥肉にかじりつく義妹を見ながら、俺はふたりの新生活が上手くいくことを願う。

 当然ながら、“ガンスリンガーの神”に、ではない。


「森があふれたのは、邪神が復活したせいだとさ」


 斜め向かいのテーブルから聞こえてきた声に、俺は思わず聞き耳を立てる。

 しゃべっているのは三十半ばに見える男。連れの男も同年代で、武器こそ持っていないが、服と体格からして冒険者だろう。


「なんだそりゃ。そんなもん、ホントにいんのか?」


 俺も連れの男と同じ感想を抱く。俺個人の話で言えば神の存在を信じたことはないが、他人の信仰を否定する趣味もない。祈りたければ祈ればいいし、捧げたければ捧げればいい。俺と“ガンスリンガーの神”の関係だって、信仰だとは思っていない。公正なフェア・取り引きトレードと思えば続けるし、割に合わなければ縁を切るだけのだ。


「知らねえよ。司祭が言うには、“沈黙のダンジョン”に何百年だかずっと封印されてたんだってよ。名前は……イモービーだか、エモーディだか……」

「それが、復活したってか?」

「ああ。数日前にな」


 ……ん?


 いや、待て待て待て。いま、数日前って言ったか? それはもしかして、俺が“天恵の儀”を受けた日のことじゃないだろうな


「にーたん、たべないにゃ?」


 手が止まっていた俺を見て、シェルが首を傾げる。もう大半を平らげていたので、切り分けた鳥肉を皿に乗っけてやった。


「いっぱい食え」

「あい!」


 その間にも男たちの話は進んでいて、それは俺のとってあまり楽しいものではなくなっていた。嫌な予感はどんどん強くなるが、それが予感でもなんでもないことはわかり切っている。


「その、邪神ってのは、なにがしてえんだ?」

「それが、司祭もわかってねえんだとさ。自分を封印した勇者の末裔すえに復讐するんじゃないかとは言ってたけどな」

「そんなもんもいるのかよ。いままで聞いたこともねえぞ?」


 そうだな。実際バレットも知らないようだ。獣人差別主義者“天の狩人”の元締めだと知って以来、教会のやることには裏があるように感じる。

 差別主義の思想誘導プロパガンダとして身内を勇者に仕立てるとか、獣人を邪神と紐づけるとか。なんにしろ、ろくなことにはならなさそうだ。


「イモービー……エモーディ……イモービー……エモーディ……」


 聞いたばかりの音感がなぜか気になって、俺は口の中でつぶやく。

 漠然とした不安の奥に透けていたものが見えてくる。


「……マーチャント・オブ・デス


 欠けていた砕片ピースが、あるべきところにハマったような感覚。

 ああ、わかってた。最初から、こうなることは決まっていたんだ。その邪神の名は。


 “死の商人MOD”だ。

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