第5話 ぶつかり合う二人と、遠ざかる者たち


「まあいいわ鞘師さやしさん。今日は特別に遅刻は取り消してあげる」


 厳しい表情をやわりと変えて、岩田いわた先生は言った。


「ホントですか? やったー」鞘師トアリは防護服をギシュギシュ鳴らしながらバンザイした。


 甘いな岩田先生も。


「じゃあ鞘師さん。あなたの席はそこだからね」


 岩田先生が指差したのは教壇のド真ん前にある席。「え?」と鞘師トアリは防護服ごしでも分かるほど、露骨に動揺した様子を見せた。


「ちょっと待って下さい先生! これじゃあ死んじゃいます!」


 何でだよ。


「後ろの人がせきしたり、くしゃみしたら死にます! 汚い菌が私の背中にかかると思っただけで……」


 鞘師トアリは両手で頭を抱えて半歩フラついた。


「あのね鞘師さん。そのぐらいじゃ人は死なないから大丈夫よ」


「無理です無理ですぅ~! 後ろの人の汚いブレスがかかるだけで無理ぃ! せめて一番後ろの席にして下さぁ~い!」


 必死だな。てか失礼なんだよおまえ。


「困ったわねぇ……。最後列さいこうれつの席で誰か替わってくれる人――」


 岩田先生の視線から逃れることで、最後列に座る皆は『ノー』と伝える。当然、俺も。


(誰がおまえなんかと替わるか……)


 最後列の様子を見て、岩田先生は諦めの息を吐いた。


「まあ居ないわよね……。どうしようかしら……」


 途方に暮れる岩田先生の横で、鞘師トアリが顔をこちらに向けた。


「……ああああなたは!」


 鞘師トアリは防護服を鳴らしながら俺を指差した。


「あの時の男子じゃありませんか!」


 クラスの視線が一斉に俺の方を向く。


「……え? 何? 俺?」


「そうそう、あなたです! 『あのこと』は言いませんから、席替わって下さいよ!」


 ……あのことって何だ? カマかけようとしてんのか?


「悪いけど何のことか分からないし……。観念して一番前の席で勉学に励めよ。後ろから応援してるから」


 ここは大人の対応。サラッと流してやった。あんまり事を荒立てると面倒だし。


「ごまかしても無駄です! そこのどこにでも居そうな、モブみたいな男子!」


 ……悪かったな普通で。

 まあ……世間的にはもうエリートだし……。

 ……んな挑発にはもう乗らないし(震え声)。


「バレンタインチョコ通算獲得数ゼロみたいなフェイスオブ普通男子!」


 …………無視無視。


「隠しても無駄ですよ! あなた今朝、女性ものの下着を着用してて警察に職質されてたじゃないですか!」


「なに言ってんだテメー!」


 我慢ならず、俺は激しくツッコンだ。


「ちょっとおぉ! 止めてくんない! 人をおとしめるような嘘は!」俺はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。


「嘘じゃないでしょ! あまりに挙動不審だから警察に囲まれてたじゃないですか!」


「それはテメーだろうがああああああああ!」


 俺は力の限り叫んだ。


「先生ええぇ! そこのフルアーマーバイオ女子こそ職務質問されてたんですよ! それを言うのが恥ずかしくてさっきは嘘ついてたんですよ! 署の警察に訊けばすぐに分かります! こんな嘘つく奴の要求をに受ける必要はありません!」


「止めてえ! これ以上嘘を詰み重ねないでえ! 嘘をつく度に罪を重ねることになるんですよ! 地獄へと近づきますよ! 今に地獄に落ちますよ!」


「嘘を詰み重ねてんのはテメーだあああああ! おまえこそ奈落の底に落ちやがれえええ!」


 俺は、ついヒートアップしてしまっていた。

 ハッと我に返った時、


「凄いなアイツ……」


「なんか……恐くない?」


「ヤンキー?」


「髪染めてるし、やっぱりそうなのかな?」


「もしかしてヤベー奴?」


「前の中学シメてた不良じゃね?」


「誰か知ってる?」


「知らないけど、あまり関わらない方が……」


「だね」


 等とクラスメートたちがヒソヒソしだした。

 ツッコミどころがあると我を忘れてヒートアップしてしまうという、大きな欠点が出てしまった……。


 いつもこうなって「ヤバイ奴」と認識されて、人が遠ざかってゆく……。

 中学の時もそうだった。


 駄目だ駄目だ。

 このままじゃ高校デビューどころか友達すら出来やしない。


 ここはまず、落ち着いて……。

 そして機会があれば、早めに弁解しよう……。

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