第1-9話 初めての町
踏めばさくさくと小気味いい音を立てる霜柱の道。
やがて靴裏でぐちゃぐちゃと嫌な感触になり、往来の多い街道にかわる。
荷車とすれ違うころになると踏みかためられた堅固な大路になった。
だが照勇はきょろきょろと周囲を見回して忙しい。見るもの触れるもの、すべてが珍しくてしかたなかった。
「姉さん、あれはなに?」
「白菜を積んだ荷車だ。町の市で売るんだよ」
「じゃなくて、荷車を引いている動物」
「牛だ」
「あれが牛。わ、こっちを向いた。大きいなあ。じゃあ、そっちのが馬だね。絵で見たことあるもの」
目に飛び込んでくるもの、どれもこれもが刺激的だった。
たった今通り過ぎていったお爺さんは、炭の匂いがした。背負っている箱は炭箱だろう。よく見ると袖や爪の中が黒く汚れている。
幼児が猫を追いかけている。猫は丸々と太っていた。餌をたっぷりもらえているのだろう。
鼠対策のために道観で猫を飼っていたことがあった。老いた猫を看取ったときのことまで思い出して鼻の奥がつんと痛んだ。
情報が多すぎるうえに感情が渋滞して、照勇はあわてて目を閉じた。
「そんなことより、石栄の特徴を教えろ。背の高さは。歳は。目は垂れてるか。わかりやすい外見か。……おい、なんで目をつむっている?」
「教えないよ。教えたらぼくは用済みだろ」
視界を塞いだため方向がわからなくなる。片方の手で三娘の裙をつかんだ。目を閉じても耳や鼻や足の裏がいろんな情報を伝えてくる。期待や不安で息苦しい。
「ちっ。しっかりしたガキだな。見てみな、あれが苑台の町だ」
「……」
「うつむいてないで目を開けてしっかりと見てみろって」
照勇は立ち止まった。顔を上げ目を開くと『苑台城市』の扁額を掲げた大きくて立派な門が飛び込んでくる。
「苑台の町……」
ようやく到着した。ずっと歩き通しだったので膝と足の裏が痛くてつらい。太陽の位置は昼を示していた。
「こっちに来な、五娘」
往来の邪魔にならないよう、三娘は道の外れにそれた。懐から巻いた布を出す。中には化粧道具が入っていた。
「ふむ、化粧をすると大人っぽいなるな。十三、四くらいの娘に見えるぞ。わたしは七歳年上の姉だ。行方不明の兄を捜して旅に出たという設定にしよう」
三娘に顔をいじられるのは気恥ずかしかった。左右に視線が逃げてしまう。
見えている範囲でも百人は越えている。老若男女、さまざまな人がいる。こんなにたくさんの人間を一度に見たのは初めてだ。
「五娘、さあ行くよ」
「う、うん、姉さん」
「暗殺団が怖いのか。大丈夫だ。わたしたちの変装に
「うん、ぼくら……じゃなくてわたしたちはずっと南に下った桃杏城市を出て、兄・
「一度でよく覚えたな」
三娘は感心したようすでうなずいた。
苑台が城市だったのはもうずっと昔のことらしく、城郭はほとんど残っていない。城壁に使われていた石材は庶民の住居に再利用されたという。
大路の両脇には店舗がずらりと並ぶ。何を商いしているのかはよくわからない。だが華やかな彩色とさまざまな匂いと道行く人の楽しげなようすは照勇の意識を細かく寸断していく。
きょろきょろして人にぶつかったり石にけつまずいたり忙しい。ずいぶんと落ち着きのない子に見えているだろう。
道なりに進んでいくと広場があり、大勢の人が地べたに座り込んでいた。行商人だ。竹で編んだ籠や藁で編んだ雪靴、泥まみれの野菜や木炭の欠片、小魚や貝など、それぞれが小規模な商いをしていた。
小魚売りが餅売りに声をかけた。物々交換を持ちかけたのだろう。だが餅売りは首を振る。そこへ干し柿売りと客が声をかけて、四人で小卓を囲みだした。商売そっちのけで麻雀を始めるようだ。
なんとものんびりとしている。
「こういうところで茸を売っていたかもしれないよ」
ちょっとした思いつきだったが三娘は首をふった。
「高く売るには目利きの薬種商に限る。品質の良い品を継続的に納入できれば適正価格で毎回必ず全量を買い取ってもらえる。大店は信用が第一だからな」
「そうか、一回こっきりの取引じゃないもんね」
石栄と沢蓮至は月に二回、交互に下山した。納める先と期日が決まっていたのだろう。何年もかけて信頼関係を築いたに違いない。
そんな信用第一の大店に行って、茸を売った人のことを教えてくれと訪ねても怪訝な顔をされるだけだ。三娘はいったいどうする気だろうか。
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