Part2:「星宇宙と珈琲と観測者」

 事の経緯は長いので、要所を端的に羅列していきたい。


 まず事の発端は、星図が動画撮影機能をオンにして、実況動画に使うためのTDWL5のプレイを始めようとした所からだ。

 その直後、星図は何かモニター画面に吸い込まれるような感覚を覚え。同時に眠りに着くように意識を落としてしまった事を、朧気だが覚えている。


 そして次に目が覚めた時、星図が――今の星宇宙の姿で置かれていたのは。

 小さな洞状のシェルター入り口を近くに置き、周囲を木々や岩や水場で囲われた屋外の一角。

 TDWL5の、キャラクターメイキングを終えた直後に降り立つ事となる、スタート地点であったのだ。


 そして呆然としていた星宇宙の目の前に現れたのが。


「――こんモカーっ!やぁっ、初めましてマスター、早速だけどヨロシクっ!」


 一匹狼風なビジュアルに反した、大変に明るく喧しいまでの。

 ネット上のミームで形成されお約束となっている、彼女のキャラクターのノリ、ムーヴを反映させたモカであった。


 音声合成ソフトであり、AI機能などは持たないはずのモカであるが。出会った時点で彼女には、ネット等で形成されたらしいそれがベースではあるが、確たる自我が宿っていた。


 聞けば彼女自身も、気づけば星宇宙と一緒にこの場所に在ったという。

 彼女は、自分は合成音声ソフトキャラである事は承知しており、そしてここがTDWL5のゲーム世界である事なども理解しており。その予備知識は星宇宙よりは多いものであったが。

 しかし自身の自我などのついては彼女もよくわからないとの事であった。


 二人して考えた結果、「ネットミームが元となった付喪神的なものか」と。自分を納得させるような結論を強引に出したが。

 それ以上に星宇宙は、どこか「ご都合主義的な力」が働いているような気がしてならなかった。


 そしてだ。

 星宇宙は、自身に――美惑 星宇宙というキャラクターには覚えが無かった。

 なんとなく名称などから、モカと同じく音声合成ソフトキャラ的な雰囲気を感じられる所がある。

 自分が知らないだけかもしれないが。しかし星宇宙は何となく今の自分のキャラクターが、今回の不思議な現象においてのイレギュラー、オジリナル要素であると、またなんとなくだが確証を得ていた。


 そして一番重要な所である、このTWDL5の世界に星宇宙が入り込んでしまっている事については。やはりモカも知らず、原因他は分からずじまいだ。


 そんな色々とファジーな要素が占める中で、とりあえず自分を落ち着けた星宇宙は。

 今は自分の横に投影させた、タブレットサイズの小さなスクリーンに目をやる。


《――え、新人の新作動画かと思って見に来たのに、これマジ?》 

《そういう設定じゃないの?》

《二人とも可愛い》


 そこは「コメント欄」。

 動画投稿サイトに設けられるコメント機能のそれであった。

 リアルタイムの様子のそれ。

どうにも今の現状が生配信のような形で。自分も入り浸っている動画サービスサイト、「ようっ!笑顔っ?動画」に上がっているようなのであった。


「まぁ、信じないのが当たり前か……俺自身信じられてないんだ」


 その視聴者等もここまでの流れを視聴していたようで、流れて来るコメントにはそれぞれの驚きや訝しみの反応が見える。

 その反応も当たり前だろうと、星宇宙は美少女となったその顔に少しの渋い色を浮かべる。


《え、本当に〝スペース〟さん?》

《マジで作者の〝スペース〟氏?活動報告から来てみたら、なんか穏やかじゃないんだけど……》


 そんな中に、いくつかそんなある名前を上げるコメントが上がる。

 それは星宇宙がまた別に、趣味で描いている小説投稿で使っているハンドルネームだ。小説投稿サイト側でもこじんまりと動画作成の事をにおわせていたのだが、どうにもそちらから覗きに来てくれた人が何人かいたらしい。


「あらマジか?向こうの読者さんが来てくれてたのか」


 そんなコメントに、こんな状況にも関わらず星宇宙は少しうれしい感情を覚えてしまう。


《コレマジで異常事態系?》

《よくわからないけど……何か助けを呼びましょうか?》


 そして次には、そんな呼びかけのコメントが打ち込まれて上がった。


「あー、いや……とりあえずそういうのはまだいいです。信じてもらえるか難しいし、俺自身まだ半信半疑だから」


 そんな自身の身を案じるコメントをまた少しうれしく思いつつも。

 実際に何らかの助けに動いてもらう事には、まだ早計と遠慮の言葉を返す。


《了解》

《しかし真意真相はともかく、困ってる状況はガチっぽいね。どーするん?》


 それに返答のコメントが来て。さらいに続けて、ではどう動くのかを尋ねる言葉が来る。


「んー、それだけど。ここはTDWL5のスタート地点……今ここに居るってことは、とりあえずできる事は一つだと思う」


 それに口元に手を当て、考えながら星宇宙は言葉を紡ぎ零す。


《行く感じ?》

「あぁ、行ってみるしかないと思う」


 そしてまた流れたコメントをチラと見て、星宇宙はそれに答えるように零した。


「決めたら行くしかねぇっ!」


 そんな所へ。それまで星宇宙の真横で状況を見聞きしつつ見守っていたモカが、唐突に《>ワ<》な顔で掛け声を張り上げたのは直後だ。


「……何をするか分かってるのか?」


 それを聞いた星宇宙は、訝しむジト目でそんな尋ねる声を返す。


「あんま分かってない」

「反射で叫ぶな。元の世界に戻れる可能性に賭けて、ゲームクリアを目指すんだよ」


 発したはいいものの分かってなかったらしく、今度は《0ω0》?な顔で返すモカ。

 それに星宇宙はまたジト目のあきれ顔で、そう説明する言葉を返した。


《モカはこの世界でも天然の子》

《星宇宙ちゃん、モカちゃんの扱いを分かってらっしゃる》


 そのやり取りを見ての反応のコメントがまた流れる。

 今のやり取りは、モカのキャラクター象と、それに伴う彼女の扱われ方によるお約束的一幕なのであった。


《星宇宙さん、最推しにも容赦無しの図》


 さらに流れるコメント。星宇宙は、モカが実は最推し音声合成ソフトキャラである事は、別にやってる小説投稿サイトで明かしている。

 どうやらそれを知る読者さんのコメントのようだ。


「うん何か、最初は少し緊張したけど……実際にこの押せ押せのキャラを前にしたら、スルッと反応が出て来たんだよね」


 そのコメントをスクリーンにまたチラと見つつ、そんな素直な所をまた述べる星宇宙。

 実際、先程に最推しであるモカが目の前に現れた時。星宇宙は驚愕困惑と同意に、少しの緊張と感激を覚えたのもまた事実。

 しかしこの短い間で接した内に、彼女のハイテンションかつ喧しいキャラに対して、どう接していくのが正解かなんとなく呑み込めてしまったのであった。


「ふえーっ!星ちゃんマスター酷くないっ!?もっとボイスキャラに愛を向けてっ!」

「わぁっ!」


 それに不服の言葉を鳴き真似と一緒に見せて寄越したのはそのモカ。そして次には彼女は《>△<》な顔と一緒に、思いっきり星宇宙に抱き着いてきた。


「ちょっ!」

「マスターに冷たくされるとアタシ悲しいよーっ――……でゅふふっ♡」


 モカは背後横から星宇宙にがっつりだきつき、そんな嘆きの言葉を伝えるが。直後に聞こえたのは何か妖しく下品な笑い声。

 気づけばなんと、モカはその手を星宇宙の胸や腰回りにまわしていた。


「おい」

「むひゅひゅっ♡やっぱり星ちゃんマスター、かわいいねぇ♡」


 それに咎める言葉をジト目で一言向ける星宇宙。一方のモカはその美麗なボイスを無駄遣いするキモイ言葉遣いを、星宇宙の耳元で囁く。


《安定のセクハラモカおじさん社長》

《セクハラ強制レズよいぞよいぞ》

《てぇてぇ……てぇてぇか?》

《でも確か星宇宙ちゃんさんの、中の人の公表性別は男性》

《↑だがそれがいい》


 しかしそれもモカのキャラクターがらみのお約束。コメント欄にはそれを楽しみ囃し立てるコメントが並ぶ。


 それと並行して――むにゅり、と。

 星宇宙の背中にはある柔らかで甘美な感覚が伝わっていた。何を隠そう、それはモカの豊満な乳房の感触。

 モカは後ろから星宇宙に抱き着いているため、その彼女の自慢の乳房がおもいっきり押し付けられていたのだ。


「……っー……」


 そんな本来であればドギマギしつつも喜んでしまったであろう感触に。

 しかし星宇宙はその感情もないでは無かったか、それ以上に何か複雑な感情を覚えてしまっていた。

 そして視線を落として見せるは、今はモカに弄られる自身の服越しのつつましい乳房。

 その胸囲の格差社会に、星宇宙は何か漠然と悔しいものを覚えてしまっていたのだ。


《あっこれは……》

《格差が……》


 視聴者の何名かがそれを看破したのだろう、そんなコメントが流れる。


「ええぃっ、退きなさいっ」

「あわっ」


 しかしそのコメントには敢えて取り合わず。星宇宙は肘をやんわりと突き出して、モカの体を引きはがした。


「はぁっ。何か前途多難な予感が早くもしているが……ともあれこうなった以上、モカとは一蓮托生みたいだ」


 しかしそんな胸囲の格差社会による嫉妬心はまぁさておき。

 状況から、今の味方はモカしかいない事は明らか。彼女との協調協力が大事であろうと、星宇宙は腹を括る言葉を紡ぐ。


「モカ、お願いだ。この事態を打開するために、協力して欲しい」


 そしてその顔を少し真剣な色にして、星宇宙は目の前のモカにそう願い入れる言葉を紡ぐ。


「!――もちろんだよっ!マスターの危機はあたしの危機、どこまでも一緒に行くよっ!」


 それにモカはニカっと笑い、同意肯定の返事を返す。


 そして二人はそれぞれ腕を翳して、宙で突き出した拳をコツンと突き合わせた。

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