第13話『合図の魔法』
一通り準備を終えた俺たちはイグニス王都の東門を出て作戦の最終確認を始めた。
「いいなのです?今から三組に分かれて東に向かうのです。僕とシャーロットさんとヒューさんが『ルーチェ』の方、そしてランマルさんとフラッドさんとヘルさんは『スキンテイラ』の方に…」
「『スキンテイラ』?」
「そうなのです。『スキンテイラ』を超えてアクア王国付近の『レジェロ』を目指して捜索を続けてくださいなのです。そして残りの三人は『エルジオネ』の方へ向かうなのです」
渡された地図を見ると、シャーロットたちが向かう『ルーチェ』は北の方にあり、そこから南に俺たちの向かう『レジェロ』、そしてさらに南に『エルジオネ』と書いてある、らしい。俺には文字が読めないのでフラッドに頼り切りになっている。
「拠点を見つけたら空に向けて魔法を放ってくださいなのです。魔法の種類に応じてその場所に向かうなのです。やばそうなら魔法を二回続けて放って退散してくださいなのです。あとで対策するなのです」
「まぁ、がんばろうな!きっと平気だぜ!」
「わちきたちがいれば絶対平気です!悪をぶっ倒すです!」
レオナルドとバイションが拳を掲げて元気よく叫ぶ。
「では出発なのです!」
ルカーが出発の合図をすると皆流れで歩き始めた。
シャーロットがこちらに「じゃあね」と軽く手を振ってきたのでフラッドは「では」と言い、俺は軽く会釈した。
「昨日より顔が酷くなっているわ、先が心配ね」
「うるさいな、ヘルさんこそなんで戦いに行くのにドレス着てんだよ」
「可愛いでしょ?」
赤ドレスの美女、ヘルはそれだけ言うと返答を待たず歩き始めてしまう。
「いや、可愛いけどさ」
俺もフラッドとヘルに続いて首元にある触れられない指輪に手をやり、ため息をついて歩き始めた。
◇◆◇◆◇
「てか、めっちゃ歩くことになるよな。スキンテイラでさえもあんなに時間かかったのにそれを超えていくんだろ?」
「いいから周りを見て歩け。拠点はどこにあるかわからん」
「テントとか貼らなそうなイメージだけど…。てか気になってるけどヘルさん前見えてるの?」
「あなたよりは見えているわ」
「はえー」
歩き始めて十分ほどが経過し、集中が途切れてしまった。
風狸に乗って移動していた草原を引き返しているのだが、これがかなり殺風景。変化といえば木がたまに生えているぐらいだ。正直こんなところにギルたちが拠点を建てているとは思えない。きっとシャーロットの方か、もしくはバイションの方にいるのだろう。そう思いたいという消極的な本望でもある。
「そういえばフラッドさん、明日は暇?」
思いついたようにヘルは話し出す。先頭を歩いているヘルの目線はわからないが顔を動かす素振りはない。
「ええ、今日で作戦が終わればですが」
「私とお茶でもどう?」
「おいおい」
突然ヘルがフラッドを誘うもんだから俺は立ち止まってしまう。
「なに?もう疲れたの?情けない」
「ちがうわ!」
彼女の声色は一切変化しないのだがもう慣れてしまった。俺の適応スキル、最近かなり優秀。現世では力を隠していたのだろう。
「そういえばケルさんとはどんな関係?双子?姉妹?あとなんで喋んないの?」
「双子の姉妹ではないわ。あれを説明するにはかなり時間がかかるし、私もあまり踏み込まれたくないわ。申し訳ないけど後でまた聞いて。また断るから」
「断るんかい」
話し方は一切変えずにシリアスな会話を突然緩くできるのは彼女才能だろう。素直に感謝だ。
ヘルとケル、ビアンカとシャーロットと何か繋がりがあるような気がするので、かなり気になる。
「おい、止まれ」
すでにもう横一列で歩いていた俺たちはフラッドの声で立ち止まった。
フラッドが『しゃがめ』と手で合図してくるのに従い俺とヘルは腰を下ろす。
「なんだ?」
「あそこよ」
俺がフラッドに小声で尋ねると右にいたヘルが俺の耳元で返事をする。少し鼓動が高まるが落ち着いてヘルの指差した方を見た。
一面に草が生えていて一本の木がある。数分前からずっとこんな光景だ。しかしその木の影から――――、
「牛?」
木の影からのそのそと群れを成して歩いているのは三匹の牛だった。
「ジリジリ牛ね」
昨日食べたやつじゃん!すごい美味しかったやつ。真っ黒で現世の牛の二倍ぐらい大きい。そして大きい角が三本。そりゃ流石のフラッドさんでもビビりますわ…、てまてまてまて。ただの牛でそんなビビるか?
俺は頭に嫌な考えが浮かんだ。それをその瞬間に口にする。
「まさか十二紫の牛じゃねえよな?」
「何を言っているの?今ジリジリ牛だって言ったでしょう?人の話をちゃんと聞きなさい。それに十二紫に牛なんていないわ」
ボロクソ言われた。かなり恥ずかしい。
でもそう思っちゃうじゃん。まぁ聞くはいっときの恥聞かぬは一生の恥とか言うし俺は間違ってない。
「行くのを待つぞ、出くわすと襲いかかってくるだろうからな」
フラッドがため息をついて腰を落とす。
『十二紫』は現世での十二支に何かしら関係があると思う。でもよくよく考えるとメイソンの枠の『狼』は十二支にはなかったな。
「十二紫って狼の他にどんなのがいるんだ?」
「捕らえられたのは『猫』だけ。確認できているのが『狼』『鹿』くらいだな。あとは名称が不明だ」
猫いるんかい。てか狼も猫も鹿も十二支にはいなかったよな。綺麗に全部被らなそうだ。
「あの森を通り抜けたらスキンテイラね」
目隠しをしている顔を前方の黒い森に向けてヘルが呟く。
「森を通るのか?」
「お前がゲロを吐く前に通った」
「言わないでよ」
森。あまり入った経験はない。長袖長ズボンは必須で熊対策もする必要がある。木の間隔はかなりあるので歩きやすそう。だけど――――、
「拠点がありそうだ」
「近寄らないで、汚いわゲロランマルくん」
名前を覚えてくれたようで何よりだ。
◇◆◇◆◇
「暗っ!」
森に入った途端視界が不自然に暗くなった。前が見えないほどではないがかなり暗い。まるで建物の中に入ったかのような感じだ。本当に気味が悪い。
「森の領域内は魔力が木々に吸われるから危ないのよ」
「よくわかんない」
森の広さはそれほどでもない。森と言われているが、暗さがなければ林ぐらいだろう。森と林の違いをよく知らないけど。
しかしこの森の木はとても太い。これは魔力によるものなのだろう。黒くて…、太い…、なんでもない。
加えて登り坂。まじ最悪なんだけど〜?地面も湿っていてブチャブチャ音が鳴っている。気持ち悪い。てかもう森でも林でもなくて山。あんま高くない山じゃんこれ。これで山を降りたらスキンテイラに到着ということか、早く休みたい。
「まぁ、あれだ。拠点がある可能性が低いということだ。長時間いれば魔力が尽きる。空気中の魔力もほとんどないからな」
「結構やばそうじゃん」
全く、知らないことばかりだ。知識はない、力もない、金もない。あるのは魔力と仲間だけ。愛と勇気だけが友達さ。
くだらない思考は放り捨てて建設的で有効な思考を巡らせよう。
ぶっちゃけ、俺はこの作戦はかなり危険だと踏んでいる。理由はいくつかある。
まずは相手が強すぎる。メイソンより強いであろうギルが率いる敵は何人いるかもわからない。そして拠点を見つけて魔法を放ったら居場所が確実にバレる。よって、戦闘が開始する。仲間が来るまでHPが持つか不安すぎる。
でも城壁の中で待ち構えているよりは有効なのかもしれない。あっちのペースで攻撃をされ続けて勝てる気がしない。
そう考えると明らかに最初から不利だ。かなり絶体絶命。改めてやばいと思う。ああやばい。やばすぎだろ異世界。
◇◆◇◆◇
「何の音?」
「誰か来る?」
「――――」
もうすぐ森を出るというときに異変が起きた。前方からダダダダという足跡が響く。音はどんどん近づいてくるが、その音はピタと止まった。目の前の太い木の裏で。
「誰だ?」
フラッドが木の裏に声をかける。
「またオマエらか」
この声には聞き覚えがある。俺が異世界に来てから初めて話した人。そして、初めて戦った人。
そいつが、木の裏から姿を現した。
2メートル越えの身長。鎧なような筋肉を剥き出しにした上半身。シャツに前と同じズボン。以前は結んでいた彩度の低い灰色の髪を下ろし印象は変わっている。黄色の瞳は暗い森の中でよく目立つ。
メイソンだ。
思いがけない再会に鼓動が高まる。それは怒りによるものか、それとも恐怖によるものか。どちらにせよ二度と会いたくない相手だったことには変わりない。
体が震えて声が出ない。冷や汗が止まらない。あのときはメイソンの魔力がなかったから勝てた。だけど今は違う。おそらく万全の状態、でなくてもそれに近いだろう。
今は頭を動かせ、俺。
メイソンがここにいるということは近くにギルがいるということ、つまり拠点はこの付近にある可能性が高い。まず俺らがすべきことは…。
「フラッド、合図の魔法を」
『拠点を見つけたら空に向けて魔法を放ってくださいなのです。魔法の種類に応じてその場所に向かうなのです。やばそうなら魔法を二回続けて放って退散してくださいなのです。あとで対策するなのです』
今朝ルカーが言っていたことだ。この場合は一旦戦闘になるだろう。よって一回魔法を放つのが最適。
「わかっ…」
『わかってる』だろうか、『わかった』だっただろうか。まぁどちらにせよフラッドは返事を中断された。
フラッドの返事を遮ったのは上空からの爆音と森の暗闇を消滅させた光、否――――、
「『イグニート』だ」
上空に放たれたシャーロットの魔法だった。
なんでなんでなんでなんでだ。
この疑問はシャーロットの魔法があがったことに対してではない。もちろんそれもあるけれど、違う。なぜ俺は拠点が一つだと思い込んでいたのだろうか。なぜギルが言っていたことをそのまま信じていたのだろうか。
「オレはもう行く。エヴァがオマエを待ってたぜ、行ってやれや」
「――は?」
メイソンはそれだけ言い残して俺たちが来た方向、イグニス王都に向けて走り出していた。それに俺は腑抜けた声を出すこと以外できなかった。
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