30番ホール よみがえる翼

「いやそれ! そのヘッドカバー!」


「あ、気づいた? いいでしょう、ピーちゃん専用なんだこれ」


「不死鳥だって言われていたんでしょう? それがどうしたらニワトリになるんですか」


「そう? そんなに変かな?」


「転生の炎の中をゆっくりとうごめき、神々しく甦るのがニワトリ。焼かれながら生まれいでてくるそれは。むしろ美味そうじゃないですか」


「いい匂いがしてきそう、でしょ? それより体調はどう?」


「だいぶ痛みが収まってきました。ようやくです。まさかこんなに長引くだなんて」


「じゃあ薬は長く効きそうなんだね?」


「どうもあまり相関がないそうなんです。効力はすぐに切れるかもしれないし、長続きするかもしれないと」


「そうなんだ。でもそうなると? まだゴルフは始められない?」


「残念ながら。少しはまともに動けるようになりましたが、ゴルフまではとても」


「打てたとして、無理してフォームを崩したら戻すの大変だもんね。じゃあオリンピックのアジア予選は、やっぱり交代してもらって正解だったんだ」


 やあ、待たせたね。


「なにそれ」


 なにって、頼まれていた品だよ。

 会社の設備を借りるわけにはいかないからね、自分の工房を甦らせたんだ。それからだったから時間がかかってしまったよ。


「いや、そこじゃなくって。なんでそんなに長いのかってこと。ボクがおじさんにお願いしたのはドライバーのヘッド。そうだったよね?」


 フフフ。


「しかもそのシャランて擦れる音。もしかして2本!?」


「どういうことなのお父さん? これから加工に入るの?」


 説明しよう。

 ドライバーのヘッドというものはおよそ200gの合金でできている。一方でスチールシャフトに必要な合金はおよそ100g。半分で足りるんだ。だから2本作った。


「そうじゃなくって。お願いしたのはドライバーのヘッドなんだけど」


 まあね。

 一度は作ってみて、再度いまの計測器を使ってしっかりと調べなおした結果なんだ。

 ヘッドではもう、現行のチタン系合金の方が優る。ここ数年で性能を追い越されてしまったらしいんだ。


「えっと、それって。じゃあ——」


 慌てないで。だから作り直したんだ、スチールシャフトにね。

 シャフトはまだヘッドほど技術が進歩していない。だとして、あと3年てところだろうか。


「? 何が?」


 アドバンテージがさ。

 ゴルフメーカーの営業なんてやってたらいろいろとわかるんだ、ゴルフクラブの進化の速度ってものがね。

 もって3年だろう。今の技術は日進月歩。3年で並ばれて、5年もたてば追い越される。それくらい複合素材技術の進歩は尋常じゃない。10年前のオーパーツであったこの宇宙素材もじきにお払い箱、無用の長物になり果てる時がすぐそこにまで。実際にもうほとんどなりかけてるんだ。

 奇跡の宇宙素材の性能を、ついに大量生産クラブが超えるんだよ。だがそれは早く見積もって3年先。今ならまだ、カーボンシャフト対比でアドバンテージを活かせる。

 5年先のオリンピックには抜かれているだろう。だから逆に今しかない、君たちが世界を席巻するのなら今しかない。


「ええっと、ちょっと待って。結局強いクラブが作れたってこと? ボクたちを勝たせてくれるクラブができたってこと?」


 それは使う君たち次第、かな。

 君はそうとうな覚悟をしてドライバーのヘッドを依頼した。だが金属製クラブに対するイップスを克服したのではないのだろう? だからこそまだパーシモンだけを使っている。

 そんな人間が新しいヘッドになったからって急に打てるものじゃないさ。君は体が拒絶しても強引にクラブを振るつもりでいたんだ。


「うはあ。お見通しだったか」


 そんな無理をする必要などない。これをこそ使いたまえ。

 これなら得意のパーシモンを生かしたままさらに距離を延ばすことができる。そして。私たちの愚かな抵抗を無にしない活躍を切に願うよ。

 ごめんねつばめちゃん、美月に付き合ってくれてありがとう。


「むずがゆいよぅおじさん! だいじょぶ! 美月ちゃんをきっと世界のてっぺんに!」


 はは、期待してる。

 もうわかっていると思うが。そのクラブは世界から隠すためにカエルにしたんだ。災いを呼び寄せるから。

 これからは君が守っていってね。ほかでもない、君が自分で守って。世界一になった君がその名声で。


「おっ任せぇ!」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「それで? ここは?」


 ここは私の仕事場さ。いまからここであのシャフトにヘッドとグリップを、細かい調整をしながらつけていくんだ。

 少し作業してくるからね、店内で時間を潰してて。


「はぁい」


「手袋を新調しませんかつばめさん。いまなら30%オフみたいですよ」


「う〜ん、やめとく。今月はいろいろと使いすぎちゃってるから。それに今おじさんが加工してくれてる新しいドライバー。あれってどれくらいの値段になるんだろ。怖くて聞けないよ」


「あら、それでしたらもちろん無料ですよ。父からつばめさんに是非にって、お願いして使ってもらいたいほどなのですから」


「ほんとに!? 心配して損しちゃったよ」


 その他部材は我が社のものを使うから、宣伝になるしね。パーシモンのご用命はぜひとも我が社で。

 さあ、あと少しだ。


「おお!」


 これらは暫定のものだからね。試打して気にいらなければ遠慮なく言ってくれていい。

 まずはつばめちゃんから。現行ルール最長級の45.90インチにシャフトは仕上げたよ。グリップはコードにしたがどうだろう。君のスイングスピードでもあの万力みたいな握力なら問題ないと思うんだ。


「を!? をじさんっ!?」


「お父さん!」


 はっはは、ごめんごめん。花の女子高生にそれは禁句だったかな。

 ヘッドはね、結局君が太郎と呼ぶドライバーからの移植はしなかったよ。あれはあの状態がベストだ。これからは予備のクラブとして使ったらいい。

 だからヘッドは新たに調達してね。フェイスインサートとソールを最新で耐摩耗性能の高いカーボン素材にして、パーシモンそのものは最高級の——


「でもなんだか悪いよ、そこまでしてもらって」


 いやいや、これは私からのプレゼントさ。スコットランドへのお使いに行ってくれたバイト代としてね。それに旅費に使った分は私から美月に返しておくよ。


「え、なにそれ。神なの? おじさんありがとう!」


 何を言うんだ、こちらこそさ。

 そう言ってるあいだにヨシッ、これで完成だ。

 こうして宇宙素材の助けを得て、こいつはとうてい破壊不能なクラブに仕上がった。絶対にね。さあ持って行くといい、これがデュランダルクラブだよ。


「デュラとかなんとかなんて関係ないもんね、もう不死鳥のピーちゃんって名前つけてあるし」


「デュランダル、ですって?」


 そう破壊不能。ただし人体では、の条件つきさ。

 人のゴルフスイングごときでは決して破壊することのできない、究極のシャフトを装備したゴルフクラブなんだ。あの雷獣ショットとかの衝撃にもやすやすと耐えるだろう。


「そんなこと言っちゃって大丈夫ぅ? ボクが力いっぱい打ったらポロッキーンって折れっちゃうんじゃないのぅ?」


 ははは、さっそく試してみるかい?

 これから君が気をつけなければならないのは破損よりも盗難さ。君が語りさえしなければこれが宇宙産だと気づく者はいない。今度はシャフトなんだ、シャフトじゃ打音に注目が集まることなんて起こりえないしね。


「わかった、抱いて寝ることにするよ。ゴルフ場ではずっと背負っとく」


 さて。

 悩んだ末に美月のシャフトもドライバー用にしたんだ。


「えっと? それは?」


 いや、言いたいことはわかる。だが、お前が考えるよりもウエッジの出番はそう多くないし、おまえのスイングなら市販のシャフトで事足りる。ここ一番で必要になるのはやはり、つばめちゃんの飛距離を助けてあげられるドライバーなんだ。

 パターが姿を消した今、コース上で最も使われるのはドライバー。奥義で何度も使うのだろう?

 だから父の言うことを聞いて、このままドライバーで作らせてくれ。つばめちゃんと同じ45.90インチは、おまえの役に立つときがきっとある。


「これは!? ボクはこの打感を知っている? どうして?」


 それは興味深い、作り替えても残ったか。

 カエルに作り替える前はもちろんクラブヘッドだったんだ。そのクラブを使っていたのは誰あろう、君さ。


「そう聞いてはいたよ。でも10年も前だし? ヘッドをシャフトに変えたんだよね!?」


 それでもさ。音や数値ではわからない類似性を君は打感として。

 打った本人がそう感じたのならそれがすべてだ。たとえ呪われたクラブの片割れであったとしても、物には罪がない。それは正真正銘、私たち5人組が過ごしたあの夏の結晶。旭が丘の隕石には違いないのだから。


「もしかして。これから運命に導かれ、双子のクラブに出会って戦うことになる。なんてことがありますか?」


 まさか。あれはもう世界の闇で振られているクラブだ。陽の当たるところに出てくるはずがない。

 悪はせいぜい大事に使うがいいさ。今やもう、あれは市販のクラブにも劣る鉄くずだ。


「鉄くずか、いいね。シャフトもそうなっちゃう前に、ちゃちゃっと勝っちゃうとしますか!」


「これから忙しいですよ。わたくしたちが世界で戦うのなら、今よりもさらに自身を高めなくてはなりません」


「だいぶゆっくりしちゃったもんね。それに上野のおばちゃん言ってたもん、日本はまだまだ世界と比べてレベルが低いって。ボクたちの技が通用するかは五分五分だってさ」


「世界では舞浜学院のような対戦相手ばかりではないかと思うのです、規格外の。常に彼らと同じくらいか、それ以上に飛ばしてくる選手ばかりではないかと。そんな中に入っていって、すべての試合で勝ちを収める。これは並大抵のことで実現できるものではありません」


「だから特訓、だから新技が必要なんだよね」


「つばめさんはそのままトレーニングを続けてください。島でやっていた通りの、ハードワークになりすぎない、ちょうどよいトレーニングを。わたくしはリハビリと闘い、それを終えましたら合流します。最後の輝きを見せましょう、金メダルを日本に持ち帰ることによって」

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