5話.決闘、そして少年の剣技

  レクスに連れられレイコルトが向かった先は、士官学校が保有している闘技場だった。中央には、大きな石造りのリングが置かれており、その周囲をグルリと取り囲むように観客席が設置されている。 


 ここは校内戦やトーナメント戦などの学校側が主催するイベントの時以外は滅多に利用する者はおらず、レクスと取り巻き二人組にレイコルト。それに加えて、居るのはせいぜいクラスメイトぐらいだと思っていたのだが──


「おい、入ってきたぞ!!」


「本当だ。おい!!忌み子フォールンが来たぞ!」


「マジで決闘するんだな!!」


 レイコルトの予想に反して、観客席には満席とはいかずとも大勢の生徒が集まっていた。しかもそのほとんどがレイコルト達と同じ一年生のようだ。


 中にはレイコルトを見て笑い声を上げる者までおり、その視線には侮蔑の色がありありと浮かんでいた。


 そんな嘲笑が響きわたる中、レイコルトは中央リングに足を踏み入れると、レクスに問いただす。


「これは一体どういうことでしょうか、オルグレン様?」


「いやなに、どうやら先ほどの教室での会話を盗み聞きしていた者がいるらしくてな。こんなにも多くの生徒が集まってしまったようだ。全く困ったものだよ」


 レクスは白々しくそう告げると、ニヤリと口元に弧を浮かべる。


 その笑みと言葉の端々から滲み出る愉悦の感情を感じ取り、レイコルトは内心で嘆息する。


 おそらくここ闘技場 にいる観客は事前にレクス達が集客した人々だ。大方おおかた忌み子フォールンを裁く見世物がある」とでも言いふらしたのだろう。


「‥‥‥そうですか、ではもう一つだけ。本来決闘は一対一で執り行われるのが通例ですが、どうして彼らがいるのでしょうか?」


 そう言うとレイコルトの視線は、レクスの後ろで平然と立ち並んでいる取り巻きの二人に注がれる。


「話を聞けば、貴様はどうやら入学試験で総合三位だったらしいではないか。そんな相手に私一人では力不足だと思ってな。よって力量差を埋めるために、今回は特例として三対一の特殊ルールで行うことにしたのだ。異論はないな?」


 レクスはそう告げると、取り巻き二人を連れてリングの反対側へと歩いていく。


 もはやその横暴さに呆れすらも感じなくなったレイコルトは、気持ちを切り替えるために大きく深呼吸をすると、の思考を巡らせる。


 やがて、レイコルトからは二十メートルほど離れた位置に陣取ったレクスは、闘技場内全体に行き渡る声で宣言した。


「これより私、レクス・オルグレンと忌み子フォールンであるレイコルトの決闘を執り行う!! ルールは三対一の特殊戦。勝利条件はどちらかが戦闘不能、もしくは降参を宣言することで決着する。本来ならば教師などに立会人を頼みたいところだが、どうやら多忙な様だからな。よって、この度の決闘の立会人は、ここに集まった観客に務めてもらおう!!」


「「「ウオオオォオオオオオオォッ!!!!」」」


 レクスがそう告げると観客のボルテージは一気に駆け上がった。


「この決闘勝利時の命令として私は、貴様──レイコルトの自主退学を要求する!!」


「‥‥‥では、僕はオルグレン様による僕の退学運動の扇動及び、それらに類似する行為の禁止を要求します」


 互いに相手に求める命令を宣言すると、レクスは鼻をフンッと鳴らしながら、ポケットから一枚のコインを取り出す。


「このコインが地面についた時が開始の合図だ。準備はいいな?」

 

「えぇ」


「せいぜい抗ってくれよ。すぐにくたばってくれてはつまらんからな」


 取り巻き二人は、魔法石が先端に施された杖を取り出すと眼前に構える。


 対するレイコルトは、入学試験の時と同様に刀は納刀された状態で、柄に軽く右手を当てるだけの抜刀術の構えを取る。


 だが前とは重心の置き方に微妙な違いがあり、前回は攻撃に転じやすい下重心だったのに対して、今回は回避や移動に適した上重心の構えだ。


 レクスはそんなレイコルトを一瞥すると、コインを空高く弾き上げる。

 

 クルクルと回転するコインはやがて重力に引っ張られると落下を始め── 地面に触れた瞬間、決闘の開始を知らせる金属音が鳴り響いた。


 キィィィィィィンッ!!!

 

「「【ファイア・ボール】ッ!!」」


 まず先陣を切ったのは取り巻きの二人だった。二人は杖に魔力を込めると同一の魔法を発動させる。


 杖の先端に光が集まり始めたかと思うと、その光は徐々に火球へと姿を変え、レイコルトに向かって放たれた。


「「ハハハハァッ! 燃えろ、燃えろぉ!!」」


 二人は下卑た笑みを浮かべながら、レイコルトが為すすべなく火球に燃えつくされる様を想像する。が──、


「‥‥‥遅い」


 ──二人の想像した未来はレイコルトの抜き放った一閃によって全てが打ち砕かれた。


「「‥‥‥は?」」


 間の抜けたような声が二人の口から漏れる。


 レイコルトを焼き尽くさんと打ち放たれた【ファイア・ボール】は回避されるわけではなく、ましてや受け止められるわけでもなく、一刀の元にのだ。


 切り伏せられた火球はレイコルトの後方に流れると、地面に着弾し粉塵が巻き上がる。


 だが、そんなことが気にならない程レクス含む三人は呆気にとられていた。なにせ、目の前で魔法が斬られるという非現実的なことが起きたのだから。


「フッ!!」


 その隙を逃すはずもなく、レイコルトは魔弾の如きスピードで地面を駆け抜ける。


「──ッ!? 何をほうけている!? 迎撃しろ!!!」


 レクスは慌てて取り巻き二人に指示を出す。


「「ッ!? は、はい!!」」


 二人はレイコルトに向き直ると、再度杖を構え、別の魔法を行使する。


「「【ファイア・スピア】ッ!!」」


 今度は二人の周りにそれぞれ三本ずつ──合計六本の火槍が現れるとレイコルトに向かって射出される。


 正面左右を取り囲むようにして迫ってくる火槍に対してレイコルトは足を止めるどころか、更に加速すると──


 一つ、二つ、三つ、と次々に襲い掛かる火槍を時に切り払い、時に叩き落とし、時には最小限の動きで回避していく。


(これで‥‥‥最後ッ!!)


 六本目の火槍を斬り伏せると、レイコルトはレクス達の眼前まで一気に肉薄する。


「っツ!? このッ!!!」


 取り巻きの一人が魔法を放とうと杖を向けるが──遥かに遅い。


 レイコルト程の剣客を相手に間合いに入られた時点で勝負は決したようなものだ。


 低い姿勢から右斜め上に斬り上げる軌道で振るわれた黒刀は取り巻きの持っていた杖を上に弾き飛ばすと、すぐさま刃を返して左肩口に叩きつける。


 更には体を独楽こまのように回転させると、背後にいたもう一人の取り巻きの腹に横薙ぎの斬撃を食らわせた。


「「ガハッッ!?」」


 取り巻き二人はその場に崩れるように倒れこむと気を失う。


 瞬く間に二人を戦闘不能に追い込んだレイコルトは、未だに驚愕の渦から抜け出せていない様子のレクスと相対すると静かに告げる。


「これで、一対一です」





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 レイコルトとレクスの決闘の様子を観客席で見守っていたエレナは、目の前で繰り広げられた事象に自身の目を疑っていた。


(剣で、魔法を斬った‥‥‥?)


 ありえない。エレナの脳内はその言葉で埋め尽くされる。


 魔法とは空気中に漂っている魔素マナが術者の体内に流れている魔力を媒介として具現化し、球体や槍などの形に変化したものだ。


 つまり魔法とは、魔力を伴った魔素マナの集合体と言い換えても良いかもしれない。


 そして魔素マナは空気と同じであり、切断するなどという芸当は不可能なのだ。


 隣で一緒に決闘の様子を見守っていたシラリアもエレナと同様、驚きに瞳を揺らしている。


 更には二人だけでなく、先ほどまで野次を飛ばしていた周囲の生徒達も驚愕に騒めき立っていると──


「一体、何の騒ぎだこれは?」


 ──観客席に凛とした声が響き渡る。


「リヴィア教官、っと理事長!?」


 エレナが慌てて声の主の方へ向き直ると、そこには入学試験で試験監督を務めてくれたリヴィアと学園最高責任者であり、なおかつレイコルトの師でもあるセリーナの姿があった。


「いやぁ~入学試験以来だね、エレナ君。それにシラリアも久しぶり!!」


「お、お久しぶりです理事長!!」


「‥‥‥お久しぶりですセリーナ様」


 セリーナの飄々ひょうひょうとした挨拶にエレナは緊張気味に、シラリアは入学試験当日のことをまだ根に持っているのか、どこか恨がましい視線を送りながら応える。


「それで、これは一体どういうことだ? 何やら闘技場が騒がしいと小耳に挟んだので来てみれば‥‥‥」


「あっ、それはですね‥‥‥」


 エレナは二人にここまでの経緯を説明する。



「──なるほど、決闘で彼を退学に。いつかはそういったやからが現れるかもとは思っていたが、まさかこんなに早いとは‥‥‥‥‥‥」


 エレナの説明を聞いたリヴィアは、額に手を当てると心底呆れたようにため息をつく。


 ただの私闘であれば、自分たちが無理やり介入して中止にさせることが出来るが、国の習わしである決闘はそれが決して許されない。つまり、勝負が決するまでここで見守るしかないのだ。


「それで、セリーナ様。先ほどご主人様が見せた妙技──あれはいったいどういうことなのでしょうか?」


 シラリアは前髪をサラリと揺らしながら神妙な面持ちでセリーナに問いかける。レイコルトの師匠である彼女ならば何か知っているのではないかと踏んだのだ。


「ん?、あぁ、あれはね、レイの持ってる刀に秘密があるんだよ」


「刀、ですか‥‥‥?」


 エレナが不思議そうに問い返す。


「うん、あの刀は少々特殊でね。私も理由はよくわかってないんだけど、普通の剣や刀とは違って決して人を切り裂くことは出来ない。でも、その代わりにあらゆるんだよ」


「魔力を、切断する‥‥‥?」


「そう、だから正確に言うとレイは今、魔法を斬ったんじゃなくて、を切断した。そしてそれを剣術として自力で昇華させたのがレイ独自の剣術──《魔撃剣伐スペルアーツ》だよ」


 卓越した剣技と魔力を切断する黒刀によって襲い来る魔法を断ち、鍛え上げられた脚力によって瞬時に間合いを詰め、その一撃をもって敵を屠る。


 遠距離戦を得意とする魔導士を相手に、剣士であるレイコルトが互角以上に渡り合うために編み出した絶技。それこそが《魔撃剣伐スペルアーツ》であった。


「つまり、ご主人様に対しての魔法はすべて無意味ということですか?」


 シラリアはさらに問いを重ねる。


「いや、実際はそう単純な話じゃないんだ。まず、魔法を斬るにしても、最も魔力が集まっている部分──つまり核とでも言うべき箇所を正確に狙わないといけないし、広域殲滅魔法に対してはどうやってもあの刀じゃ防ぎきれない。説明以上に危険な戦い方だよ」


 セリーナはやれやれといった具合に首を振ると「まぁ、私が修行を付けたんだけどね」と自嘲気味に付け加える。


「とはいえ、私はレイが魔導士を相手に負けるとは到底思えないかな。なにせ、最強の魔導士殺しキラーだからね」


 腕を組みながら自慢げにそう語るセリーナの顔からは、レイコルトに対する絶対的な信頼が見て取れる。


 そんなセリーナの説明を聞き終えたエレナは内心舌を巻いていた。


 もちろん、レイコルトの刀が魔力を切断できるというのも十分驚きなのだが、そこではない。

 

 レイコルトと同じく剣術を扱うものとして彼の剣客としての技量の高さと、計り知れない努力の積み重ねを直感で感じ取ったからだ。


 セリーナの言う通り魔法を切断するというのは並大抵のことではない。


 まず、術者によって魔法が発生してから放たれるまでの速度は大きく違ってくる。その差を瞬時に見極め、高速で迫ってくる魔法の軌道を読み、核に寸分の狂いもなく当てなければいけない。しかも、僅かにでも手元が狂えばダメージを負うのは自分というプレッシャーに押しつぶされることなく、だ。


 仮に自分があの黒い刀を持っていたとしても、レイコルトと同じ芸当など十年かけても出来はしないだろう。


 それ程までにレイコルトは一人の剣士として遥か高みに位置しているのだ。


 きっとこれまで何十、何百と実戦を重ね、何千、何万と魔法を見極め、そして何億と愚直に剣と向き合い続けてきたのだろう。


 忌み子フォールンという咎を世界から背負わされ、幾度なく存在を、尊厳を否定されただろう。それでもなお、彼は前を向き続けたのだ。


 血の滲むようなという表現すら生ぬるいほどの茨道を歩き続け、そして今立っている。


 エレナはそんなレイコルトの生き様に敬意と憧憬の念を抱く。


 そして、同時に思うのだ。


 自分も彼のように強く在りたいと。彼の隣に立って歩けば、何か大切なことに気づけるかもしれない。


 そんな決意を胸に秘めながら、エレナはレイコルトの決闘を見守る。


 ちょうど眼下では、レイコルトが二人の取り巻きを倒し、レクスと相対している様子がエレナの赤い瞳には映されていた。

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