Hide Reign 〜三人の王子を巡る継承争いのお話〜
うつみ乱世
一章 かくれんぼの鬼と子を決めよう
第1話 血は水よりも濃い
柱廊の角を折れた隙に魔法を唱える。
「〝
杖の先に赤い魔法陣が浮かび上がって、それは続けて同色の光を放った。カーテンのように自分の体に降りかかる。
「ご主人様ー。ご主人様ー?」
迫ってきた足音は、しかし僕を見つけることができない。僕は彼女の視界の脇にしゃがみこんでいるだけだというのに。
「チッ。ああもう、また逃げられた」
彼女は悪態を付きながら戻っていった。
——その舌打ち、聞こえてるよ~。
王宮の庭をあてもなくブラブラと歩く。池に魚が跳ねたので覗きこんだ。御年十一歳となる僕のご尊顔が映る。
黒髪黒眼。玉のような肌に生まれつき長いまつ毛。シャツのボタンは緩く、覗いた胸元がセクシーだ。
「まったく、いつ見ても僕ったらいい男だ」
満足して顔を上げ、再び散策へと戻ろうとした──ところ。
「なにを言ってんの君は」
いつの間にか隣に立っていた少女が凄まじい形相でドン引きしていた。この時間、ここに庭師以外の者が来ることは無いはずなのだが。
「やあ、初めましてお嬢さん。このあと暇?」
「私はお嬢さんというには若すぎるが」
見れば彼女の歳は確かに僕と同じくらいのようだ。銀髪に黒眼。お人形さんみたいなワンピースを着ている。いや「着せられている」の方が真実に近い気がする。
というのは、困ったように頭を掻いて脇を覗かせていたからだ。淑女らしからぬ隙である。
「まあ、暇だけど。でも遊んではやんない。キモいから」
「おっと、でも悪いねお嬢さん。僕って素性も知らない相手と遊べるほど自由な立場じゃあないんだよね」
「ん、ん? 私、断ったよな? あれおかしいな」
「まったく。ものを知らないね」
「お前は言葉の意味を知らないだろ!」
打てば響く、なかなか楽しい女性だ。
「僕の名前を聞いたら、きっと君はこれまでの発言を後悔することになるよ」
「ふむ。聞いたろうやないか。言ってみ」
僕は前髪をかきあげながらウインクを飛ばした。
「僕はゼネリオ・フォン・ナイトナル・クレイア」
「ゼネリオ……ゼネリオ。なるほど。第二王子の名前だ」
少女は真顔で答える。予想外の反応だった。
「これで驚かれなかったとなるとこっちの方が驚きだね。なんなら驚きすぎて鳥肌が立ったくらいだよ」
「いや、目に見える形で驚かなかったのは、そうしたら貴方が満足しそうだからで、実際には死ぬほど驚いてるけど。というか王子様相手に無礼にしすぎたよね私。死刑? 死刑なのかな。寒いぼ立ってきた」
震える腕を並べるように差し出して、ふたり笑いあった。
彼女はベルガーリャというらしい。貴族っぽいゴテゴテした名前だ。
「ベルかベルガでいいよ」
王宮の敷地には激しい高低差がある。高台に登れば、噴水が三つはあってなお土地を余らせた、広すぎる庭を見下ろすことができる。この広い庭のせいで庭師代が財政を圧迫している、だなんて噂は与太に過ぎないが、そうと思わせても仕方ないくらいだった。ところどころ遺跡が顔を覗かせていて、植木の迷路に石柱が突き刺さっているところなどは中々にファンキーである。
ベルは展望台の手すりに身を乗り出した。
「うおー! キレイだー!」
「君のほうがキレイだよ」
ベルはじとりと振り返った。立ち上る白雲に銀髪が映えている。
「それ誰にでも言ってるでしょ」
「誰だって僕よりキレイだなんてことはないけれどね」
「言い逃れ方が予想の斜め上を行くなコイツ」
ベルはおもむろに手すりを飛び越えた。飛び降りたかと一瞬肝を冷やしたが、腰掛けただけのようだ。
「なんとも恐ろしいことをするね。落ちたら大怪我する高さだよ」
「どうせ落ちないよ。ほらほら」
差し伸べられた手を取る時に、腕の震えからビビっていることを悟られてしまった。ベルはニヤリとタチの悪い笑顔を見せ、思い切り僕を引き上げる。
おっかなびっくり。なるほど確かに、足をぶらつかせると気分がいい。
「王子様はここで何してたの?」
「勉強をサボってるだけさ。君は?」
「んー、そうだなあ」
ベルは足を揺らしながら、ときおり視線を落としつつ身の上を語った。
彼女は物心ついたときには貧民街のコミュニティにいたらしい。
「私のお母さんは私が一歳くらいのときに死んじゃったんだって」
だからベルはこの十年間、貧民街の人間と共に生きてきた。ベルの叔母を自称する人間が現れたのは数日前。この王宮へは彼女に連れられて来たのだという。
「私、なんか偉い人の血を引いてるらしくてさ。それが重要なことらしい。今その件について話をしてて、私はその辺りで待っていなさいって」
何のために連れて来られたのかまでは聞かされていないようだ。とはいえ状況から察するに、認知するしない、しないなら手切れ金を払え、みたいな要求をしているのだろう。
「なるほど、まだ若いのに波乱万丈の人生だね」
「若いというには若すぎるわ」
「でもいいじゃないか、金で切れる血縁ならば。これで後腐れなしなんだろう?」
「貴方は自分の血が嫌いなの?」
「嫌いとまではいかないけど、いくらなんでも高貴すぎるかな」
「そういうものなんだ。なんか参考になるよ」
なんらかの参考になったらしい。
「そういえば、ベルは若いというけどいくつなの? 僕は十一歳なんだけれど」
「そろそろ十二歳だと思う、正確には分からないけどね」
誕生日が分からない。それは、なんというかおそらく、不幸なことだ。
胸元から杖を抜いて魔法を唱える。
「六位の精霊よ。古の海を巡り、蒼天を舞い、大地に還る精霊よ。円環は巡血によって描かれる。この魔法の名前は——〝
青い魔法陣が浮かび上がり、すぐにくるりと一点へ収束する。続けて半透明のビジョンが空気中に浮かび上がった。雲を練ったようなふわふわの文字が表示されている。身長がなんセンチ、体重がなんキロなどといった情報の羅列である。
「わっ、出た、さっきも見たやつ」
ベルは興味深そうにビジョンに指を透かしている。
彼女の言う「さっき」とは、彼女が彼女の叔母さんと共にお偉いさんに見えた、少し前のことを言っているのだろう。この魔法を応用すれば血縁の有無も分かるから、きっとその確認のために使われたのだ。
「年齢も載ってるよ、ほらあれ」
「うっ、わ、分かるよ? えーっと、150歳!」
「それは身長だねえ」
ビジョンの上の方を指差した。続けて読み上げる。
「『12年と180日』。おや、僕よりも一年以上お姉さんだった。もっと敬意を示しておくべきだったかな、ミス・ベルガーリャ?」
誕生日が判明したとなると人は喜ぶものだろうと思っていたのだが、ベルはあまり興味を示していなかった。
代わりに、宙に浮かんだビジョンをしきりに突っつき、目を輝かせている。
「魔法ってやつだよねコレ」
もっぱら「魔法そのもの」の方に惹かれているようだ。
「そうだね。平民はあまり見たことがないと思う」
「貴族にしか使えないんだよね?」
「実質的にそうなっているね。魔法はある程度の魔力がある人間にしか使えないわけだけれど、生まれ持った魔力はほとんど遺伝によるんだ。だから貴族の特権──」
ふと気づいた。
——あ、そっか。だからこんなに興味を持っているのか。
再びビジョンに目をやり、「魔力」の数字を確かめる。魔法行使に耐える魔力量を持つのは人類の1%だけだが、その更に上澄みの1%、それくらいの数字である。
——なんだこれ尋常じゃないぞ、僕に匹敵するレベルだ。
「分かった。教えてあげるよ、魔法」
この才能を育てないのは魔法界の損失。
「え!?」
ベルは目を輝かせてずいと詰め寄ってきた。つい顔を引かなければ鼻がぶつかっていたくらいだ。
「いいの!? ほんとに!?」
「僕の時間を奪えるだなんて君は幸運だね」
「よっしゃあ! ——あっ、でも、私たち、どうやって会えばいいんだろ。私ってこれ——」
「——あ、そっか」
言われてみればそれもそうだ。お金での解決になりるなら、手切れ金というくらいだ、ベルはもう二度と王宮の敷居は跨げなくなくなる。
「となると僕が会いに行かなくちゃあならないな」
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