第二章:16話 落下と、アザゼルの最後の契約履行

 恭平の体は、傲慢のダンジョン最上層から、パリの街へ向かって急速に落下していた。意識は朦朧とし、チキンソードの魔力反動で全身が激痛に支配されている。

​(くそっ……チキンソードの反動は、想像以上だ。このままじゃ、着地する前に意識が飛ぶ……)

​彼は、落下しながらも、最後の望みを魔導端末に託した。チキンソードの力を最大限に使った「逃走経路の確保」は、アザゼルとの契約で約束されていた最後の保険だ。

​『マスター。チキンソードの魔力は完全に空です。しかし、貴方様は生還しました。これは「不敗」です。あとは、悪魔が契約を履行するかどうかですね』

​チキンソード(今はただの剣)の知性は、依然として冷静だ。

​恭平は、最後の力を振り絞り、魔導端末の特定コードを起動させた。


コード:{アザゼル。契約履行を要求する。対価は支払われた。}{場所:傲慢のダンジョン最上層直下。}


 地上遥か上空。恭平が設定した特定の座標に、空間の歪みが生まれた。漆黒の煙とともに、アザゼルが優雅な姿を現す。彼は、落下していく恭平を見下ろし、冷笑を浮かべた。

​「ほう。まさか君が、ダンジョンの中核を破壊する力(逃走経路の確保)を、こんな場所で使うとはね。君の『怠惰』は、時に最大の『努力』を生み出す。皮肉なものだ」

​アザゼルは、周囲の騒動を冷静に観察している。傲慢のダンジョン最上層からは、巨大な魔力的な怒りが沸き上がり、憤怒のダンジョン側から派遣された先行部隊は、この爆音と魔力の高まりに完全に注意を奪われている。

​「契約通り、恭平。君が要求した『憤怒の軍勢の正確な動き』の情報と、この度の『命の危機からの脱出』を完了させよう。対価は、既に君が支払った情報と、君の心に芽生えた『嫉妬』という感情だ」

​アザゼルは、恭平の心の中に渦巻く、トップランカーや配信者への嫉妬を対価として要求した。悪魔は、単なる物質だけでなく、人間の強い感情もエネルギー源とするのだ。

​「フン……好きにしろ」恭平は、もはや抵抗する気力もなかった。

​アザゼルは、優雅な仕草で手をかざした。次の瞬間、恭平の落下する体の周囲に、無数の小さな魔力的な結界が展開された。それらは、最新の科学技術を応用した恭平のタクティカルウェアの『防御術式』と同期し、落下速度を劇的に減速させ始めた。

​これは、アザゼルが事前に恭平と交わした契約の一つ、「契約者の命が危機に瀕した際、その所持するアイテムを最大限に活用し、生還させる」という条項の履行だった。

​恭平の落下は、最終的に、パリ市街の公園の樹木に引っかかり、柔らかい土の上に着地した。衝撃は最小限だったが、チキンソードの反動で、彼の体はほとんど動かなかった。

​彼は、地面に倒れたまま、上空を見上げた。アザゼルは、満足げな笑みを浮かべ、再び漆黒の煙となって空間に消えていった。

​「くそっ……本当に、契約は守りやがる……」

​恭平は、口の中に血の味が広がるのを感じながらも、生還した事実に安堵した。

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