幕間 ウイカと映画館
最近は気を揉むことが多すぎる。
ドロシーさんの訓練があるとはいえ、時には休みも用意されている。せっかく夏休みになったのだから、自分を労わりたい。
アザラクで活動するようになってからは出ずっぱりで忙しくしていたので、その分今日はのんびり過ごそうかと考えていたところで、ウイカから突然電話が掛かってきた。
端的に「暇なら来て」とだけ伝えられ、実際暇だったので要件もよく分からないまま、深く考えず出掛けることに。
駅前までのんびり歩いていくと、シャツとジーンズの飾り気がない格好をしたウイカが既に待っていた。手にはいつもの巾着袋。
「よ。待ったか?」
「……イサト、歩いてきた?」
「え? そうだけど」
ウイカの質問意図が理解できず曖昧な返事をしてしまう。なんか少しだけ怒っているようにも見える。
「扉。使って」
「ん? あー……」
俺たちが普段使っている魔法の扉は、空間同士を繋げる力を持っている。望んだ場所をイメージしてドアノブを捻れば、その場所に飛び込むことができるのだ。
アザラクの施設や獣魔の出現場所に行く際にしか活用していなかったが、あれを駆使すれば現実世界の移動も一瞬で可能なのか。
日常で魔法を使う考えが無かったので思い至らなかったが、ウイカを待たせたのは申し訳ない。
「すまん! 移動に魔法を使うことは考えてなかった」
「仕方ない。とにかく、行こう」
移動の話は早々に切り上げ、そそくさと歩き出そうとする彼女を静止する。
「ストップ! まずはどこ行くのか教えてくれ」
彼女が休日に呼び出してくることは稀だ。最近は施設でずっと一緒にいたので、そもそも連絡を取る必要も無かった。
そんな中で珍しい電話だったので一も二も無く応じたが、目的は聞いておきたい。
「映画、観に行きたい」
「映画?」
彼女の意外な返答に結構驚く。本当にただの私用だったのか。
誘ってくれたのは嬉しい。休日に二人で映画となれば、これではまるで……。
いや、ウイカに限ってそんな意図はないだろう。俺は頭を振って邪念を払いつつも、一応尋ねておく。
「なんでまた急に」
「その……チケットの買い方、分からない」
「なるほど」
俺はチケット買い出し係だったらしい。端的で合点のいく返事だ。
彼女は外の娯楽に詳しくないので、映画館なんて行く機会も無かったのだろう。
しかし、そんなウイカが観たくなる映画とは? だんだん興味が湧いてきた。
男女で観に行くなら、やはり定番は恋愛ものか? しかしウイカがそういう類に興味があるとは到底思えない。
ならばアクション? 魔法を使うイメージは創作物から生み出されているというし、見ておけば勉強になるのかもしれない。
もしくは案外ホラーとか? 怖いもの見たさで、でも隣に人がいて欲しくて俺を誘ったなんて可愛らしい面が……いや、違いそうだな。
「これ。観たい」
内容を予想していると、ウイカが巾着からチラシを取り出した。
劇場版『魔法美少女ミラクるラブリー ドリームメルヘン 愛で未来を救え! マナミ、最後の特大魔法』。……何処までがタイトルなんだそれ。
ウイカが魔法の連想元としてこのアニメを見ていることは知っている。戦闘中に使っているステッキが作品の玩具だと以前教えてもらった。
「ミララブシリーズ一三作目。この前までやってたテレビシリーズの完結編。絶対観たい」
「お、おう」
ものすごく目をキラキラさせて、彼女はこの作品へ懸ける想いを伝えてきた。
俺は作品のことを知らないが、そこまで言うなら別に付き合ってもいい。いいが、ミララブかあ。
朝の子ども向け番組で、たぶん主な視聴ターゲットは小学生女子。さっき見たチラシでは先日上映が始まったばかりだと分かり、今日は夏休み真っただ中。
つまり、女の子を中心とした親子連れで映画館は埋まっているはず。
「高校生男女が二人で観に行くのは、中々ハードルが高いぞ……」
「? なんで?」
よく分からず首を傾げるウイカ。なんで、と言われても返答に困るのだが。
しかし、こればかりは彼女の望みを叶えてあげたい。俺も男だ、覚悟を決めよう。
「まあ、いいか。行こうぜ」
「うん」
無表情なウイカだが、手元のチラシを大事そうに抱えていて楽しみなのがこれでもかと伝わってきた。
「あっ。チケット買わずに、映画館の中に扉を使うっていうのは」
「……イサト」
「じょ、冗談です」
ジトッとした目で、ウイカがこちらを睨んでいる。
魔法があるとはいえ、ルールは守ろう。うん。
○ ○ ○
「よかった……!」
映画が終わり開口一番、俺は思わず感想を漏らしていた。隣のウイカも大きく首を動かして肯定している。
シリーズについては知らなかったものの、大体のあらすじは理解できた。
テレビ版で怪人を倒し、平和な日々を送っていた主人公のマナミたち。しかし、彼女が密かに想いを寄せる男子・セイに、実は生き残っていた怪人の魔の手が迫る。
マナミは再び戦い、想い人を助けることができるのか! と、大体そんなところだ。
この想い人云々の下りが、思ったよりも濃密に描写されていた。戦う中で自分の気持ちに気づき、助けて想いを伝えたいと決断するマナミ。傷つきながらも彼を救い出し、最後には――。
「とても、よい」
無表情ながら、ウイカも興奮冷めやらぬ雰囲気で言う。完全に同感だ。
子ども向けアニメ、侮り難し。
「でも、ラストがよく分からなかった」
「えっ?」
いやラストが滅茶苦茶良かっただろ! とツッコミたくなる気持ちを堪えて、彼女の話を聞く。
「セイを助けたマナミは、最後何したの?」
純粋な目で聞いてくるウイカ。
マナミが怪人からセイを救い出す。セイは彼女がミラクるラブリーの戦士であることは知らなかったようだが、戦う彼女のことを知り、ギュッと抱きしめる。互いに愛の告白をして、最後は二人の顔が近づいたところで夕焼け空にパンアップ。
そりゃあ顔を近づけて終わったんだから、最後に何をしたかなんて決まっている。
「ウイカ、分からなかったのか?」
「うん」
ウイカの視線が眩しい。
これは説明した方がいいんだろうか。いいんだろうなあ。
「そりゃあ……キスだろ」
「キス? 接吻? なんで?」
ウイカが釈然としない様子で繰り返してくる。なんか恥ずかしいので何度も言わないで欲しい。
しかし、そうか。魔法少女たちは他人との関わりが薄い。お互いに干渉することすらあまりしていないように見える。
そんな中で育ったウイカに、恋愛がテーマの映画は理解できなかったようだ。
「好きだと、キスするの?」
「す、するんじゃないか……?」
「イサトもする?」
「バカ! しねぇよ!」
なんだその質問は!
マジでそんな認識なのか。ウイカは元々身長も低いし子どもみたいな雰囲気だが、知識の面でも小さい子を相手取っているようだ。こういうの、どう伝えるのが正解なんだろう。
ウイカはまったく理解できない様子で、自分の唇を指でなぞる。その動きが妙に艶めかしくて、俺は思わず視線を逸らした。
「と、とにかく! 映画が面白くてよかったな」
「うん」
ウイカはコクりと頷き、じっと俺の方を見てくる。
「な、なんだよ」
「……なんでもない」
俺の顔、というか口元に視線が向けられている。
まだキスのこと考えてるに違いないが、その話は止めよう。なんかよく分からんが、その……非常によくない。
「ほら、ウイカ! せっかくだし、飯でも行こうぜ」
彼女の気を逸らすにはこれしかない。
案の定、見事なまでに一瞬で態度が変化した。
「食べる。美味しいご飯、好き」
分かりやすくて助かる。俺たちは映画館を後にして食事へと向かった。
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